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フリリク第二弾
ヘタレ攻めルークに振り回されるガイ 前編
宿屋のベッドが男ふたりの体重をうけ、悲鳴に似た音を立てている。
シーツの上に身を沈めて、ぎゅっときつくガイは目を瞑って、これからおりてくるはずの掌や唇を待ち構える。
だが、いつまでたっても触れてこないルークに訝しい想いでそろそろと瞼を押し上げると、そこには悲痛な色を帯びた翠の双眸にぶち当たる。
「やっぱ、やめよう」
それだけ告げると、ギシリとまた盛大にベットを軋ませながらガイの上から身を離す。
虚を衝かれて蒼の双眸を瞬かせる。その言葉が脳で理解されると同時にがばっと身を起こすと、その先にはこちらを振り返ること無く部屋を出て行くルークの背があった。
パタンと音を立てて扉が閉められ、それから宿屋の廊下をバタバタを駆けていく音が届いても、ガイはベッドの上から動くことが出来ずにいた。
追いかけるべきなのか。普段のガイならば躊躇うこと無くそれを選択したであろう。だが、ガイは動けずにいた。
ベッドの端に腰掛けて、はあっと深く溜息をつく。
どれほどの時間が経ったのか。コツコツと規則正しい靴音が近づいてきて、扉が開かれる。
その姿を目で捉えて、ああ、やはり、とガイは安堵と落胆が混ぜこまれた溜息をついた。


*********


宿屋に宿泊する時は、ジェイドは軍に提出する書類を書くことが通例となっている。
ジェイドは可能な限り一部屋別にとり、夜遅くまで集中して職務をこなしている。
そのためこの奇妙な旅にガイが加わってからは、ルークとガイは相部屋となる事が多かった。
ルークの髪が腰に届くほどに長かった頃、彼は周囲から何かと誤解を受けやすく、衝突する事もしばしばであった。
だがそれは慣れぬ環境で毛を逆立てている猫のようなもので、ガイと二人きりになればさほど苛立つ事もない。
旅での瑣末な事でぶーたれて不平や不満を口にすることはあったが、その事には手馴れたガイが軽くとりなせば「仕方ねえな」と素直にそれを引っ込めた。
髪の先が肩にも届かぬほどに短くなった頃になると、ルークは周囲の目を何かと気にするようになっていた。
それは自分の存在価値を根底から覆され拒否されてしまった事で、無意識に顔色を窺うようになり、そして不確かな存在であると自分を卑小し、怯えているようでもあった。
だからこそガイは人目のない二人きりの部屋で、変わらぬ態度で接した。後ろめたい想いもなくなったガイは、本心からルークを慰め、励まし、彼が為そうとする事を応援し力を貸した。
二人にとってこの空間は大層心地良いものであった。
肩の力を抜き、今日出会った人々や魔物や、仲間の様子や。些細なことを話してじゃれ合って、笑い合って。
だが、それが変容したのはつい一ヶ月前のこと。
数日街に滞在せねばならなくなり、最初こそは「観光だー!」と張り切っていたルークであったが、そう広くもない街に飽きてしまい翌日には昼間っから宿屋のベッドで寝転んでいた。
やれやれとガイは溜息をついて、そんなルークを起こそうと肩を軽くゆする。その腕を掴まれて引き寄せられ、ベッドに倒れこむ。
狸寝入りか、とガイが笑うと、ルークも、お前の驚いた顔は間抜けで面白かった、と笑い返す。
なんだと、と言いながらお返しとばかりにルークの腹をくすぐろうとすると、ルークが慌てて剥き出しの腹をガードして反撃に出る。
そうしてじゃれ合っている内に、何故か深い口づけを交わしていた。
触れる手も、漏れる息も、互いを見合う瞳も、何もかもが熱くなり、その熱に急かされるように衝動のままに体を繋ぐこととなった。
体が引き裂かれるような激しい痛みに、正常な思考など吹き飛んでしまったガイが、揺さぶられながら小さく言葉を漏らす。
荒い息の中でそれはあまりにか細い声で、言葉を耳にできたのは本人だけであった。
「好きだ」
と。
それは、世間体だの建前だの大人ゆえの思慮など、様々なものを捨て去った中で、ガイが心の奥底から拾い上げた真実であった。

それからは、宿屋に泊まれば当然のように身体を繋げた。
どちらかが誘いを口にするわけでもない。まるで昔からの慣習だったように、湯浴みの後ルークがガイをベッドに押し倒して始まるのだ。
ガイはこの行為にどう口を挟んで良いのかわからずにいる。だから口を噤んで、かたく目を瞑り、身のうちに吹き荒れる熱をやり過ごそうとする。
ルークもひたすら無言で飢えた獣のように、ガイの身体をひたすら貪る。そうして行為を重ねてきた。
だから今日もそうして、眠る前に淫らな行為をするのだとガイは構えていた。
だが、ルークは呆気無くガイに背を向け、そして。
「ルークから部屋を替わって欲しいと申し出がありまして。灯りが少し気になるかもしれませんが、構いませんか」
「あ、ああ。ルークが我儘を言って悪いな。俺は明るくても寝れるから、旦那は気にしないで仕事してくれ」
努めて平静を装ってジェイドに言葉を返す。
ジェイドは無言で頷くと、宿屋の隅に設えてある机に書類をおき、椅子に腰をおろす。
就寝の挨拶をジェイドに向けると、ガイは靴を脱いで、掛布をめくり身体を中に滑り込ませる。
冷たいシーツがガイの体温でじわじわと温かくなっていくのに、指先は氷のように冷たいままだった。
追いかければ良かったのだろうか。いや、追いかけて何を言うのだ。俺を抱いてくれと懇願するのか。拒絶の色を濃くしたあの背に向かってそれを投げかけれるのか。
ぎゅっと固く目を瞑る。視界は黒く塗りつぶされる。
ベッドで眠る日は、傍には暖かな身体があり、穏やかな寝息を耳にしながら緩やかに眠りに落ちる。だが今日は何も無い。一人寂しくシーツをあたため、耳に入るのはペンを走らせる音だけ。
そして、これからこれがずっと続くのだとガイは確信していた。


翌日からルークはガイと距離を置くようになった。
普段と変わらずに会話をするが、どこか余所余所しく、視線を合わそうとすると、ふいっと顔をそむけられる。
今までは野営の支度に取り掛かる時は、何も言わずともルークはガイに引っ付いてきたし、周囲もそういうものだと認識していた。
だがここ数日、ルークは自発的に女性陣の手伝いにまわって、ガイを避けていた。
年齢以上に大人びて聡い少女がにやにやと笑って「とうとうルークも親離れの時期がやってきたみたいじゃん。ガイ、寂しいんじゃないの」とからかいにきた。
いつものようにガイは笑ってみせた。はずだった。
ガイのその笑顔を向けられた少女は、からかいの表情を消して訝しげに眉をひそめる。
「…ガイ?」
戸惑いを含んで名を呼ばれて、うまく自分が笑えていなかった事にガイは気づく。
しっかりしろ、と胸の内で自分を叱咤して、大げさに溜息をついてみせる。
「白状するとそりゃ寂しいさ。俺も子離れしないといけないなあ」と後頭部を掻く。
その言葉に納得したのか、少女はバーンと音を立ててガイの背を叩く。
「アニスちゃんがいくらでも慰めてあげるよ。ガルディオス伯爵様〜」
「ちょ、やめっ、触るな!近づくなっ!」
大げさに飛び退いて慄いてみせると、キャハハと少女は笑う。
その屈託の無い笑顔をみて、ルークが二人きりになった時に笑顔を見せなくなった事に漸く気づく。
それはいつから。
それは、あの時から。
それは何故。
それは、ルークが後悔を。
そこでプツリと思考が途切れる。それ以上考える事を拒否している。
あの日から幾度となく繰り返された問答に、ガイは疲弊しきっていた。


中編


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