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小話
黄昏 終
黄昏


は、と正気にかえると同時に後ろへ飛び退る。
「わ、わ、わるい!忘れ、ろ。なかった事にしてくれ!」
顔を真っ赤にして早口で捲し立てると、踵を返し駆け出した。
ヴァンも今起こった出来事に思考が停止してたらしく、玄関の扉が大きく閉まる音で、ようやく我に返った。
落ちた片手剣を緩慢な動作で拾い上げ、少しの逡巡の後、ゆっくりと歩き出した。
二人の寝室となってしまったドアをひらけば、そこに白い塊がベッドの上にあった。
「ガイラルディア様」
声をかければ、その塊がびくりと反応する。
シーツを頭までひっかぶり、ベッドの上で何かに土下座するような形で背を丸めているガイは「今はそっとしておいてくれよ」と情けない声をあげる。
「そうはいきません」
生真面目な声で返されると、「本当にお前はデリカシーないよな」と悪態をつく。
気にした様子もなくヴァンはベッドの端に腰掛ける。二人分の体重をうけて、ぎしりとベットが軋む音をたてる。
「なにぶん、まだ子どもですから」
しれっとそう言い放つと、白い塊に手をのばす。
「お伺いしたい事があります」
「さっき、一つだけっていったろ」
「事態が変わりました。どうやら私はガイラルディア様の舌の味をよく存じあげているようですが、お聞かせ願えませんか」
「あーあーあー、聞こえーなーいー」
くぐもった声を張り上げるが、ヴァンはさして気にした様子もない。
ガイを覆っているシーツを優しく撫でながら
「聞こえないならこれを取り払らいましょうか」
と言い放つ。
「そんな事をしたら絶交だからな」
「言動が子どもじみてますよ」
「お前相手に取り繕う理由もないからな」
「…そうですね」
そういうとヴァンは口を噤んだ。


静かになると急に心配になり、そっと塊から顔を覗かせようとしたガイに静かな声がかかる。
「ガイラルディア様。昨日の、リグレット、でしたか。彼女達を呼んでください。私の身に起こった出来事を知りたいのです」
「ヴァン……おまえ」
ゆるりと身体を起こしたガイに、ヴァンは微笑んでみせる。
「真実が知りたいのです。私が、……「いまの私」が目覚めた時に居たのはリグレットであり、ラルゴ、シンクと名乗る大男と少年でした。
彼らがガイラルディア様よりも事情に詳しいはずです。呼んでいただけますか」
「お前の耳にやさしい話じゃないぞ」
「覚悟の上です」
揺るがない強い光を湛えた瞳に、ガイはひとつ息を吐き出す。
「そう、か」
ガイは身を起こし、ベッドから降りると棚から筒を取り出す。
「発煙筒だ。緊急時はこれを使えと言われている」
そう説明すると庭に出る。ぺきっと乾いた音をたてると、一気に白い煙が噴き出す。
ぽいっと放り投げると、再び家へと戻り、愛用の剣を一振り手にする。
「昨日の今日だ、リグレットはすぐにこちらに着くだろう」
「ガイラルディア様は同席されないのですか」
「悪いな。んな顔するなよ、俺がいると出来ない話もあるのさ。
晩飯の時間までには戻ってくる」
片手をあげてガイは家から出る。枝ぶりのよい樹を見つけると、器用に登り家を見下ろせる位置で止まる。
樹に凭れ掛かりながら「まいったね」と小さく零す。
ほどなく、リグレットがラルゴ、シンクを伴って家に入っていく様子をとらえた。


さて、どうなるのか。
事情を聴いたヴァンは、ヴァンデスデルカはどう決意するのか。
それ次第では
腰にさした剣がずしりと重く感じる。
だが、やるならば今しかないのは確かだ。
俺一人でヴァン相手に、命を奪えるのは今しかない。
11歳のヴァンデスデルカならば、俺相手に剣を振るうのを躊躇うはずだ。
あいつは優しい男だったから。
そう、優しい……

ガイはわずかに眉を寄せ、それから、そっと瞳を閉じた。


気配を感じそちらを向けば、ラルゴとシンクが出ていくところだった。
あたりはすっかり夕陽に染まっている。
ヴァンとリグレットは崖に向かって歩いている。崖の先にあるのは広大な海だ。
太陽がゆっくりと沈んでいく海を見ながら何か会話をしているようだった。
リグレットは頭を下げ、踵を返す。
話は終わったようだ。昨夜、頑なにヴァンを見ようとしなかった彼女の気持ちを察して、少し胸が痛む。
リグレットが歩みを進めたところで、ヴァンが振り返り言葉を掛ける。
リグレットは立ち止まる。だが、何かを振り払うように足早に再び歩き出した。
完全に三人の気配が消えたところで、ガイは樹から降りる。


崖に一人佇んでいるヴァンにゆっくりと近づく。
一歩、一歩。
この一週間の出来事がまざまざと蘇ってくる。
まだ幼かったヴァンの心情に触れた時に、沸き上がってきた想い。
色褪せてしまった過去が、この一時は、色鮮やかに蘇った。
郷愁は捨て去ったはずだ。
ホドではなく、未来をつかむために。
もう一度瞳を閉じる。
剣を抜きヴァンを斬るイメージを数パターン描くと、ゆっくりと開ける。
決意を新たにし、ガイは陽気にヴァンに声をかける。
「話は終わったか」
「ええ。何もかも聞きました。今の私の身体を構成しているものの正体も。
何を為そうとしていたのか。そして、あなたのことも」
気取られぬように抑えている殺気が噴き出しそうになる。
冷えた思考とは反対に、身体は本能のままに動こうとしている。
「そうか」
「ガイラルディア様、私と共に来ていただきたい」
数ヶ月前に聴いたな、その言葉。と笑い出したくなる。
ヴァンの声はあの時と変わらずに平静だった。
だが、続くヴァンの言葉はあまりに意外なものだった。


「向こうが定めた期限は一ヶ月。それまであと七週間しかございません。だが、私は16年後の世界現状も、地理も、知り得ません。あなたのお力をお借りしたい」
訝しげにガイは眉を潜めて問う。
「リグレット達がいるのに、なぜ俺だ」
「彼女たちとは袂を分かちました。
私は、未来の私が打ち立てた計画を良しとはしない。
預言の呪縛を解き放つに今ある世界を消し去り、新たな世界を築く事になんら価値を見いだせない」
「未来のお前が聴いたら泣くぞ」
「そうでしょうか」
「だからといってルークに付く気はないんだろう」
「今の私を構築しているのがローレライというなら、解き放つ行為は私の死を意味する。
残念ながら私は石にかじりついてでも生きたいと願う性分なものですから」
「だから?」
「あと七週間、あがくつもりです。世界も、私が創りだしたというレプリカという存在も、そして私も。全てが生き延びるための道筋を」
ガイの前に手が差し出される。
「だから、貴方の力が必要なのです。そばにいてくれませんか」
瞠目するガイに、ヴァンは静かに微笑んでみせる。
罠かもしれない。差し出された手をとった瞬間に、隠し持っていた刃が身を貫くかもしれない。
だが、賭けてみたいとガイは願った。
ゆっくりと手をあげる。
ヴァンの差し出した手に触れるぎりぎりのところで、ぴたりと手を止める。
僅かに眉を下げるヴァンに、ガイは笑ってみせる。
「いいぜ。だが、条件がある。そのガイラルディア様呼びはやめてくれ」
「………善処します」
「役人みたいな言い方だな」
はは、と笑ってぐっとヴァンの手を握り締める。
ごつごつした掌からぬくもりが伝わってくる。かたく握り返される。
違えたと言いながら、何度も振り返っていた。
もし、あの時。
もし、あの場に。
もし、あいつが。
繰り返す仮初は、ただ虚しくさせるだけとわかっていても。それでも捨てきれずに居た。
だが、取り戻せないと思っていたものが、この掌に返ってきたのだ。
「よろしくな」
「こちらこそ」



「じゃ、この家を出ていく前に、今の世界情勢と、直面している危機について話してやるよ」
「はい、お願いします。あ、そして」
「ん?」
「将来の私とガイはキスした事があるんですか?」
「ッハあ?」
思いがけない問いかけに、情けない声があがる。
「だって、昼間の」
「忘れろって言ったよな。勢いだ」
「忘れろと言われても。将来の私だけずるいです」
「どうした、ヴァン。11歳から精神年齢がまた下がっていってんのか」
「いえ、そのような事は…。もう一度してくれたら勘違いだと気づくかもしれません」
「11歳のガキ相手に手を出せるか、馬鹿」
肩を怒らせて先を歩き出すガイに、ヴァンは静かに笑う。
片手を掴んで力強く引き寄せると、さして身長の変わらぬ二人の顔は間近になる。
「では、11歳の子どもに手を出されるのは構わないでしょう」
そう告げ、ヴァンはゆっくりと顔を寄せる。一瞬、抵抗をしようかと考えたガイだったが、結局は素直にその唇を受け止めた。




*******


「本当によいのか。お前はこの世界を何もしらない」
無言で頷けば、美しい横顔は苦しげに歪んだ。
「そうか、ならばもう言うことはない」
そう告げると踵を返し、歩きだす。その背に声をかける。
「すまぬな、リグレット」
その言葉に彼女は歩みを止める。
「ま、さか」
細い肩が小刻みに震える。
リグレットは昨夜ガイとの会話を思い出す。

「いや、あいつが『成長』しているような錯覚に陥ってな」

「すまぬ」
再度重ねられた言葉に、リグレットは小さく頭を振るう。
だが、もう振り返れない。
「閣下。ご武運を」
声が濡れる前に、早口でそう告げ歩き出す。


一人残されたヴァンは静かに眼下に広がる海を見下ろす。
橙に染まった海は失った故郷を思い出す。
かさりと草を踏みしめる音が耳に届く。
もう一度手をさしのべれば、取ってくれるだろうか。いや、取るはずだ。
彼の性格など知り尽くしている。
口元に笑みを刻んで、声をかかるのを待つ。


さあ、やり直そう
あなたが傍にいて、私の手を握ってくれるなら
やり直せる







おーとりさんのお誕生日祝いとして書いた作品です
一話完結なのをいいことについ最近ようやく完成したという一年近くかけるダメっぷりでした
おーとりさんのヴァン師匠を幸せにしたいという思いに影響バリバリ受けています
なのに幸せ?な感じですが…
ヴァン師匠がローレライと取り込んだ後、すぐラルゴは死亡しますが、リグレットとシンクだけだと話が動かないのでラルゴ生存しています
オールドランドは一ヶ月8週なので、残りは7週という事になってます
あと一応過去に(屋敷時代に)肉体関係はあったヴァンガイでした。(だからこそのリグレットの同衾への過剰反応を示した感じです)
師匠を幸せにする話が書けて満足です


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