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オルリビアの無造作に放った銃弾が、負傷したブラッドの背を抉り腹から抜ける。


コンクリに広がる新たな朱。俯くと同時、ブラッドの口腔からは大量の血が迸る。


既に瀕死といっても過言ではない状態。そんなブラッドへ冷酷な銃口は向けられたまま、増援である組員達が彼の周囲に集う。


オルリビアは侮蔑の眼差しでブラッドを見下していた。口元には禍々しい綻び。


「さぁ、どうする罪人? その若さでまだ死にたくはないだろう…… そうだな、命乞いでもしてみるか?」


それは絶対的に揺るがない勝利を確信できたからこそ発せられた嘲罵。罪人の敗北を看破しての。

オルリビアのその台詞に反応し、ブラッドが緩慢に顔を上げる。


死を控えた苦痛に歪み、絶望に浸る罪人の顔を想像していたオルリビアの思惟は見事に裏切られた。


血塗れの罪人、ブラッド。
彼のその表情に在ったものは──オルリビアよりも一層禍々しき微笑み。


「随分つまんねぇジョークだな、オイ。黙って今迄聞いてりゃ、危うく寝ちまうとこだ」


実に不敵に豪然と言い放ったブラッドは、その場に平然と立ち上がった。

唇から零れ落ち喉を伝う液体。銃創から噴出する自身の紅すら気にも止めず、真っ直ぐにオルリビアを視界に捉える。


それは、今まさに死にかけている状態である者とは思えぬ程の悠然とした動きだった。


「な! 何故!? 貴様その傷で立てるのだ! 貴様は──痛覚が無いのか!?」


驚倒するオルリビアに対し、ブラッドは眼前の男を白眼視する。


「あ? 痛ぇに決まってるだろ。ざけんな、てめぇ」


言下に冷えた感触。
罪人の頭部に幾つかの鉄の塊──銃器が突き付けられる。


ブラッドは不機嫌も露に、周囲を睥睨した。その視線はやがて彼等と自身の足元に留どまる。

自らが流した血のぬかるみでできた地面の大河。それは自分と周りの組員達を覆うよう広がっていた。

途端、何か思い付いたかのように鮮やかな真紅の瞳が毒を孕む。

そして悪意から嗤っていた。


「何がおかしい? 恐怖と痛みで気でも狂ったのか」


俯き狂笑のような笑いを続けているブラッドに、オルリビアは胡乱げに双眸を細めた。

ひとしきり笑うと口元を歪めたまま、罪人は囁くように問う。


「血祭り……て、言葉知ってるか?」


「それがどうした?」


「『再現』してやるよ」


ブラッドを囲った組員等が一斉に怪訝そうな表情を浮かべた。そしてそのまま彼等の身体が、突如強風に吹かれたかのように前触れなく大きく揺らいだ。


唐突に組員の全身至る箇所から噴出する紅。

見開かれた瞳には現状の光景をまるで理解できない疑問符が張り付き。

罪人が呟いた言の真意も掴めぬまま、噴き出す鮮血の勢いのまま奇妙なステップを刻み、コンクリの床に次々と沈む。

その全員が血の海に伏すと同時、既に事切れていた。


残酷な緋の乱舞が終結した中心地に佇む紅い男。その唇は弧を描き続けていた。

地面に落ち血溜まりに浸った銃の一つを何気無く手に拾い上げる。

その紅の瞳から既に毒気は抜かれ、代わりに静かなる嫌悪が宿っていた。


「俺は……本当はこの手の玩具は大嫌いなんだがな。もう使っちまったし、な」


「何を……した?」


目前の若造は一体何をした?


銃も剣も武器も使わず何をした?


どうやって丸腰の状態で部下共、全員を──


茫然としたオルリビアの疑問には応えず、代わりにブラッドは彼へと向き直る。


「後はお前だけだな」


「──ッな!?」


罪人の死の宣告に、背に氷塊が滑り落ちた感覚がオルリビアを襲う。

同時に恐れが引き金に掛かる指先を動かしていた。

銃音。着弾。その衝撃の反動で、ブラッドの身体が僅かに傾く。

だが、それだけだった。

彼は倒れない。致死量の出血、そして銃創。それでもブラッドは死なない。倒れない。


自らの血圧が急速に引いていくのを、オルリビアは実感していた。


「正直がっかりだぜ。裏組織ヴラスト様の名の割にこの程度でよ」


部下と自らの血潮に染まった男が悪鬼の表情で笑っていた。

髪も瞳も毒々しい緋。

まさに通り名の血塗れの罪人(ブラッディスィン)のように──


オルリビアの顔が強張る。

畏怖、そして戦慄。

人が到底自身に理解できない手に負えないモノに遭遇すると覚える、根本的な本能からの恐怖。それが今まさにオルリビアに押し寄せていた。


「来るな! それ以上私に近寄るな!!」


よろめくように後退するオルリビア、しかし罪人はお構いなしに距離を詰める。

役立たない銃を手放し、懐に隠し持ったサバイバルナイフを取り出すオルリビアを目にしても、その歩みは止まらない。


無感情な緋。それがオルリビアの怯えた瞳を目と鼻の先で正視する。


追い詰めれたオルリビアは手元の凶器を躊躇せず突き出した。

前置きなく差し出された刃は、避ける素振りも見せない罪人の胸に吸い込まれるように突き立つ。

確かな手応えと感触に、オルリビアの引きつった口角が思わず緩む。そして罪人を仰ぎ、その笑みは凍り付いた。


「何やってんだ? まだまだ浅ぇぜ? もっと深く刺せよ」


嘲笑う紅の瞳。その半月を象る口腔からは狂気が零れる。


「深く深く深く深く深く、そして抉り出せ」


罪人の言葉通り、オルリビアはナイフを力任せに抉り滑り込ませる。双方を濡らしながら噴出する夥しい紅の飛沫。だが押し込むように突き入れていた凶器の柄から、やがてオルリビアの掌は離れていた。

愕然として、不審と吃驚を綯い交ぜにした声音で力無く呟く。


「何、故……死なない!?」


「何で? 簡単な事だ。俺が人間じゃないからだ」


刃を平然と胸に飾ったまま、ブラッドはつまらなそうに答えた。

心臓を抉られ刺された状態なのに、彼は未だ生きている。


オルリビアの足から力が抜けた。無様に地面に尻餅を付くが、身体が恐怖で麻痺しており上手く動かせない。


「聞いていない、ぞ……こんなの……反則だ」


この化け物からは逃げられない、そう悟ってしまった。

命乞いなど無意味だ。そう理解はしていたが口が勝手に開いていた。


「た、助け……てくれ、私はまだ死ぬ訳には」


「助ける? 誰が? 誰を?」


蚊の鳴くような声だったオルリビアの発言に、ブラッドは心底不思議そうな表情を浮かべた。だがすぐにその表情は残忍な笑みで打ち消される。


「救いを請う相手を間違えてるぜ。俺が神サマや天使ちゃんの類に見えるか?」


「だとしたら、相当重傷だな。見る目がねぇ」と、軽口を叩きながら掌に携えた銃を無造作に向ける。


「口ばかり達者なつまんねぇ野郎だな。あんたにはコイツだけで十分そうだ」


そう言って、何の間も無く、軽く、いとも簡単に放たれた銃弾。

それはオルリビアの額に風穴を開ける。

オルリビアが制止の声を上げる間もない早撃ちだった。


無機質に崩れ落ちる物音と周囲に飛び散る水音。そして同時に脳髄の断片が打ち抜かれた威力のまま辺りに散乱する。

組織ヴラスト現司令代行オルリビア・バロウ。彼は脳へ一発の鉛弾。その侵入の衝撃、射撃で呆気なく逝った。


静謐。次の瞬間、耳が痛くなるような無音が血腥い場を支配していた。


無数の死体と血の海。

独り、その場で立ち尽くすブラッドはぽつりと呟く。


「イイよな……あんたら人間は簡単に死ねてよ。でも、それじゃ足りねぇんだよ」


それは羨望と憎悪が交じった複雑な言葉だった。


言った本人でさえも、僅かに理解できず眉を寄せる程の無意識の台詞。


「……帰るか」


ブラッドは不意に、目に付いた胸元に刺さるナイフをためらいなく投げ捨てた。

刃を引き抜く際、若干顔をしかめたがそれだけだった。

その後苦悶する訳でも、全身に負う傷の痛みで歩けない訳でもない。


そうして片手に握る銃器にはたと改めて気付く。血のような瞳がすうっと冷たく細まっていく。









嬰児の泣き声。


銃声。


悲鳴。


苦痛。


悲哀。


呪詛。


渇望。


拒絶。


存在の否定。



そして、報われない──









「──ッっ!」


唐突に脳内でフラッシュバックした情報に、ブラッド自身の身体が電撃に打たれたかのようにビクリと跳ねた。

掌の銃を急ぎ慌てて投げ捨てる。


そこに先程までの血の瞳の残忍である男の姿はなかった。そこに居たのは、ただ紅い瞳をした少年だか青年とも判断がつかない面持ちの男。まるで怖い目に合ったばかりで怯えた子供のように今にも泣き出しそうな表情の。


「……クソっ」


誰にともなく毒づき、ブラッドは奥歯を食いしばる。


その瞳には沸々と煮え滾る憎悪が垣間見えた。


ブラッドの唐突な怒りの矛先は、ビル地下駐車場に転がる死者達へ向かう。

早足で死者達の間を通り抜け、自らが最初に投擲した長剣が刺さる組員の元へと歩む。


墓碑のように突き立つその刃の柄を握り、躊躇なく引き抜いて死人から奪い返す。

白目を剥き、既に絶命している亡骸を暫時、ブラッドは今にも噛み付くように斜視していた。


……イラつく。


その原因は分かっている。


そう、ブラッドにとっての人嫌いの理由は単純で明快だった。


人間が死ぬ程憎い。


ただそれだけだった。

これ程の憎悪と憤怒を自分に植え付けた人間という存在そのものが疎ましい。そして同等、いやそれ以上の苦痛を背負わせた【奴等】が絶対に許せない。


先程、瞬間的に再生された記憶。自身の中で殺して、滅却した筈の記憶。その蘇生にブラッドの表情は憎悪と悲愴に満ちていた。


「……人間なんて大っ嫌いだ」


吐き捨てるように残留した言葉。そして自らが手に掛けた屍達を一切省みる事なく紅の男はその場を後にした。








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