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諭すようなジェイナの優しい表情に、少女の瞳が見開かれる。


「…………まさか、ルナさんが!?」


「うん、そう。【狂人】(ルナティック)の異名を持つSS級傭兵、ルナ・アドム。あの人が間違いなく歴代のギルドきって今現在最強の傭兵だよ。性格はともかくとしてね」


「……嘘」


茫然自失といった状態でアイリが呟いた。

まさか夢にも思わなかったんだろう、自らが既にSS級の傭兵に護衛されていたとは。

しかもSS級筆頭ギルドの凄腕だ。

その事実を知らずに当人と別れた少女のショックが分らない訳でもない。


「ま、過ぎた事愚痴ってもしょうがないしな。話戻すけど、もう一人のこの街のSS級の傭兵、血塗れの罪人ってのが──」


そこで間を空け、ジェイナは真顔でアイリの顔を見つめた。

ぼうっとしていた少女は不意に、真剣な瞳となった青年に気圧される。


「正直、あんまりというか、全くお勧めできないな。特に君みたいな可愛い子には」


「なっ!」


褒めた事で照れたのか、アイリの頬が一瞬で紅潮する。

翡翠の瞳が動揺で泳ぐ。小さな唇が何度も開閉し、震える。


「私は可愛くありません!」


「え〜? 可愛いよ」


力一杯否定する少女の姿と恥じ入る頬の赤味に、純粋さを感じる。

実際に小動物のような仕草と儚げな容貌に、あってまだ間も無いがジェイナは庇護欲を掻き立てられた。


「君は可愛い」


しみじみと呟いたジェイナに、少女は耳までも真っ赤になって俯く。


「何でですか!?」


「ん?」


「何で私じゃ罪人さんに依頼出来ないんですか?」


ジェイナの発言に若干戸惑いながらも、アイリが話題を変えるべく質疑する。


拱手し考え込むジェイナ。

覗き込むように近付いていた青年の顔が離れた事により、アイリは幾分落ち着きを取り戻した。


「何でってゆうか……【血塗れの罪人】(ブラッディスィン)の異名を馳せる最近になって有名になった傭兵だけどさ。彼はまだ若いしルーキーだけど、ギルドに所属して瞬く間にSS級に昇り詰めた。戦闘経験は少ないが、確かに腕は確実だ。その内ルナにも追い付き追い越すだろうくらいにね。だけどね……重大な問題があるんだ」


「重大な問題、ですか?」


深刻そうな表情のジェイナに、アイリも不安になる。吐息混りに遠い目でジェイナは続けた。


「彼ね……目茶苦茶どうしようもない酷い人間嫌いなんだ」


「え?」


「それに乱暴だし、凶暴だし、自分が気に入らないとどんなに待遇の良い依頼だって請けようとしない。数少ない貴重なSS級傭兵なのにギルド一の我が儘な超々問題児なんだ。そんな奴だから、君の依頼を二つ返事で必ずしも受けるかなんて分らない。交渉中だって、下手をすると依頼人の君に危害を加え兼ねないくらい獰猛だ。そんな危ない奴なんだよ」


そのお陰でどんなに苦労させられたか。


実際に今迄がそうだった。

依頼人が来る度に殺気を放ち、一度でも突っ撥ねた依頼には見向きもしない。それでもしつこく依頼人が追い縋ると、ブラッドの奴は剣を向けた。相手の地位や身分、立場等は全く関係ない。男女差別なくある種平等に。

流血騒ぎを起こさせないその為にも、仲介屋のジェイナが罪人の側に居る訳に至る。


「そうなんですか……でも私」


ジェイナの言葉を聞き俯くアイリ。透き通るような美しい翡翠の瞳は、葛藤の波で揺らいでいた。

しかし、やがて、意を決したかのように顔を上げる。そこにはやはり、逡巡はない。


「それでも……私、助けて欲しいんです」


アイリの懇願にジェイナは瞳を閉じた。少女の訴えるような視線に耐え兼ねたように。


この後、自分が目前の少女に掛ける言葉は決まっている。

だからこそ、再認識する。

自分は仲介屋としてはまだまだ甘くて、人間としては酷い奴だと。


脳裏で青年は、今は別行動を取る相棒に尋ねていた。


ブラッド。君が今この場に居たなら、この少女を何のためらいも無く見捨ててるよな、と。












──引き金は引かれた。



複数の銃声と共に襲い来るは、衝撃と真紅な液体の乱舞。


急速に胃から逆流する血液。


膝が崩れ、握り込んでいた両掌の銃が簡単に離れた。


跪いたブラッドの視界端に映るのは、余裕で不気味に笑む黒背広の男の姿。


「どうした、罪人? 劣勢だった私ではなく、何故優位に立っていた君がそこに蹲っている?」


わざとらしい嘲笑が、蹲るブラッドの耳朶を打つ。


オルリビアの問い掛けに、ブラッドは答える事ができなかった。容赦なく腹部そして胸部を襲った数発の食い込んだ銃弾が、彼を激痛に苛んでいた。


「私は最初から君を過小評価もしてないが、過大評価もしていなかったよ」


ブラッドを飛び越す黒の視線の先には硝煙。そしてそれは一つではない。

ビル地下出入り口付近。周囲支柱の裏手より忽然と顕現していたのは、他でもない新たなヴラスト組員達。唐突にその場に湧いて出たかのような彼等が、ブラッドを銃撃した張本人達だった。


「罪人。君と我々は偶然この場を闘争の場とし争ったと思うかね? それは間違いだ。君は最初から我々の掌の計画上で踊っていたに過ぎないのだよ。まず君が今回ギルドより受けていた我等殲滅の依頼。あれは我々自身が下した策の初手だ。全ては目の上の瘤の君を、予め我が組織組員を潜ませた此処におびき出す為のな」


オルリビアは退屈そうに続ける。


「実際に罠というには実にシンプルだったかな。ただその数制限と仕込みに時間と金を幾ら掛けたかどうかという点だけを除いてね。まぁギルドそしてSS級の傭兵、それらを欺く為に必須だったのは正当な依頼者と偽りの依頼提示。用意するものはその二種で十分だった。──後は簡単だ。私という餌に君を夢中にさせこの場へ導き、君の致命的な隙が生まれるのを待てばよかった。何、今迄の君の言動や行動を考えればそう難しい事ではない。むしろ容易かったよ」


再び周囲に反響する銃音。






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あきゅろす。
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