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88888  ルクガイ 誘い受けガイと振り回されるルーク

ルークはベッドに横たわり、すっかり見慣れてしまった部屋の方々に視線を彷徨わせる。部屋の中はとても静かだ。
顔をわずかでも動かすのを躊躇い、翠の双眸をせわしなく動かしながら、意識は背の向こうに注がれている。
眠ってはいないはずだ。サイドテーブルの仄かな灯りは点けられたままだからだ。
早くなる鼓動を整えるため、小さく息を吐き出す。ぎゅっと寝衣を握り、勇気を奮い立たせる。


********



ルークが闘技場で荒稼ぎし旅の資金はかなり潤沢になった一行は、ケテルブルクに立ち寄る事にした。
ホテルの売店では値段こそ高いものの、珍しい食材を一度に揃える事が出来るからだ。
だが、一階ロビーにおりた時、思わぬ足止めをくらう事となった。
皆の姿を捉えたノエルが駆け寄り、猛吹雪のためアルビオールに飛行が困難だと告げてきたのだ。
その言葉に一同は視線を窓へ移す。その先は白く霞んで何も見えはしなかった。
申し訳なさそうにしているノエルに、ガイが殊更陽気に
「ちょうどいい。たまには豪華なベッドで身体を休めたかったところだ」
と声をかけ、皆もそれに同意した。
そういう事情で雪が止むまでホテルに連泊する事となったのだ。


ガイと相部屋になったルークは高揚する気持ちを隠すため、いつものように振る舞う努力を強いた。
「俺、窓際な」
「はいはい」
荷物を置いてからカーテンをあけると、背をぶるりと振るわせる光景が広がっている。
「吹雪ってすげえ」と思わず言葉を漏らすと、はは、そうだな、と軽快な笑いとともに言葉が返ってくる。
「風呂もう入るか?湯を張ろうか?」
「あ、そうだな。外の景色みたら寒くなった」
「了解」
ガイの気配が浴室に消えると、意識を窓の外へと向ける。
この窓から望む景色はいつもは穏やかに静かに舞い落ちていた雪景色であった。だが今日は違う一面を見せている。厳しい自然の景色にルークは息を呑む。
意外な一面、で先日思わぬ事で知る事となったガイの素性がルークの脳裏に浮かぶ。
意識がそのままネガティブな方に向かいそうになり、払うように小さく頭を振る。
「雪が珍しいのはわかるが、あまり長く窓辺に寄り過ぎると身体が冷えちまうぞ」
「わかってるって」
いつの間にか戻っていたガイの声に背に緊張を走らせながらも、それが言葉にのらないようにする。
「それにすぐ風呂入るしさ」
窓辺から離れると、荷物袋をベッドの上において着替えを取り出そうと手を突っ込む。
「…一緒に入るか?」
漁っていた手を止め、声の主を弾かれたように見上げる。
見上げた先には普段通りのガイがいる。
「は?」
「だから、一緒にお風呂はいるか?」
再度、とんでもない事を言い放ってくる。だが、ガイの表情も声も普段となんら変わらない。驚く自分がおかしいのだろうか、とルークが一瞬混乱する程に。
「え、いや。だ、だって」
しどろもどろになるルークに、ガイは快活に笑ってみせる。
「久しぶりに髪でも洗ってやるよ。旅に出たての頃、お前髪を一人で洗えなくて俺にたすけ」
「ガイ!いつまでその事引きずってんだよ。子供扱いすんなって!」
ガイの言葉を遮ってルークが鋭く叫ぶ。睨んでくる翠の双眸を宥めるように、眉を下げて「悪かった。つい、な」と降参とばかりに両手をあげる。
「つい、ってなんだよ」
ぶすくれた気持ちを隠しもしないでルークは問いかける。
「昔は何でも『おい、ガイ。何とかしろよ』って命令してたけど、今は一人で何でもこなすもんで、手持ち無沙汰でな」
「命令って……ま、そ、そうだったけど」
「だから頑張ってるルーク君をたまにはいたわってやろうかと」
「いらねえ!つーか、お前もその使用人気質をどうにかしたほうがいいんじゃねーの。ペールが泣くぞ」
拒絶に続くルークの言葉はガイの痛いところをついたらしく、う、と唸る。
その様子に満足し、ルークは着替えをもって
「じゃ俺先に風呂にはいってくる」
声をかけて浴室の扉に手をかけた。



「ふう」
湯船につかり、足をのばす。じわじわと身体があたたまり、ルークは息をつく。
浴槽の縁に後頭部を預け虚空を見詰めながら、先程のガイとの会話を思い起こす。
『一緒にお風呂入るか?』
悪気ないその誘いが、どれほど自分の心を動揺させるのかガイはわかっていない。
単なる主従関係ならそれも当然のことだと納得もする。
だが。ほんのニヶ月程前までは、当然のように身体を重ねていた関係だったのに。
……当然のように?
いやちがう。「命令して」始まった関係だった。
はあ、とルークは今度は重い気持ちそのままに息を吐く。
拒否できないガイの立場や、そして優しさに胡坐をかいて、強引に繋いだ関係だ。
自分の存在が根底から覆され、そしてガイの本来の立場が明確になった今となっては断ち切られて当然の。
そこでルークは、小さく頭を振って考えるのを止める。
それでも。こんな俺でも、ガイは親友は俺の方だって言ってくれた。本物とかレプリカとかじゃなくて、親友として俺を選んでくれた。
だから、親友で在り続けないといけないのだ。
何気ないガイとの会話で、高揚したり動揺する気持ちを悟られないようにしないと。
だって俺にはもう親友って関係しか残ってないんだから。


浴室から出るとガイはベッドの上で剣の手入れをしていた。
「お、あがったか。ちゃんと髪乾かしたか?風邪ひくぞ」
「だーかーらー、いい加減子供扱いすんなって!」
ルークが必要以上に怒ってみせるとガイは、悪かった、と笑いながら剣を鞘に収める。
用意していた着替えを手にしたガイが浴室に姿を消すまで、ルークは背を向けながらも意識はずっと追っていた。
ガイが変なこと言うからいつも以上に意識をしてしまうじゃねえか。
こんな時、おしゃべりなブタザルがいてくれりゃ気も紛れるのに。今日に限ってノエルと同室になったティアが掻っ攫っていったのでそれも叶わない。
浴室から聞こえる水音が耳に届くと、意識がそちらに引っ張られる。
一緒に風呂、入ってたら……あの誘いを承諾したらどうなっていたんだろうか。
手持ち無沙汰のルークはつい夢想する。
少しばかりの間の後、かああっと一気に頬が熱くなる。
これ以上「もしも」を考えていけば歯止めがかからなくなりそうで、慌ててベッドに潜り込んで掛布を引っ被る。
横臥し、白く霞む寒々とした窓の外の景色を見て、心を静ませようとする。
だが、一度脳裏に浮かんだ過去の情景、つまりはガイの裸がちらついて思うようにいかない。
ああ、クソ。ガイが変なこと言うから。
あんな事してたのに、一人の男として認識されていないのはわかっていた。
だけどあれから頑張って俺も少しは成長したかな、と思ってたけど、やっぱりガイにとっての俺は変わらないんだ。
ふう、と重い息をつく。
丁度その時、ガイが浴室の扉を開ける音が耳に入る。
「…っと、もう寝たのか?」
起こさないようにという配慮なのか、問いかけにしては小さな声であった。
ビクリと布団の中で身体を小さく震わせたが、ルークはこのまま狸寝入りをきめこむことにした。
戻らない返事は想定していたようで、ガイは何も言わずに部屋の明かりを落とし、それからベッドサイドのランプを点ける。
ギシリとルークの背からベッドのきしむ音が聞こえた。ガサゴソと荷物袋をまさぐる音が止まると、再びベッドのきしむ音がする。
と、同時にガイがこちらに歩み寄ってくる気配がし、慌ててルークはぎゅっとかたく目を瞑る。
すこしすると、カーテンを閉じる音が鼓膜を震わす。
そういえば開けっ放しだった、と視界が黒く塗りつぶされたルークが考えていると、何かが近づく気配を感じ取る。
刹那、柔らかで暖かなものが唇を掠めとる。
「おやすみ、ルーク」
掛けられた優しい声はあまりに間近で、心臓が跳ね上がる。
混乱するルークが状況を把握するまえに、ガイは名残惜しさもなく離れ、背後でベッドに滑りこむ音がした。
い、いまの…は。
おやすみのキスはそれこそ数えきれない程受けてきた。だがそれは額や頬にだけ落とされてきた。
だけど、今のは。確かに、唇だった。
ルークは混乱する。硬くつむっていた目を開くとキョロキョロと視線だけを動かす。

後編



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