首枷ジレンマ 1/3 どうしようもない叫びが、生まれては消え心の奥底へ沈んでいく。 それをもう何回、何日繰り返していたんだろうか。記憶から疎外された答えは今となっては知りどころがない。 目の前の幼なじみから目を背け、ガイは温まった珈琲に口付ける。その苦味を帯びた熱さは口から喉へとすっと流れていって躊躇われていた言葉を相殺してくれた。すると喉元の不快感が消え、気分が良くなる。 安堵の息を漏らしていると自分の珈琲を淹れていた男が振り向いた。神託の盾(オラクル)騎士団総長とは思えない穏やかな笑みがそこに在った。 「砂糖は要らぬのか」 「今日はいいよ。…ん、やっぱ美味いな」 「ただの珈琲なのだがな」 「お前が淹れてくれたから美味いって言ってんの」 にかっと笑って湯気の立つ珈琲に息を2、3回吹きかけ、一気に飲み干した。ごくり、ごくりとテンポよく流れていく熱には馴染みきれていないビターな味がたっぷり含まれていたので思わず「にがっ」と呟いてしまった。 苦笑する男には「まだお前も子供だな」と言われて「もうすぐ俺も成人になるんだ、子供扱いすんな」と言い返しつつも赤面。 …妙な恥ずかしさが収まらないガイはそそくさと底が見えるカップを置いてベッドから立ち上がった。 「もう、行くわ。そろそろルーク様が夕食を終えられるだろうからな」 「…では私も本部に戻るとしよう。ルークや公爵に宜しく伝えといてくれ」 「…次に、会えるのは?」 「……少なくても、数日はかかるな」 「…そう、か」 悲しそうにガイは目を伏せる。彼の位になれば忙しいのは当たり前だし、仕方ないことではある。邪魔をしてはいけない。早く出ていかなきゃ、と思いつつドアノブを捻ろうとした途端後ろへ抱き寄せられた。不意なことに心臓がとびあがって顔を窺うも表情から相手が何を考えているのか解らない。大きな手がそっと髪を掻き分け耳元で紡がれる艶のある低音に身体までも僅かに震えた。 「ガイラルディア様」 「…なんだ…ヴァンデスデルカ…」 「貴公がお悩みになっている事がありましたら、私が力になりましょう。どうか、お一人で抱え込まぬよう。貴方にはペール殿と、そして私がございます」 「……ありがとう」 やっぱりお前はいつも優しいな、ヴァン。 そんなお前にこの“事実”を伝えることが出来たのなら、どれだけ楽になれるのだろう。 最もそんな恥知らず、俺にあるわけがない。 あるわけ、ないんだ。 する、と肩から最後の一枚が滑り落ちた。それは衣服が散乱する彼の足下に落ちる。 幻想的に輝く満月はその一室を淡く照らし、ベッドの側に立つ青年の裸体も静かに映した。幼少期から鍛えているだけあってとても男らしい体つきだが、場の雰囲気のせいだろうか、しなやかなボディやひきつる腹筋らは官能的な何かを匂わせる。 「準備はしてきたか」 「はい…旦那様」 大人3人は寝られるであろうビッグサイズの寝台の真ん中に座っている(真っ白なバスローブを纏い、上半身はヘッドボードに凭れている)男に許可をもらいゆっくりベッド上に這う。男二人が乗り上げても安いものとは違ってギシギシと音をたてることはない。 ガイは無言で相手の足の付け根に顔を寄せるとローブを乱し、下着も穿いていない男の軽く勃起する熱の先端に口付けた。これが始まりの合図。 舌で至る所を舐めあげて片手で袋を優しく弄ぶ。いたわるように手つきは優しいものだがガイは時折殺意の籠る冷たい視線を主人である公爵に向けた。 「…ふん…一日で大分解れたのか…」 「っ…!」 公爵は前屈みになりガイの双丘の更に奥の搾り――正確にはそこに突き刺さっている物体を掴んだ。抜いてみるとピンクのクリアカラーに彩られ男根に大きさもそっくりな形の機械が現れる。動いてはいないが音機関の一種のようだ。 「潤滑油を使っていないというのに…随分濡れているな。手が汚れてしまうほどだ」 「…申し訳、ありません」 「気にするな。そこまで男が欲しかったのであろう?まぁ一日中ただ挿れただけでは我慢出来なかっただろう。お前は淫乱だからな」 「……」 そんなわけあるか馬鹿が、と内心で毒づき見上げる。公爵と目が合い、みるみるうちに男の眉間のしわが寄っていく。それからすぐに片手で首を掴まれた。親指が気道を潰す故に空気を取り込めない。公爵の瞳は非情なそれであった。 「その眼はなんだ」 「ぐ…!」 「躾がなっていないな。これで何度目だ」 「かは…っ…!ん…!!」 ガイの頭を自分の股間に持っていき最初より硬くなった楔を咥内に根元まで突く。そのまま嫌がるガイを固定したまま己の達するまで腰を打ち付けた。 酷く苦しいが、立場上拒絶は出来ない。ガイはひたすら受忍する。 「ふ、く…っ!…っ、…ゔん゙!」 ごぼごぼと異質な音をたて何度も何度も亀頭が喉の入口を霞め強烈な吐き気がこみあがる。死に物狂いで耐えて、放出された大量の白濁液をも受け止める。量が尋常ではなく冗談抜きで精液に溺れてしまいそうだ。それだけは絶対に避けようとむせながらでも必死に鼻で酸素を補給する。 「っふ……っ…う゛…」 「吐けばもう一度だ」 「………ぷはっ、はぁっはぁっ…げほっごほっ」 ガイは解放されるとすぐ両手で口を覆い、体内で逆流しようとするものを押し返してまず呼吸を正す。深呼吸しつつ口まわりに涎やら何やら飛び散った液体と生理的に流れてしまった涙を乱暴に拭き取った。…喉が精液で絡み付いて気持ち悪い。 「ごほっごほっ…」 「…あぁ、ところで、お前は赤は好きか?」 「げほっ…はぁ…?」 いきなり変わる話題に訳がわからずガイは顔をあげる。 公爵は言いながら何やらサイドにある棚をごそごそとまさぐっていた。あそこには道具やら潤滑油や下劣なものがたくさん入っていたのを以前見たことがある。それにしても質問の意味が解らない。 (赤……) 『赤』は彼の何もかもを奪ったと言っても過言ではない。 赤…血…赤毛の髪…クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレ………。 何もかもを捨てる覚悟でこの屋敷にやってきた。 仇を自らの手で殺すため。 無念無惨に殺された姉上や父上、母上、メイド達。 冷酷無情なこの男を殺す。 その為ならば、俺はなんだってする。 ――身体だって、くれてやる。 全てはこの男に復讐するためだ。 深呼吸をして、ゆっくりと答えた。 「……赤は、大嫌いです」 「…やはりな。ならば丁度良いだろう」 やはり?引っ掛かる言い方だった。分かっていて問うたのだろうか。 公爵が取り出したのは、真っ赤な人間用の首輪だった。高級そうな革で出来ているようで、恐らくダイヤモンドであろう宝石が一定感覚で散りばめられていた。 公爵はガイの髪をわし掴み、首輪を着けた。チョーカーのようなきつさに調節されて呼吸するのが少し苦しい。 なお、首輪には銀色の鎖がついており、長さは心臓より少し下くらいまでしかない。 「旦那様…少し苦しいです」 「お前には苦痛のくらいが丁度いい」 「何言っ……ぐっ」 鎖を絡ませた公爵の手が頭よりも上にあげる。それに繋がってるガイもまた唇が触れそうなほど引き寄せられ公爵を見上げる形になる。顔を逸らそうとしても反対の手で顎を掴まれた。間近にある男の目が射るような眼差しを向ける。 「忘れるな。『これ』が私とお前の関係だ。お前は私の手中にあるのだ」 「っ…!」 ――捕らえられてるお姫様、てか。いや、姫っていう立場には到底届かない。 主人と、奴隷。こっちの方があってるだろう。 主人は奴隷を自分の意のままに玩び、奴隷は何をされても主人には逆らわない。否、逆らえない。 おもちゃのような存在。 ガイは荒々しく扱われて真っ赤になった唇を噛んだ。皮が切れて小さな赤色の筋が流れる。 次へ |