桜舞う
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それから十月は何も言わず手持ち無沙汰になった詠は膝に顔を埋めて待った
やがて部屋の扉が開く音と聞き慣れた優しい声が聞こえた
義孝さん!
顔をあげると十月が複雑そうな顔で詠を見ていた
室内からは義孝と少し声の高い青年の声がした
この声は確か父親お抱えの執事見習いの高岡泉だ
小柄ではないものの線の細い大人しそうな青年は見掛けによらず才気に溢れ頭がよいと父親が気に入っていた
「義孝、あの馬鹿ぼんをどうするの?もう利用価値もないからさっさと遠くにやるんじゃなかったの?」
鋭い声は高岡のものだ
馬鹿ぼんとは詠のことだとすぐにわかった
彼のこんなふうな悪意に満ちた声を聞いたことがあっただろうか
詠は驚きのあまり心臓が伸びあがるのを我慢して口をおさえた
ドクドクと心臓の音がうるさい
「順調だから詠は別に急がなくてもいい。もう言いなりになるだろうし、いい子飼いになる。お前はどうなんだ?」
義孝の言葉に全てが凍りつく
思考が止まると共に心臓が止まるかと思った
聞き違いではなかろうか?信じられない思いで詠は唇を噛んだ
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