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ひかる、そら


 アナシアの街。ギルドの仲介屋ジェイナ・ディルガ。彼が罪人と出会ったのは約三か月前──


 後に血塗れの罪人の異名を馳せる事となるブラッド。その彼の者との遭遇により、彼は新たな波瀾に巻き込まれ続ける運命を辿る事になる。


 これはそんな物語の序章の更に最初。語られなかった寓話である……





 title one

   『 ひかる、そら 』





 一週間前にアナシア工業区路地裏で、偶然知り合った凶暴な男。名前はブラッドというそうだ。緋髪、紅瞳が鮮やかな印象を残す、それは正にBlood(血)の名の通りである色を持つ男だった。

 良く言えば興味を惹く不思議な、悪く言えば危険で険悪な奴だと思った。





 ブラッドに家族や彼自身の事を突っ込んで尋ねても返答はあまり無い。

 しつこく聞き過ぎると「そんなの居ねぇよ。てめぇに言うか」と、容赦ない拳付きで一蹴された。

 全く乱暴な奴だ。後で殴られた箇所は(顔だが)かなり目立つ痣になった。ほんと、手加減くらいしろよな。





 行く宛が何処にもないというブラッドに俺はギルドを薦めた。

 傭兵稼業は自由だし、実力次第じゃ名誉ある称号や更に高み・上を目指せると力説した。

 乗り気ではないブラッドを説得し、ギルドに所属させるのには全く骨が折れた。なんたってあいつは狂犬みたいなもんだ。

 ギルド内で手続き中、ずっと睨みを利かせて同業者達の反感をかった。そしてある程度予想はしてたが起きてしまった暴動。

 仲裁に入った俺さえ殺し兼ねない勢いで、あの時のブラッドは周囲に牙を剥いていた。





 取り敢えず何だかんだで、ブラッドは俺の家に暫く置いておく事にした。そして彼の専属仲介屋に俺は自ら志願した。


 理由は単純だ。

 放って置けなかった。

 偽善偽悪ではなく、関わらない訳にはいかなかったんだ。

 何故なら彼は、ブラッドは人ではない。俺と同じ普通の人間じゃない。

 だから妙な仲間意識が働いたのかも知れない。

 よくよく考えてみると本当は……むしろ俺は、それが嬉しかったのかも知れない。


 きっとその時、この狭い理不尽な世界で独りじゃなくなった気がしたから──





 実際にブラッドの戦闘スキル・腕は見事だった。最初から実力があったのか、その才能は依頼をこなすに連れメキメキと上達し開花していった。気付けば一ヵ月足らずで、ブラッドは血塗れの罪人という異名を馳せる程のSS級傭兵になっていた。

 その事が何故か自分の事のように、俺自身鼻が高く嬉しかった。

 しかしブラッドは相変わらずで、誰も側には寄せ付けずまた誰も彼には寄り付かなかった。ブラッドの瞳は常に憎悪と怒りを孕んでおり、自然と周囲の人間を彼から遠ざけた。


 凄腕でありながら孤立するSS級の傭兵。

 そんな彼の姿を見ていると胸が痛んだ。

 俺は実際余計な事をしたんじゃないかとか、何よりブラッドのその姿は完全には人間に溶け込めない俺自身の姿の虚像でもあったから。





 ギルドへ月一回の定時報告終了後。その帰り道のある日、いつものように先頭を歩いていたブラッドが急に立ち止まった。

 彼の視線を辿っていくとそこには小さな子犬がいた。


 近付きしゃがみ込んでよく観察してみると、黒く大きな円らな瞳にはひどい目やに。薄汚れた灰色の体毛は所々抜け落ちて斑な毛皮になっていた。力無く蹲る姿から衰弱しているのは明白だった。


「あー、こりゃ病気だ。可哀相だ、小さいのにあんまりながくないね」


 俺の何気無い台詞にブラッドが反応する。


「こいつ……まだガキなのか? 親は?」


 意外な返事に俺は内心吃驚しつつも返した。


「さぁ、でも見捨てられたからこんな所うろついてるんじゃない?」


 俺の言葉にブラッドは無言。暫くして一方の片手を子犬に伸ばした。





 青天の霹靂とはよく言ったもの──あの後ブラッドは子犬を拾って俺の家に連れ帰った。

 普段は(というかいつも大体)俺から話し掛けるのだが、形成逆転。というか、ブラッドは子犬の扱い方の事で一日中俺に言葉を投げ掛ける。


「飯は何を食うんだ? コイツは洗ってやった方がいいのか? どうしたらいい?」


 指示を出しながら、俺は微笑ましい気持ちでブラッドを見てた。あの罪人が、ブラッドが、子犬に夢中になっている。一匹の動物に。


「動物は好き?」


 俺の問い掛けで、子犬の額を乱暴に撫でていたブラッドの手が止まった。

 紅い瞳には思案の色、やがて逡巡しながらもぽつりと呟く。


「人間よりはずっといい」





 日常は続く。

 いつものように俺が仲介屋として依頼を受け、ブラッドがそれを完璧にこなす。ただ違ったのは俺の住居に居候がまた一匹増えたという点のみ。


 拾った頃よりみるみる元気になってゆく子犬。黒瞳には生気が宿り、斑だった体毛もほぼ完全に生え揃い艶も出た。はしゃぎ、はち切れんばかりに尾を左右へと揺らす。

 石灰色の塊は愛嬌を振り撒きブラッドの足へと戯れて齧り付いていた。


「……もう、大丈夫みてぇだな」


 子犬を見下ろすブラッドは無表情だったが、声には安堵が含まれていた。

 足元の一心不乱に動き回る毛玉から、不意に俺へと彼が視線をずらす。


「ディルガ、手の空いてる時でいい。依頼人からでも誰でもいいから、コイツの里親を捜しとけ」


「え? このまま家に置いておくんじゃないの? 随分君にも懐いているみたいだし、てっきり──」「俺は」



 ブラッドが俺の言葉を遮り、普段見せない弱気な表情で静かに呟いた。


「俺には……駄目なんだ」


 何が、とは聞かなかった。何で、とも。

 彼の言おうとしている事がうっすらと理解できた俺はただ頷いた。


「──分かった」


「頼む」







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