[携帯モード] [URL送信]



何がツボに入ったのか、カディスは笑いの発作に襲われながら、ケルの肩をカウンター越しに力強く何度も叩いてくる。


「くっ、……お前! ……人をいきなり変人扱いか……!! ……だから、何故!?」


カディスから肩への殴打の猛攻にあいながら、ケルは痛みではなく迷惑そうに顔をしかめたまま端的に応える。


「殺し屋の安否を気遣う、バーのオーナーは変人だと思ったからだ」


「ほぅ?」


カディスが肩を叩く手を休め、面白そうにケルを見やる。


「裏世界の人間を助けたって、害はあっても利はあんたに一つもない。そんな俺を気遣うのは無意味だ。あんたに危険が及んだって俺は動かないし、前にも言ったが標的になれば慈悲もためらいもかけない。それを知っていて……そんな俺(殺し屋)に構うあんたは変人だ」


切り捨てるように言ってケルはカディスを正視した。
凍えきった冷淡な銀瞳がカディスを映し出している。


だが、カディスは瞳を逸らさなかった。

カディスの柔らかな鳶色の瞳は、ケルの銀瞳に相反して温かな光を宿していた。


「……じゃあ、お前もだな」


今度はケルが怪訝な顔をする番だった。

カディスは相変わらずにやついた表情でケルを見ている。


「変人が経営してる店だと知っていても尚、訪ねてくるんだ。十分、お前も変人だな」


ケルは言葉に詰まった。

押し黙ったケルに、カディスは続ける。


「──それに二ヵ月前のあの震災の中、私とお嬢さんを助けに来ようとしていただろう?」


「……見ていたのか?」


ばつの悪そうな顔でケルは、眉を顰めた。


「私は見ていないよ。あのお嬢さんに聞いたんだ。──本当にお前がお前自身の言う通りの奴なら、あの時私達を見捨てて店からさっさと逃げていた……違うか?」


「……ハッ」


憮然としていたケルだったが唐突に大きく吐息を零す。

その顔には、悪戯が見つかった子供が観念したような表情を浮かべていた。


「……参るぜ、マスター・カディス。あんたには敵わないな」


「そうか? ミスター・ケル」


片手で額を押さえ、俯いたケルにカディスは微笑んだ。

──カウンターに俯いたケルの表情に僅かな憂いがある事を、カディスも、この時のケル自身も知りはしなかった。



カウンターに俯いたままのケルを横目にし、カディスはグラス拭きの作業を止めて裏の棚から手近な酒瓶を手に取った。

それを今し方、拭き終えたばかりのグラスに注ぐ。

注がれた液体は濃紫、一部地域では手に入りにくいレア物のワイン(葡萄酒)だった。


「ほら……今日は私の奢りだ。飲め」


ケルの横手にグラスを置き、カディス自身も別のグラスにワインを注ぐ。


色彩・芳香を確かめ十分楽しんでから、カディスは一口分口に含む。

その濃厚な味わいに満足気に微笑し、一人頷いた。


「……うん。少し値ははってしまったが仕入れて良かったな。なかなか旨い」


独りごちるカディスは、何の反応も示さないケルを見下ろしながらもう一口含む。


「どうした? ……飲まないのか」


ケルは少し顔を上げ横目にグラスを見た。

硝子の中には濃紫の液体がきっちりと、その内壁に沿って納められている。


ケルには濃紫のワインが鮮紅色──いつもの見慣れた暗闇に飛び交う液体、血と相似して見えた。


「……しかし、不思議なものだな。二ヵ月前のあの激しい震災は局地的な地震で、潰れたのは私の店だけだったからな」


実際に街そのものへの被害は、カディスの支店を除いてゼロに近かった。
その他の被害状況は、震源地のカディスのバーと隣接した家の壁や硝子が崩れただけ。


二ヵ月前のあの日──
カディスのバーだけが局地的な地震で全壊。

偶然にしてはあまりにもできすぎた出来事だった。


「運が全く無かったのか……悪運が強すぎたのか……まぁどちらにせよ、感謝しないとな」


「……何に?」


興味なさげに問い返すケルに、カディスは微笑をたたえ呟いた。


「お互い、生きている事に──」


「……」


押し黙ったままのケルを横目に、カディスはグラス内のワインを飲み尽くした。

そして一言呟く。


「それに本来の目撃者にも、だな」


「本来の目撃者?」


不意に顔を上げたケル。
その目色が今までと僅かに変わったが、それに気付かずにカディスは続ける。



「うちの店が崩れる直前に来たお嬢さんだ。あの子に私は震災の中助け出されて──意識を無くす前に私がお前の所在を聞いたら死んだと……私自身もあの時は頭が朦朧としていてはっきりとは断言できないが……お前が落下してきた天井の下敷きになったのを確認したと言っていた」


「へぇ……それでそのお子様はどうしたんだ?」


「それが分らないんだ。目が覚めた時には私は病室のベッドの上で寝ていて……お嬢さんにはあの時の御礼をちゃんと伝えたかったんだが、あれ以来それっきりで今どこにいるのかさえ……。そうこうしている内に、お前はお前で行方知れずになっているし……あの時は訳が分らず何がなんだか」


軽くかぶりを振り、カディスは困惑して疲れたというように長嘆した。

上半身を起こしたケルは、カディスの言葉を反芻している。


──俺の死ぬ姿を見た。


──本来の目撃者。





[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!