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小話
黄昏 その6



「明日の昼、良ければ真剣で稽古をしませんか?」
ヴァンの提案にガイは、え、と僅かに目を見開く。
「木刀だけでは剣の腕が鈍るようで落ち着きません。間合いもかなりとれてきていますし。どうでしょうか」
就寝前、リビングで音機関を弄っていたガイに、ヴァンはそう提案する。
提案という形をとりながらも、有無を言わせぬ雰囲気がある。
「え、あ、そうだな。わかった」
了承の言葉にヴァンは静かに微笑む。
それをみてガイは胸がざわめく。
今までは外見が27歳で、中身は11歳という、何処かチグハグな部分が多々あったが、今は、どんどん精神が成長して外見に追いついているような錯覚を覚える。
今のように落ち着いた余裕のある笑みを浮かべられると、そこに『ヴァン』がいるような錯覚に陥ってしまう。


動揺をうまく隠そうと、無理につくった笑顔を浮かべた時。
扉を叩く音がした。
一気に警戒を強め、ヴァンに隠れるように手振りで指示をする。
「誰だ」
腰の剣に触れながら問うと、玄関の向こうから
「私だ」
とリグレットの声が返ってきた。
それでもその場に留まるように、とヴァンに手で制止すると、玄関を開ける。
夜でも輝く髪と美貌を持ったリグレット一人が立っていた。
振り返り「大丈夫」とヴァンに声をかけると、リグレットを招き入れ、見よがしなため息をついた。

「……もしかして、君一人かい」
「そうだが、何か」
「……いや、男しかいない家に女性一人が夜中に訪ねてくるのは好ましくないだろう。
ラルゴかシンクを伴ってきたほうが」
「ふむ。貴様の体質を顧みるに、それは無用の心配だと思うが」
「残念ながら体質は改善の兆しをみせていてね」
「ほう、それは女嫌いがなおったということか」
「元から女性は大好きだよ。特に君のような美しい女性は」
その言葉にリグレットの柳眉は吊り上がり、目は険しく細められる。
「そうか。では」
言葉を一度きると、ガイの片腕にぎゅっと抱きつく。
ひいっと悲鳴があがるのをガイは必死で抑えるが、身体はぶるぶる震え始める。
「おや、歓喜で打ち震えているのか。さて、部屋に案内でもしてもらおうか」
「き、き、きみ、やっぱり、彼女、の教官、だ、な」
バチカルでティアが同じような行動をとった事を言いたいが、ヴァンの前で彼女の名前は出せない。
だがリグレットには伝わったのだろう。
にやりと冷たく笑って、険しい目で見上げてくる。腕にあたる柔らかな弾力は、世の男達の羨望と嫉妬を向けられそうだが、今のガイには拷問でしかない。
二人のやり取りに口を挟まずに静観していたヴァンは
「では私は先に眠っておきます」
と声をかける。
「あ、ああ。わ、悪いな」


リグレットはヴァンには何の声もかけず、一瞥すらしなかった。
ガイは何度か対峙するうちに、リグレットがどのような想いをヴァンに寄せているのかは容易に想像がついた。
だからこそ、今のヴァンとうまく向き合えない気持ちも理解している。
扉が閉められると、リグレットはガイからサッと離れる。解放された喜びに、強張った身体が一気に弛緩し、へなへなとその場に座り込む。
「だらしない男だ」
呆れを隠しもしない侮蔑を投げると、さっさと椅子に座る。
部屋を見渡し「そういえば寝台はどうした」とガイに尋ねる。嫌な予感を胸に抱きながら。
「ああ。ヴァンの部屋に持っていった」
がたっと座ったばかりに椅子から立ち上がる。と、同時にホルダーに手を掛ける。
そこで理性のブレーキがぎりぎりのとろこでかかったようで、リグレットが銃に触れただけで終わった。
「誤解するな!!あいつが夜中によくうなされているようだから、心配になっただけだ。
身体にローレライを取り込んでいるなら、ヴァンの意識がないときに接触してくる可能性もあるだろ」
理性では納得はしたようだが、感情では憤懣やるかたないというのが見て取れる。
腕を豊かな胸の下で組んで、ガイを見据える視線は冷ややかで険しい。


「つーか、大の男が一緒に寝るだけで、そんなに過剰な反応示さなくてもいいだろ」
床に尻もちをつく形から、漸く身体を起こし、椅子に腰を下ろす。感情のままに立ち上がったリグレットも素直に座り直す。
「私はお前を信用してないのでな」
「だからなあ。女性恐怖症はイコールホモってわけじゃないからな」
「そういう事にしておこう」
「いや、だから」
「モースは貴様の仲間たちが討った。大地の生成もレプリカ製造も約束通り止めたままだ」
「信じていいのかね」
「信じるしかないだろう。貴様の手には、閣下というカードを持っている」
「あんたたちが無理やり俺に握らせたじゃなかったかね」
「閣下の様子はどうだ」
ガイの皮肉を聞き流すリグレットに、ガイはやれやれと肩をすくめる。
「様子も何も。さっきもいったが時々夜中にうなされる事はあるが、他は至って元気にやってるよ」
「うなされる、はローレライの干渉か?」
「いや、実験によるものだろうな。11歳の時点ではかなり精神へのダメージが大きかったようだ」
「そうか」
美しいラインを描く眉を僅かに歪ませながらも、感情を抑えた声で応える。


「ヴァン…は、今、本当に11歳なんだろうな」
「それはどういう意味だ」
「いや、あいつが『成長』しているような錯覚に陥ってな。
うまくはいえないが、暮らしはじめてすぐは、外見と中身にかなりの落差が見受けられたが、今はなあ。
かなり落ち着いた言動や佇まいを見せるようになってきている」
駆け出す、といった言葉が似合う走り方もめっきり目にすることがなくなった。
様々な感情を表情にのせていたが、今はあの落ち着いた静かな笑みを浮かべている事が多い。
封印した、とあるが、ヴァンの中で時間は動き出しているのではないか。それも急速に。
その疑問をガイは拭えないでいる。
「閣下は元々そのような性格であったのではないか」
「まあ、それはそうなんだが」
「私は、『ヴァン・グランツ』である閣下しか知りえぬ。『ヴァンデスデルカ』という名で呼ばれていた閣下の事を知り得るのは、お前だけだ。
閣下の本質を知り得るのは、悔しいが現時点ではお前のみといっていいだろう」
「俺、だけねえ」
ヴァンの本質を知っていたのだろうか。
実験であのように心に傷を負いながらも、それをひた隠していたヴァン。
彼はいつもそうして人に本質を触れさせないままだった。


それきり黙り込んだガイを、じっと見つめていたリグレットは、予てから抱えていた疑問を口にする。
「……貴様、ローレライをどう思う?」
「どう思う、とは?」
慎重に聞き返すガイに、一瞬リグレットは押し黙る。
「『あれ』は自分が契約から解放されたいがために、貴様らを焚きつけているのではないか、という事だ。
元々ローレライは第七要素の意識体だ。その核がユリアの契約により閣下の身体に封印したとしても、だ。
瘴気が発生した時、閣下はまだローレライを全て支配出来はしなかった。
要は、剣と宝珠を送ったにも関わらず、ひと月も手をこまねいてばかりの貴様らに苛立ったローレライの意趣返し、と考えたことは?」
「それは…あり得ないだろう。事実あの時に契約によりローレライは」
「星のエネルギー全てが閣下の中にあると思うか?流石にそうは思うまい。
地殻深くに眠っている。それを解放するために必要なのが、剣と宝珠となる。
閣下との新たな契約下にあったとしても、まだ全てを支配はされていなかったはずだ。つまりアレが故意にプラネットストームを活性化させたとしたら?」
「何が言いたいのかさっぱりだな」
リグレットは軽く鼻で笑う。
「ふん、そういう事にしておこう。あれ、は貴様らの味方でもなんでもない。そういう人の概念で量れぬ存在」
「そんな物騒なものを身の内にとりこむ酔狂者に、言ってやれよ」
「あまり閣下を」
リグレットの言葉を、小さな物音が断ち切った。
ガイはすぐさま扉を開け部屋から飛び出す。そこには、リビングを挟んだ向かいの扉をヴァンが丁度あけようとする所であった。
いきなり開いた扉に驚いたのか、ヴァンは僅かに目を見開いている。
「どうした、ヴァン」
「すみません、寝付けなくて。何か飲み物でも、と」
「そうか。いいよ、俺が作ってやるからお前はソファに座ってろ。そういや、あんたにも何も出さないままだったな。何かリクエストはあるかい?」
「結構だ。目的は果たしたので、もう帰ろう。……夜分にすまなかったな」
最後の言葉は小声で早口であった。そのまま、リグレットは玄関の向かう。
最後まで一度もヴァンを見ることもなく。
慌ててガイが見送りに出たが、「私は平気だ。傍についていろ」と振り返りもせずに言葉を放つ。
それでもリグレットの姿が見えなくなるまで、ガイは玄関先から動くことはできなかった。


はあ、と深くため息を付いて玄関を施錠すると、ヴァンに飲み物をつくるべく台所に足を運ぶ。
「えーと、ホットミルクでもいいか?子供っぽいと機嫌を斜めにするなよ」
「ガイが作ってくれるのに、そのような事を言うはずもありません」
「そうか?はじめはあまりいい顔しなかったぞ」
そう、はじめは『そのような子どもではありません』と口を尖らせていた。
今は俺から子ども扱いされる事をどこか楽しんでいる、そのとうな錯覚をおぼえる。
まあ、俺が甘えろって言ったんだしな、とガイはその考えを振り払いながら、小さな鍋を持つ。
「綺麗な方ですよね」
「…?ああ、リグレットの事か。なんだ、ヴァンはああいうタイプの美人が好みか」
からかうガイの言葉に、ふっとヴァンは微笑む。
「いえ、ガイの好みなのでは、と。先ほども言ってたじゃないですか」
「…あ、ああ。まあ、美人は大好きだよ」
冷蔵庫からミルクを取り出し注ぐと、火をかける。
ミルクは焦がしやすいので、話しながらも視線は鍋に注いでいる。
「お二人はとてもお似合いでしたよ」
「はああ?」
この場にまだリグレットが留まっていなくてよかった。俺の胸に風穴があいていただろう。ヴァンの言葉なのに。
一応リグレットの名誉のために、誤解は解いておいた方がいいだろう
「俺は幼少からずっと女性恐怖症なんだ。回復の兆しはあるが、それでも女性から触れられると身体が震えてね。さっきもそうだったろ」
「……喜びに震えていたのでは?」
「リグレットの言葉を真に受けるな。俺の切羽詰まった顔をみていただろ」
「そうでしたか」
プツプツと小さな泡が立ち始める。火を止めてカップに注ぎ、少しばかりはちみつをいれる。
スプーンでかき混ぜてから渡すと、目を細めながらヴァンは受け取る。
「有難うございます。これでゆっくり眠れるとおもいます」
「そうか、じゃ俺はちょっとここを片付けてから、あれの続きをするから」
くいっと親指を立てて、音期間を並べたテーブルを指す。
「はい、じゃおやすみなさい」
カップを持って、扉の向こうにヴァンの大きな背が消えるまで、じっとガイは見守り、それから天を仰いでまたため息を一つついた。


********


「刃は潰してないから、ちゃんと寸止めしろよ」
そう言いながらガイはヴァンに剣を渡す。
だが、ヴァンは
「いえ、これではなく。もう少し私の身体に見合った剣を」
と静かに拒否し、言外に両手剣を欲した。
「俺は片手剣だぞ。ハンデはくれないのか」
冗談交じりに笑うガイに、ヴァンも静かに微笑み返す。
「私の技量がハンデになるでしょう」
「……ま、確かにお前の腕力じゃ片手剣は軽すぎて、逆に勢いをそぐのが難しいだろうな」
ヴァンに両手剣を渡すと、それを片手でかるく振るう。
ヒュンと空気をきる音に、ヴァンはどこかで高揚感を覚える。
「では」
乾いた地に足を踏みしめ、ヴァンは剣を構えた。


じん、と指先から肘までしびれを走らせる。
重い剣戟を寸止め前に刃で受け止めたせいだ。
癖で鞘を使いそうになるのを抑えたため、咄嗟に剣を差し出してしまった。
ちっ、と意識の片隅で舌打ちをする。
いつもと違う角度で打ち込み、意識的に剣筋を変える。
打ち合う間隔が短くなっていくにつれ、盾を使わず剣のみで攻防を行うあの島独自の剣筋が頭をもたげてくる。
手首を返して、重い剣を受け止める。
その時、不意にヴァンが息もあげず、静かに言葉を紡ぐ。

「お見事です、ガイラルディア様」

剣を受け止める力がその言葉で失われ、手からこぼれ落ちた。
「な、にを」
地に転がったガイの剣をヴァンはゆっくりと拾い上げる。
「ガイがガイラルディア様でないかという疑念は早くに持っていたのですが、それにしてはあまりにもガイは庶民的すぎました。
貴族の子息とは思えない程に。
ですが、あの夜のガイの言葉が決定打でした。ガイラルディア様が小さな花をもって私の見舞いにいくために屋敷を抜けだしたこと。
あれは私とガイラルディア様しか知りえぬのです。なぜなら、ガイラルディア様はご家族に、その事を告げていなかったのです。
私もそれをつい先日、と言っていいのかわかりませんが、ガイラルディア様の誕生会の準備の最中に知りました。
お忙しい方々の時間をとらせるのが忍びなく、ガイラルディア様の誕生会が終わりましたら、それをお話するつもりでした」
なんてこった。
昨日の夜から、意識の片隅で何かがちらついていると思ったが、警告のシグナルだったのか。
ガイはやれやれとため息を零す。
そしてあの夜から綺麗に隠し通していたヴァンらしさに、苦笑いする。
「何故、ガイラルディア様が、キムラスカの情勢にお詳しいのか。下男のような仕事に手馴れているのか。
女性恐怖症など聞きたい事は沢山あります。
事情は聞かせていただけますか?」
ガイは頭を振る。
それを告げる事は、ガルディオス家を襲った悲劇を、ホドの崩落を語らねばならない。
そんなガイの反応は見越していたのだろう。
ヴァンは穏やかな声で尋ねる。


「では一つだけお聞かせください。
私は今も……あなたのお側でお仕えしておりますか」


躊躇いは一瞬だった。
だが、それを見逃すヴァンではなかった
「いえ、もう結構です。つまらぬ事を聞いてしまいました」
「ヴァン…!俺は…」
「申し訳ございません。あの夜告げた事は忘れてください」
「忘れる、ものか。お前がどれほどの労苦を背負っていたのか、俺は何も知らずに」
「忘れてください。未来の私から私は叱責されるでしょう。
あなたに、このような顔をさせたくなくて、ずっと告げずにいたはずですから」
剣を持たぬ手をあげ、ガイの頬を優しく撫でる。
悲しげに苦しげに、顔を歪ませるガイの頬を。
「だから、忘れてください」
「忘れるものか」
「強情な御方だ。小さなガイラルディア様は素直に私の言葉を聞き入れてくださいましたが」
小さく笑うヴァンに、ガイも無理に笑顔をつくる。
「お前も大概強情な方だぞ」
「そうですね」
ガイの頬を撫でていた手は、そのまま顎を掴む。顔を寄せて、唇を重ねる。
すぐさま離れようとしたヴァンの首の後ろを、ガイは掴んで引き寄せると、再び唇に触れる。
僅かに動揺を走らせるヴァンの唇に舌を差し入れ、深く口付けた。


その7






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