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フリリク第二弾
シンガイ 前編
入浴を終えて浴室の扉をあけながら「あいたぞー」と声をかける。
返事が返らない理由を一呼吸おいた後に気づく。
タオルで濡れた髪をがしがしと掻きながら部屋をガイは見渡してぽつりと言葉を漏らす。
「そうだったな」
いつもと違い壁ぎわに一つだけ置かれたベッド。部屋の隅に置かれた荷物は一つだけ。壁におかれた剣も一つ。

今日は一人部屋だった。

宿を取るときは大概ルークと相部屋になっていたが、今日はフロントで「相部屋も大部屋も全て塞がっておりまして。一人部屋でしたら人数分ご用意出来ますが」と言われたのだ。
皆、少しばかり逡巡したが、「たまにはいいんじゃないか」とガイが後押しをするように口を開くと、皆「そうね」と意見に賛同した。
「ガイが言うと意見が通るよなー。俺がこの前一人部屋に泊まりたいって言ったら、『お金の無駄でしょ』ってティアに怒られたのに」
と口を尖らせるルークの抗議を、すかさずティアが
「あの時とは状況が違うでしょう」とピシャリと跳ね除けた。
皆がいつもの二人の掛け合いに笑い、宿にはいる前に夕食も済ませていたため、そのままフロントで別れる事となった。

備え付けのドライヤーの熱風を髪にあてながら、さて夜はどう過ごそうか、とガイは考える。
日課である剣の手入れは風呂に入る前にやってしまった。
こんな事なら譜業の雑誌でも買っておけばよかったな。
後からルークの部屋に遊びに行ってもいいな。ガイがそんな事を考えていると、部屋の灯りがふっと落ちた。
だが、手元にあるドライヤーはまだ音を立てている。
停電ではなさそうだ。
ドライヤーにスイッチを切って洗面台に戻すと、部屋へとゆっくりと向かう。
こんな悪戯をする人物は一名しか思い当たらない。
「おい、ルーク。いい加減にしろよ」
灯りが落ちた部屋は窓から差す月光のみ。青白い光は小さく開かれた窓の形を、床に少し間延びした影として描く。
その影を踏みつけるように、闇から何かが現れた。
ガイの予測していた人物よりも一回り小柄で細い身体。仮面を外した顔は、彼と同じく性別を一瞬疑ってしまう。
「やあ、久しぶり」
「お前っ、シンク!!」
月光を背に佇むシンクの姿を捉えたと同時に、身体は壁にかけた剣目がけて駆けていた。だが、侵入者はガイの思考を読んで、先に剣を奪い取る。
「体術なら僕の方が有利だ。ま、戦いにきたわけじゃないけどね」
「そんなお前の戯言が信じられるとでも?」
「アンタが信じなくてもボクはどうでもいいよ。ホドの生き残りさん」
その言葉にガイの身体が僅かに反応する。
「アンタの身体をカースロットで穢した事でヴァンからこっぴどく怒られたよ。勝手な真似はするな、とね。
おかしな話だと思わないか。今までは計画を遂行する為ならば、どのような事も僕の判断に任せてきたくせにね。
アンタに余計な手出しはするな、と何度も釘を刺されたよ、必死すぎていっそ憐れな程だったよ」
こつこつを靴音を立てながらガイとの距離を詰めてくる。
その度に右腕が熱く脈動している。脈動するたびに、身体中の神経が麻痺していく。さして広い部屋というわけではない。
シンクが詰める度に、一歩ずつ痛みに顔を顰めながら後ずさっていたが、背が壁にあたりそれもままならなくなる。
「そうなったらさ、こっちも事情聞かないと引き下がれないだろ。だから聞いたさ、ああ、丁度アッシュもいたな。
ヴァンとあんたが主従関係にあり、アンタが復讐のために身分を詐称してあの屋敷に入り込んだ。
そしてアンタは「ルーク」を手にかけるつもりでいたって。アッシュがショック受けて顔面蒼白になってたよ、あれは見物だったな」
くくく、とその様子を思い出して、愉しげに笑う。
「じゃあさ、僕達の仲間なんだろ。なんでいつまでもそっちにいるのさ」
シンクの指がガイの顎を掴む。グローブを外したその指は武闘家にしては、あの彼と同じように白く細い。
その問いかけに厳しい顔でシンクをきつく睨んでいる。そんなガイにシンクは、ふふっと薄く笑う。
「人の身体を勝手に操るような奴とはつるみたくないな」
怒りを滲ませたその言葉に、シンクは大きな翡翠の双眸を瞬かせる。
「なんで怒るのさ」
「俺の意思を無視して、身体を使われて黙っていられるか」
意思を無視?ガイの怒りの原因に触れて、シンクは胸のうちで言葉を反芻する。
聞かされていないのか、「あいつ」から。
そしてシンクは次に、にっと笑った。そこからはたくらみの香りがたちこめている。
「そっか。そうだね……。意思と関係なく身体を操れる便利な呪術なんだけどさ」
益々ガイが顔を険しくするのとは対照的に、シンクは益々楽しげな様相をしている。
「風呂上がりとは丁度いいや」
「何が、だ」
それにシンクは無言で笑顔を向けて応える。それはけして質の良いものでない。同じ顔なのに、同じ笑顔なのに、どうしてこうも受ける印象は違うのだ。
ぞくりと冷たい戦慄が背に走った。


中編


あきゅろす。
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