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桜舞う

「い、石を出せ!!いますぐにだ!詠!石を!!」

掴み掛かるように祖父に肩を掴まれ詠は逃げるように体をそらした

ただごとではない雰囲気に息を飲む

パキンと割れた鏡を踏んでしまった

気に入っていた母から貰ったたぬきの置物も無惨だ

「お、落ち着いて、何?石って?お祖父さま?」

宥めるように詠が言えば今にも血管が切れそうに憤慨していた祖父は鼻息をふんとならして肩を落とした

紋付き袴がしわを作っているのに悲しそうに視線を落として祖父は体を震わせた

「あの小僧にしてやられた。ある取引をしていたのだがリークされて…損害額が何の悪戯のつもりか知らんがお前に預けている石と同じ価値なんだそうだ。鑑定してみないと何とも言えんが…」

皺だらけの手を出す祖父に詠は、はめられたと頭が真っ白になった

「詠、助けてくれるな?このままではお前も、お前の両親を助けることも出来なくなってしまう」

涙を零す祖父に詠の手はだらりと落ちた

全て見捨てる冷たさが自分にあれば

縋る祖父を振り払う力があれば

ーー出来ない

あんなことがあったのに温かく何でもないように迎えてくれた祖父

あんなに嫌いだった家庭

そして柔らかく真っ直ぐ自分を見た義孝

「茶番だったんだ。最後まで……最後まで僕を欺いて……」

手が頭が唇が、世界が死んだみたいに色が失せる

「……詠?」

窺うような祖父に自分の鞄を指差した

小さなポケットにそれは入っている

天から地へと叩き落とされたこの感覚

「全部持って行って」

詠が叫ぶと祖父は鞄ごとそれを持って出ていった

祖父が浅ましく見えたがそれ以上に自分が惨めだ

喉が、鼻がつんとして詠は歯をくいしばった

頭を抱える

「………あいに、行かなきゃ」

それでも会いに行かなくては

力なく立ち上がると詠はふらふらと桜を目指した

花びらがひらひらと舞う

舞う義孝のように

詠の手には石はない

義孝の思惑通りに

全部、説明してもらはなければ

詠は脚を早めた



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