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フリリク第二弾
あまあまジェイガイ 前編
橙に染まった貴族街をゆっくりとガイは歩いている。
すれ違う人たちと「ごきげんよう、ガルディオス伯爵様」「ごきげんよう」貴族らしい挨拶をかわしながら、家路へと向かう。
「ガルディオス伯爵様…か」
無意識に零した言葉は寂寥を滲ませていた。
蜂蜜を溶かしたような金色にじわりと紫が差し込みはじめた空を見上げそっと息をつく。
ふと脳裏に蘇った声が己を呼ぶ名に、小さく胸が痛む。
上げていた視線を戻し、しっかりとした足取りで自分の屋敷へと歩みをすすめる。



玄関で主を迎えたペールが「お帰りなさいませ、ガイラルディア様」と頭をさげる。
「ただいま、ペール」
「カーティス大佐がお見えになられております」
「ジェイドが?」
驚きにガイは目を見張る。帰国はまだ3日程先のはずだ。
「ええ。客間にお通ししております」
「そうか」
逸る気持ちを抑え表情は平静を保つが、歩みは正直であった。
一直線に、いつもより足早に客室へを向かう。
扉の前にたつと、一度深呼吸をする。
歓喜と共に緊張で感情が高ぶっているのを落ち着かせるために。
客間の扉をあけると、優雅な仕草でティーカップを口に運ぶジェイドの姿があった。
「帰国はまだ先のはずじゃなかったか」
「ええ、思った以上に仕事がはかどったものですから」
「軍に顔は出さなくていいのか」
「明朝で構わないでしょう」
「やれやれだな」
そう軽口をたたきながらも、ガイは嬉しげな様子でジェイドの正面に腰を下ろす。
「疲れているようですね」
ジェイドがガイの顔を見据えて気遣わしげな視線と共に言葉をかけると、ガイは軽く肩をすくめる。
「まあ、色々とね」
軽く苦笑いを浮かべ、それ以上の明言をガイは避けた。
ガイの言葉に赤い瞳を細めると、かちゃりと小さく音を立ててカップを置く。
それからおもむろにカウチの端に身体をずらす。
ジェイドの行動に、ん?と首をかしげそうになるガイだったが、次の行動には目を見開いた。
自分の膝をポンポンとたたきながら
「さ、どうぞ」
とジェイドは楽しげに言い放ったのだ。
自分の膝を枕にして横になれ、という事らしい。ガイはくらりとめまいを覚えた。
「旦那、俺の年齢知ってるよな」
「ええ、あなたが私より14歳年下でまだまだ甘えたがりな年頃という事は」
「いや、違うだろ」と額に手をあてて、盛大なため息と共にガイは言葉を漏らすが、ジェイドは構わずに笑顔をキープしたままポンポンと叩いている。
どうやらガイがジェイドに膝枕してもらわぬ限り、無言の圧力は続くらしい。
こうなると先に折れるのはガイの方だ。
見よがしなため息を吐いて、どうにでもなれ、とばかりに立ち上がると、ジェイドの膝に頭をのっけて横になる。
長身のせいでカウチから膝下がはみ出している。
これでいいのか、とばかりにジェイドを見上げると、不意に手袋を外した手で前髪を優しく梳かれる。
「何かありましたか」
「…別に」
「あなたがそういう物言いをする時は、大抵何かあった時ですよ」
そう言いながらもジェイドはそれ以上先を促すつもりはないらしい。ゆっくりとガイの髪を梳くだけだ。
ジェイドの膝に頭をのせていたガイは、ゆっくりと蒼の目を瞼で隠した。
やわらかく優しい手に、再会に昂ぶってどこか素直になれずにいた気持ちが穏やかなものへと導かれる。
だが、照れはまだ残る。
瞼で視界を遮断したまま、ジェイドに乞う。
「……名前、呼んでくれよ」
「ガイ」
耳障りのよい声がガイの耳を震わせる。
「もう一回」
「ガイ」
ジェイドは何も言わずに請われたまま素直に応じる。
じわじわとあたたかなものが身体の隅々まで行き渡るのをガイは感じる。
「『ガイ』が恋しくなりましたか?」
問いかけではあるが、返事を求めていない口調のジェイドに、思わず小さく苦笑いが浮かぶ。
お見通しか、とガイが言葉を漏らすと、返事のかわりに綴じた瞼のあたりをやさしく撫でられた。
「名前など瑣末な事だとわかっちゃいるんだけどね。ここでその名を呼んでくれるのはあんただけだ」
ガイ・セシルという偽りの名前と生は終わり、名を取り戻した。
それと共に、新たに背中に背負い込んだモノの重さに、すこしばかり息苦しさを覚える。
本来の名であるはずなのに、どこか余所余所しさが付きまとうガイラルディアと、ガルディオス伯爵という新たな呼び名は、新たに袖を通したシャツのようにまだ身体になじまずにいる。
心が弱ると、昔日の残滓にすがりたくなる。名称が変化しただけで、自分は何一つ変わってはいないというのに。
ガイはごろりと寝返りをうつと、ジェイドの腹部に顔を埋める。
ジェイドの匂いが鼻孔をくすぐると、ほうっと安堵する。
張り詰めていた心と身体が弛緩するのが、ガイにはわかった。
「おかえり」
顔をうずめたまま、くぐもった小さな声であったが、ジェイドの耳には届いたようだった。
背をゆるりと撫でながら
「ただいま」
と穏やかに言葉を返した。


ガイは甘える術をよく知らずにいる。
他人に対して優しさを惜しまない性格である故に、好意に一方的に寄りかかる事は苦手であった。
「意地っ張りですね」
とジェイドに言われたのはいつの事だったろうか、と背を撫でる掌の温度に陶然としながらガイは記憶をさぐる。
恋人という関係になってからではなかっただろうか。
そのような指摘を受けたことのなかったガイは「そうかな」と己の行動を顧みる。
顎に指をそえて、うーん、と唸るガイに、ジェイドは「ええ、かなりの」と言葉を重ねる。
それに対していつもの眉尻をさげて「意地を張っているつもりはないんだ。多分それが癖になってるんだろうな」と苦笑いをしてみせた。
他人に優しさを惜しまない性格は彼の美点の一つである事は違いない。
だが、そのせいで自分の事が疎かになっている。ガイがそれに対しあまりに無自覚な事にジェイドは頭を痛くさせる事となった。
ジェイド自身あるとは思わなかった庇護欲を大いに刺激したらしく、事あるごとにガイを甘やかせようとする。
「それは無理だ、頼むからやめてくれ」とガイが半泣きになりながら懇願するような事さえ、フォニム解析を説明するような生真面目な表情で言い放ちガイを大いに困らせた。
だが、こうしてジェイドが遠征で二週間ほど離れていただけで、心は子供のように寂しがり弱っていたのだ、とガイは改めて自覚する。
ジェイドの匂いを吸って、背や顔に伝わる温もりを感じるだけで、満たされていくのがわかる。
腕をジェイドの腰に回してぎゅっときつく抱くと、子供をあやすように背を撫でていた手が肩へをゆっくりと動く。
ジェイドは上体をじわじわと下ろして、ガイに影を落とす。
さらりと、くせのない髪がガイの首筋に触れたとき、身体がびくっと反応する。
と、同時に耳に顔を近づけていたジェイドは「息苦しくありませんか」と問いかける。
かあっと耳まで赤くしたガイが、変わらず顔を埋めたままふるふると頭を振る。
ふむ、と一呼吸おいてからジェイドはおもむろに無防備に晒しているガイの脇を指でつっとなぞる。
「っ!!!!」
がばっという効果音がつきそうなほどの勢いで仰向けの体勢をとり、先ほどまでジェイドの手に回していた手で脇をがっちりガードしている。
「ジェ、イド、あんたなあ」
続く抗議の言葉は、開いた青い双眸が相形を崩したジェイドを捉えた瞬間、喉に押し戻した。
何考えてんだ、と言ってもにこにこ笑って、何を考えていると思います?と質問の形で返されるのを承知しているからだ。
ガイが身体を反転させても、ジェイドは上体をあげないままだったので、二人の顔の距離は近い。
視線が近距離で絡みあう。
それだけで、またガイの体温が上昇しそうだった。
視線を外す事さえ出来ず、瞬きすることも忘れ、ゆっくりと近づいてくる顔から逃げることも出来ず。
鼻先が触れ合うほどに近づくと、ジェイドはそこでピタリと動きを止める。
互いの息がかかりそうな程で、思わずガイは息を止める。
「寂しくありませんでした?」
からかう口調ではあるが、赤い目は優しげに細められている。
ずるいな、とガイは思う。
当たり前の事ではあるが、恋愛に関してはいくつも相手のほうが上手だ。
この手の駆け引きになると、ガイは諸手をあげて降参するしかない。
ふうーっと詰めていた息を深々と吐き出しながら、ジェイドの首に腕を回す。
おや、とでも言いたげな瞳を見据えたまま、頭をジェイドから離し、唇をほんの一瞬だけ押し付ける。
すぐさま膝に頭を預け、これが応えだ、と言うようにガイはジェイドを無言で見つめたままだ。頬も耳も熱をもって紅潮している。
行動するのも充分恥ずかしいが、言葉にするのはもっと恥ずかしい。そんなガイの性分を読んでの問いかけだ。
「今夜泊まらせてもらえませんか?」
「……自分の家があるだろ」
ジェイドの指が赤く色づいているガイ耳に触れる。
いつもは冷たい指だが、今日はガイの体温とかわらぬほどだ。
「歳のせいか、自分の屋敷までの道のりが遠く感じまして」
「馬車用意するけど」
「おや、違う言い訳をお望みでしたか。なら正直に申し上げますと、今夜あなたを抱き」
「うわあああ、ちょ、ストレートに物言うな」
慌ててジェイドの首に絡んでいた腕を離し、ジェイドの口を塞ぐ。
何度も身体を重ねているというのに、初心な反応するガイにジェイドは笑うと、塞ぐ掌に手を重ねてゆっくりと剥がす。
手の甲に唇を落とし、それから先ほどガイがしたように、一瞬だけガイの唇と合わせる。
「では、決まりですね」
ガイは視線を逸らすと、こくりと小さく頷いた。

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あきゅろす。
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