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小話
黄昏 その5




「さ、これを運ぶのを手伝ってくれ」
ガイのさす「これ」をみて、ヴァンは目を丸くする。
「あの、これをどこにですか?」
「決まっているだろ。お前の部屋だ」
にこりと笑うガイをみてヴァンは、「ああ、彼は女性から沢山好意を寄せられるだろうな」と思考の逃避をしたくなった。

まずガイのいう「これ」は彼が使っているベッドである。
この家は小さなリビングダイニングルームを挟むような形で部屋が2つある。
それぞれの部屋にはそう大きくないベッドが置いてあった。
二人とも背が高い方に分類され、なおかつヴァンは大剣を片手で楽に振るう程に、がっしりとした筋肉を全身に纏っている。
少し足を折り曲げれば眠ることはできる、と不平を漏らす事もないヴァンであった。
だから、わざわざガイが自分の使っているベッドを運ぶときいて、まず先に思いついた事は、彼が使っている寝台の方が大きいか広いのだろうか、だった。
だが、何度みてもサイズは同じにみえる。
「手伝うのはかまいません。ですが、目的を私に教えてください」
「一緒に寝よう、と思ってな」
その言葉に訝しげに眉を寄せる。
「何故」
「夜中にまたお前がうなされていたら、すぐ気づいてそばにいてやりたいだろ」
けろりとそんな言葉を言ってみせる。ヴァンはため息をつく。
ああ、間違いない。彼はかなりモテるだろう。この顔立ちで気配りも出来て、何よりもこの優しい気性だ。
「まずはマットを外して、枠組みだけを移動させよう」
「まだ私は了承してませんが」
「ほら、そっち持ってくれ」
有無を言わさないその強引さに、ヴァンはまた見よがしなため息をつく。
「私で持てますかね」
「お前、自分の体みてみろよ。きっと俺だって肩に担げるぜ」
せーの、と掛け声をかけられ、慌てて枠組みをつかむ。
その時、自分の筋力がかなりなものだいう事に気づく。
まさに軽々という風に抱え、リビングを突っ切ると、自室に運ぶ。マットレスも同じ要領で運び込む。
「うーん、ちょっと離すとお前の部屋が狭くなるな。くっつけるか」
「ガイ、寝相は」
「大丈夫、寝相は悪くない。見たことないけどな」
ですよね、とまたため息をついてから自分のベッドにくっつける。


キムラスカでは同衾に対しての抵抗がないのだろうか
ふむ、とヴァンはすっかり慣れてしまったヒゲをひと撫でする。
そしてふと悪戯心と好奇心がわいて、部屋を出ようとするガイを呼び止める。
「ん?」
「そのままでいてくださいね」
腰を落とし、ガイの膝裏に片腕を、もう片腕を背に回して、肩に担ぎ上げる。
やればできるものだな、と冷静に考えていると、頭の後ろで抗議の声があがる。
「おいっ!急に何やってんだ!」
「さっきガイが言ったではないですか。肩に担げるって。試してみたんです」
「だからって普通は先に何か言うだろ!」
「あなただって急にベッドを移動したじゃないですか」
「あー、わかった。俺が悪かった!これでいいか」
「……はい、納得しました」
もう一度腰を屈めると、ガイの足はすぐさま地面についた。
「お前はいつも唐突に、そして真顔で、とんでもないことするんだよな」
やれやれと肩をすくめるガイに、ヴァンは静かに微笑んでみせた。



夜になりベッドにあがる。
すぐそばに人の気配があると落ち着かないのでは、というヴァンの思いは杞憂におわった。
共に暮らし始めて一週間程ではあるが、ガイにかなり心を許している自分がいるのだろう。
上体だけ起こした姿勢で本をよむ私の横で、ガイもなにやら雑誌を読んでいる
「なんの雑誌ですか」
ヴァンの問にガイは「音機関の本だよ」と応える。
「そういうヴァンは何を?」と問い返されたので、本を掲げてみせる
「ジェイド・バルフォア博士の本です」
ガイの手がピクリと僅かに反応する。
「私の研究を指示した人です」
「……憎いのか?」
「憎い。そうですね、そういう感情よりも許せない気持ちでしょうか」
先日の夜、気持ちを曝け出してしまったせいか、ガイには素直に吐き出す。
「研究所で働く人は私を実験体としながらも、優しく声をかけて何かと気を使ってくれる人、私を人形のように扱う人。そもそも私という個体認識すらしてない人
様々でした。
優しい人もいれば、そうでない人もいる。
ただ、そうでない人の中には、私と変わらぬ子どもを持った人もいました。だからこそ私をデータをとるだけの存在だと思い込もうとしていました。
そうしなければ、良心が押しつぶされそうになるからだと思います。
皆、私の幼さにどこか躊躇し、ですが仕事として割り切る中で、様々な軋轢を抱え、多かれ少なかれ苦悩をしていたはずです。
勿論何も感じられない人もいたでしょうが」
ガイは口を挟まずに、ヴァンの言葉を噛み締めるように聞いている。
「ガイは剣で人を殺したことは?」
「何度も」
「そうですよね。剣で相手の命を断つ時、剣を振るうその手に残る感触。肉を切り骨をたち、断末魔さえ紡げずにごぼりと口から溢れだす赤黒い血。
命を奪った事を、手で耳で目で鼻で感じ取ります。その重みを背負い、もしくは目を背けます。考えないようにします。そうしなければ生きていけないから。
だから研究員に恨みめいた感情はないんです
ですが、バルフォア博士は違います。研究責任者であるのならば、「11歳の少年」「健康」「島の被験者で一番適した第七音素保有者」という文字だけではなく、その目で…
私が彼の理論で造られた機械にくくりつけられ電流を流されたり、薬を注射され吐き気を伴い、意識が撹拌されるような思いをしている様子を受け止める義務があったはずです。
責任者というものはそうあるべきだと私は思っています。
だからこそ、許せないという想いがあります。
少しでも彼の人となりがわかれば、と彼の著書をつぶさに読んでいるんです」


ガイは「………そうだな」と言ったきり、何か考えこむような仕草をみせた。
少し空気が重くなったのをヴァンは感じ、話題を変えようとする。
「では、次はガイの住んでいたバチカルについて話してください」
「え?」
「ええ、キムラスカの事はよく知らないので。良かったら教えて下さい」
「そっか。そうだよな。えー、まず譜業が盛んな事は知っているよな。
地形も切り立った大きな崖のようで、おのぼりさんはすぐわかるんだ。皆、てっぺんを見上げようとするから。
その天辺に住んでいるのがキムラスカを治めるランバルディア王家。そして上級貴族たち。
下にいけば行くほど貴族の中でも階級はさがっていく。下は市民街となっていて、闘技場もありそれを目当てでくる観光客もいる。
移動は主に天空滑車や昇降機。縦長の街だからな。階段も一応はある」
「首都なだけに活気がありそうですね」
「そうだなあ。珍しい譜業は揃いやすいな。ただ、首都なだけに他の街にくらべて物価はかなり高いな」
「ガイは貴族なのに庶民のようですね」
「前も言ったけど、嫡男じゃない貴族なんてそんなもんだって」
やれやれと肩を竦めるガイに、ヴァンはまた微笑んでみせる。
「そういえばアルビオール。あの飛行訓練は行われましたか?」
「ああ。今のところ3号機まで作製されているが………まだ飛行訓練には至ってないんじゃないかな」
ガイは語り出しそうになる途中で、気づいて言葉を濁す。
アルビオールの製作年数はいつだったろうか、と頭の片隅で記憶をたどる。
「そうですか。キムラスカは譜業という強みがありますね。マルクトは譜術はそれを使いこなすための訓練、味方認識の精度をあげないといけませんし」
話が流れた事にガイはひそかに安堵する。
「そうだなあ。だが、譜業も開発にはかなりの時間と金がかかるからなあ。モノにならないものも沢山あるしな」
ガイの言葉に、ヴァンは柔らかく微笑みながら耳を傾けていた。



朝、ガイは朝食を作っているのだろう。すでに隣のベッドは綺麗に整えられていた。
ヴァンは起き上がり、寝衣を脱いで姿見の前にたつ。
身体には様々な傷があり、その中でも比較的新しそうな腹の傷をさする。
かなり新しい傷だ。
皮膚が引き攣ったようになり、その部分だけまだ色が白い。
「このような傷、つけた覚えはありません」
ヴァンは静かに微笑む。
『お前はいつも唐突に、そして真顔で、とんでもないことするんだよな』
私はあなたに「とんでもないこと」をした覚えもありませんし、「いつも」と言われるほどの長い付き合いでもない。
アルビオールは、まだ造られていません。シェリダンのめ組が製作を請け負うことと、名をアルビオールということだけが発表されただけです。
ガイが自分に対して警戒心をなくし、そのせいで小さな綻びを見せ始めた。
元々疑念はあった。あのリグレットと名乗る女性は、私をみて「閣下」と呼んだ。
与えられた本は検閲済なのだろう。ページはかなり日に焼けている。『先月』発売したとは思えぬ程に。
疑念は、確定へと変わる。
つまり、肉体が成長したわけではなく、私の精神が退行したと考える方が適切である、と。
ヴァンは目を閉じ、少しばかり思案する。
再び瞼をあげると、静かに微笑む。
その時、扉を叩く音と共にガイがヴァンを呼ぶ。
扉の方を向き、柔らかく笑いながら「ええ、今行きます」と応える。



さあ、早く着替えよう。ガイとの一日がまた始まるのだから。


その6








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