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Creature's



「ッたく……しつこいよ」


路地裏のゴミ箱を背に嘆息する青年。ジェイナ・ディルガは顔だけ外壁から覗かせて周囲の様子をおそるおそる窺っていた。

遠方の角に黒背広の姿を認めると慌てて首を引っ込める。


──かれこれ、もう数十分もこの調子だった。

上手くヴラスト組員を撒けたと思いきや、彼等は路地内周囲個々に散ってジェイナを待ち伏せる事にしたようだ。

この路地から街路への抜け道は一つしか有り得ない。

ヴラスト組員達はそれを理解した上でのローラー作戦なのだろう。

ジェイナ自身、組員達の意図を察してはいるがどうにもならなかった。


馬鹿正直にノコノコと路地内から表に出て行けば、発見されたその時点で袋叩きに合うのは目に見えている。ましてや出口が一つしかない以上、最早ヴラスト組員が諦めて帰ってくれるしかないのだが……ブラッドの挑発で頭に血が昇っている組員に、その可能性を望むのは無謀だというものだろう。


「いい加減、勘弁してくれないかなー……ホント」


独りごち、そのままズルズルと背後に身を預ける。背に妙な違和感。首だけで振り返ってみると、後ろ手に存在したのは少々大型の廃棄箱。そのまま視線を下降させていき、ジェイナは思わず呟く。


「げ」


自らの背と箱の側面には暗澹とした色彩に染まる得体の知れないアメーバ状の液体が張り付いていた。その箱に納まりきれず周囲に散乱した黒袋からは異臭。生ゴミでも混っていたのだろう。……という事は紛れもなく、この背についた液体はその副産物か。


ろくな事がないと深い溜息をついた途端、左頬に引きつるような痛みを感じ思わずそこを抑えるジェイナ。

熱を帯びた箇所、その原因を思い出して彼は表情をますます曇らせる。


「ツイてないよなぁ……」


落胆するジェイナ。


ある程度予測はできてたといえ、やはり今回も罪人にしっかり巻き込まれて、とばっちりをくう羽目になっている。


薄汚い路地に独り哀愁を帯びて悄然としていたが、不意にその浅葱色の瞳が見開かれた。


「──ッ」


先程まで頬を抑えていた手、それで急ぎ口元を覆い、体はくの字に折れる。

そして次の瞬間には何かを必死に堪えるかのように歯を食いしばりながら、苦しげに顔面蒼白で地面を睨み付けていた。

その症状は、ブラッドと別れる前に起こったものと全く同じ。


また……こんな……時、にッ──


乱れ始めた感情と動悸を落ち着かせようと、深く呼吸をする。暫くその動作を何度か繰り返していると、ようやく落ち着きを取り戻す事ができた。

しかし、その表情には疲弊が濃い。


「は、今、ここで、『変わる』なん、て、洒落にも、なんないって……」


自嘲気味に呟いたジェイナは緩慢に背を起こす。


衝動感覚が近い……ブラッドの言う通りそろそろ限界、頃合かな。


一抹の焦躁がジェイナの脳裏を掠めた。だが、それは一瞬ですぐに冷静さを取り戻す。


最初から分かっている事だ。

どんなに作り装おうと自らの本質は変わらないし、変えられない。変えきれないのだ。


手近な壁へと凭れ、再び深呼吸する。安堵と疲労。そこへ唐突に、ジェイナの肩に何者かが触れた。


「……あの、大丈夫ですか?」


「うわぁっ!?」


自身の思わず出た声量の大きさに慌てて自ら口を塞ぐ。急ぎ振り返った先には、小柄な人影。よく見るとそれは一人の少女だった。


顔を見合わせた少女と青年は、互いに呆気に取られたような表情をしていた。ジェイナはヴラスト組員ともブラッドとも違う忽然と出現した第三者の存在に、少女はジェイナの驚愕ぶりに唖然となる。


必然的に訪れた数瞬の沈黙、それを先に破ったのはジェイナだった。


「君……誰?」


「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったんです。……あの、私はアイリ・フラィールといいます。貴方はジェイナ・ディルガさんですよね?」


美しい珊瑚色の流れる長髪は肩で結われ、瞳は透き通る翡翠。可憐だが何処か儚げな容貌。その身に纏っていたのは旅装用の簡素な外套だった。

アイリと名乗る少女は申し訳なさそうに一礼し続ける。


「ギルドを訪ね、そこの受付の方に貴方の居場所を教えて貰ったんです。血塗れの罪人への直接依頼は、貴方を通してじゃないと頼めないと聞きましたので」


気弱そうに微笑む少女。

そしてアイリのギルドという言葉で、ジェイナは鋭敏に仕事の予感を察していた。


「じゃ、君は罪人への依頼者?」

アイリは僅かに頷き肯定の意を示す、そして不意に瞳を瞬かせた。視線はジェイナの頬をジッと直視している。

刹那、少女の顔が痛ましそうに歪んだ。


「あの、ディルガさん本当に大丈夫ですか? 頬が……誰かに殴られたのですか?」


「あぁ、これ?」


殴打の痕は派手に腫れ上がる。自分自身には見えず分らないが、もしかしたら青黒く変色しているのかもしれない。

ジェイナが次の言葉を発する前にアイリの細腕が伸びていた。だが触れるかどうかの瞬間に躊躇し、退かれる。

彼女が何故自分に掌を翳したのか不思議そうに見つめるジェイナに気付き、アイリは取り繕うように微笑した。


「少し腫れてはいますが、そんなに酷くはないみたいですね」


「良かった」と呟いたアイリに、ジェイナは気恥かしさもあってか気まずそうに苦笑する。


「はは、この商売も楽じゃないもんでね。特にトラブルメーカーの稼ぎ主様からは、頼んでもないとばっちりのお裾分けを貰っちゃったりするから」


暗にブラッドの事を示唆し、ジェイナは少女の視線から隠すように頬に手を当てる。途端、素っ頓狂な声を上げた。


「あれ?」


先程までの疼くような痛みが無い。それどころかジェイナの掌の下の頬は腫れてすらいなかった。


さっきまでは、確かに……?


「どうかしました?」


思わず両掌を両頬に当てたジェイナに、怪訝そうな視線をアイリは注ぐ。

それに気付いたジェイナは、心中の疑義を押し隠し何でも無いと愛想笑いを浮かべた。


自分の身に起きた不可解な出来事、それ以上に気になる事が眼前の少女にあった。


「あ、大した事じゃないんだけど……君さ、罪人の事何処で知ったの? 誰かに教えて貰った、とか? 失礼だけど、君はこの街の人じゃないよね」


血塗れの罪人という異名を馳せ、短期間でSS級という高みに昇り詰めたブラッドは有名だ。特にこのアナシアの街だけでは。

腕のみならず悪評も名高い(人嫌いで好戦的過ぎる)為、街の人間が彼を頼る時は総じて事態の収集が難しく或いは不可能に近い状況に陥っている場合が多い。

まぁ、SS級依頼とは本来その手の難易度が高い、一癖も二癖もあるものばかりだろうから、仕方ないのかもしれない。



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あきゅろす。
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