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フリリク第二弾
ピオガイ 前編
「あなたが午後の会議前に、私室で書類整理とは。明日は雪が降りますね」
愉快そうに眼鏡の奥の赤い瞳を細める幼なじみに、ピオニーは顔をわずかに顰めてみせる。
「俺だってたまには真面目に仕事するんだぞ。大体誰がお前に使い走りみたいな事やらせんだ」
「あなたのさぼり癖は宮殿内に留まらず、軍部にまで届いておりますから。目付役のつもりなんでしょう。
という事で、次回の予算審議会までに軍事予算案とその内訳にきちんと目を通しておいてくださいね。
私がわざわざ使いとしてきたのですから「知らなかった」「見なかった」ですませようなど考えない方が得策ですよ」
ジェイドのこれ以上にない深い深い釘刺しと、また積み上げられた書類の高さにピオニーは盛大なため息をついた。
その時、かちゃりと音を立てて私室から続く奥の扉が開かれる。
「あ、ジェイド」
私室に足を踏み入れた青年は、ジェイドを目に留めて驚いた顔をみせる。
ジェイドも内心突然の闖入者に驚きはしたが、それを表情の出すこと無く「おや、ガイ」とその名を呼んだ。
いつもの衣装ではなく、貴族らしい服に身を包んでいるガイの髪がわずかに湿気を含んでいる事にジェイドは聡く目に留める。
「陛下、浴室をお借りして申し訳ござ」
「ああ、いいって言ってるだろ。それよりも早く行って来い。貴族院のジジイ達は若人の欠点をあげつらう事が生き甲斐の奴らばかりだからな」
頭をさげるガイを遮りピオニーは手をひらひらと振って、早く行くように促す。
もう一度「有難うございます」と礼を述べながら深く頭を下げて、ガイは退室をする。
パタンと扉がしまるのを待ってから、ジェイドの口から冷ややかな言葉が紡ぎだされる。
「…さて、いったいどのような事情があるのかお聞かせ願いましょうか」
「一体もなにも」
そう言ってピオニーは口を開く。

若き伯爵、ガイラルディア・ガラン・ガルディオスは皇帝であるピオニーの愛玩動物の世話係を担っている。
だが、仕事は当然それだけではない。爵位と共に名を連ねる事となった貴族院の要務は山ほどもある。
ブウサギの散歩をこなし、それから自分の屋敷に戻り衣服を着替えてまた宮殿へと足を運び会議に出席する。
一度屋敷にもどって支度をするため、貴族院では新顔であるにも関わらず、重鎮達とかわらぬ時間に会議室入りする事態となる。
それを、あれこれと当て擦る輩が出てくる事となった。
貴族院では軍部と同じく予算案が大詰めとなっており、連日会議が行われている。
他の貴族達との軋轢をこれ以上生じるのも問題だと考えたピオニーは、自分の私室にガイの着替えを置かせて、そして浴室を使う権利を与えた。
ガイは最初こそはかなり強く固辞していたが、ピオニーの強引さに負け、素直に厚意を受け取る事となった。

「という訳だ」
「慈悲深い皇帝ですね。ですがこの場合は、ガイを世話係から一時解任する方が適切だと思われますが」
「んー、そうは言うけどなー」
ポリポリを頭をひとかきすると、手元の書類にペンを走らせながら、言葉を続ける。
「ガイラルディアを世話係から解任すると、なかなか会えなくなるから俺が寂しいだろ」
「下心ありの親切心は、いずれ気づかれますよ」
「下心も何も。ガイラルディアと俺はとうに恋人同士だしな」
「……は?」
書類から顔をあげてジェイドを見上げると、にやりと人の悪い笑顔を浮かべてみせる。
「はーははっ!お前のそんな呆けた顔ひっさびさに見たな」

*******

そういう訳で、マルクトの皇帝陛下はただいま可愛い年下の恋人持ちである。

器量もよろしければ、性格も大層よろしい、立ち居振る舞いも涼やかなところも好ましいし、頭もよければ機転もよく利く。
皆に公表してもよいくらいなのだが、恋人が必死の形相で「それだけはっ、本当にそれだけは」と頼み込むので黙っている事にしている。
ジェイドにもっと自慢すればよかったな、と午前の出来事を思い起こして、ピオニーの口許は自然と綻んでくる。
書類に目を通しているようで、その実ピオニーの視線も気持ちも部屋の奥で座り込んでブウサギのブラッシングをしている恋人の背にあった。
大きな窓から差す橙に染まった背の上の金糸が、ひょこひょこ動く様子は可愛らしい。
もっといえばファブレ家の人間はよくわかっている。あの脚のラインにフィットするスパッツ剥き出しというところが素晴らしい。
鎖骨がみえるシャツを着せるというハイセンスさも侮れない。
ブウサギの世話係になった時に「これはキムラスカのファブレ家の使用人服ですから色々とまずいですよね。何かちがうのを用意したほうが」というガイラルディアを必死に説き伏せた事も記憶に新しい。
いつの日かまた見える事があれば、ファブレ公爵と制服談義で花を咲かせたいものだ。
そんなピオニーの視線に気づいたのか、ガイが振り返り「陛下、なにか御用ですか?」と首をかしげながら尋ねる。
「いや、おれに気にせず続けろ」
先を促すと、後ろ髪をひかれながらもブラッシングを続ける。
気持よさそうに目を細め耳をピクピクと動かしているルークが羨ましい。俺も優しくブラッシングしてほしいものだ、と子どものような事をピオニーは考えながら、手元の書類に意識を戻す。
「ルーク、終わったぞ。こら、俺の膝で寝るな」
声を顰めてブウサギに声をかけるのは、仕事中のピオニーを慮っての事だろう。
書類の文字を追いながらも、耳と意識の半分はガイに向けているピオニーは
羨ましい事だ。俺もガイラルディアの膝で寝てみたいな。
と己のペットに羨望を寄せていた。
そんなピオニーの耳に、道具を片付ける音と共に、一斉に鳴き始めたブウサギの声が届く。
「陛下、少し早いですがブウサギを彼らの寝所に送り届けて参ります。明日は午前から会議が入っておりますので、早朝にブウサギの散歩はすませておきますので」
ブウサギの数の手綱を手にしたガイは、あと数歩でメイドの控える部屋に続く扉の近くに立っている。
「へ?そのまま帰るのか?」
「はい。明日の会議に向けて草案を少し推敲しようと考えておりますので。それではまた明日」
一礼すると、ピオニーとの別れを惜しんで鳴くブウサギを引っ張ってガイは退室した。
一連のガイの言動に、呆然としてしまいそれをただ見送る形となったピオニーが、扉が閉じられてきっかり一分後。
「……ガ、ガイラルディア?」
もう声は届かないであろう人物の名を弱々しく呼んだ。

という訳で、マルクトの皇帝陛下はただいま恋人のあまりに素っ気ない態度に翻弄されているのだ。


中編


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