桜舞う
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花吹雪のように舞う花びらは義孝によく似合っていた
詠の顔を見ると義孝はにっこりと微笑んだ
「僕の気持ちを、試しましたね」
「石を手放してしまいましたか」
義孝の静かな声に詠は俯いた
怒鳴って、詰ってやりたかったのに
顔を見るとそんなことできない
「…あなたがそうなると見越しているのが見えたから」
泣きそうなのに涙は出ない
唇を噛み締めたまま顔を背ける詠に義孝はちょっと困ったように微笑んだ
「説明してもらえますか?」
震える手を義孝にとられて、はっと見上げると義孝は必死に顔を歪めていて
その顔は思いの他苦しそうで詠は何も言えなくなってしまう
頭では縋りつかないようにするのが精一杯で
「私の両親は父親が随分年がいってからの子供で可愛がられはしましたが私は随分恥ずかしいと思っていました」
ぽつぽつと語り出した義孝に詠は何も言わず見守った
「小さな事業をしていてそこそこ裕福だった父はそこで詠さんの祖父に出会いました。父親はお人好しで人の言葉を鵜呑みにする人間でした。例えば、その手のうまい話とか」
咄々と語られる内容は今でも義孝を苦しめているのだと
すぐに解った
義孝の指が詠の頬を撫でてジャケットとシャツを乱していく
熱い唇が何度も唇に触れてはこれ以上ないくらい熱い視線を注がれる
「信じた父も悪かったでしょう。でも、紙屑同然のそれを何度も父に買わせて、借金までさせたのは詠さんのお祖父さまです」
ぐっと力の入った義孝の手に竦むと昏い瞳で見つめられた
「謝罪が欲しかった。父に心から詫びて欲しかった。あの東屋で首をくくったのは父です。発見したのは探しに出た私と母でした。力なくぶら下がる父を、私は忘れないでしょう」
「それで、あんなことをーー」
義孝が全部話すのは詠を捨てていくと決めたからに違いない
石を持っていれば義孝はどうしたのだろうか
「ーー詠さんへの気持ちだけは本当です」
少し迷ったようにそう言う義孝に詠は俯いた
首筋に顔を埋めて体をまさぐる義孝を詠は許した
「そうやって僕を捨てて行くんですね」
詠の言葉に義孝は驚いた顔をして顔を上げて言葉なく首を振り
抱き締めるように肩を寄せてきた
「違います。詠さんには…十月さんがいるじゃないですか…私に詠さんのそばにいる資格なんて……」
必死な声は本当なのだろう
ザッと一層花吹雪が強く舞う
「十月と僕はただの友人です。義孝さんこそ高岡さんとーー…」
言葉を切る詠に義孝は驚いた顔を見せた
友人と小さく口の中で呟くのをみるあたり詠と十月の関係を誤解していたようだ
「高岡を好きな訳ではありませんでした。利害が一致したから…その、でも、私には詠さんだけだと誓えます。本当に私は詠さんだけです」
両手を握られて受けた告白は、それでも義孝は辛さを滲ませた声で
詠はきらきりと差し迫る別れの時間に胸が塞がる想いだった
「詠さんを好きになったらいけなかったのに。私は詠さんに出会えて辛かったけれどとっても幸せでした。でも、これで幸せですね、一緒にいましょうと手を取り合える訳がありません」
声を落とした義孝にぱっと顔を上げる
「さようなら」
それは静かに父親と同じトーンで
まるで永遠のお別れみたいだった
遠ざかる背中を詠は信じられない想いで見つめる
「ずっと、待ってます!」
「いつか義孝さんの気持ちが晴れるまで!ずっと!ずっと!今度は僕が……桜の下で……!」
義孝は肩を揺らしたが振り返らなかった
涙が溢れて止まらない
義孝は詠を捨てていくのだ
必要とされたみたいで嬉しかった
自分を受け止めてくれた義孝に恋をした
本気で好きだった。義孝しか見えないくらい
「……待ってます!!」
花吹雪が舞う
逆光が鈍色の枝から零れていた
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