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小話
黄昏 その3
花の名前


「しっかし、雑草ってのはどこまでも伸びるもんだなあ」
家の周りは雑草が伸び放題になっており、裏手に回ればガイの胸の高さまで草が生えている。
「今度あいつらに鎌でも用意させるか」
腰に手を当ててガイは、やれやれとため息をつく。
ヴァンが不思議そうに「ガイ…は、貴族の子息なのに草むしりをするんですか」と尋ねてくる。
「貴族子息っていっても、俺は嫡男じゃないからね」と肩をすくめて、ヴァンの疑問をかわす。
雑草の影で小さな白い花が咲いているのが、ガイの目に留まる。
ガイはその花をはじめて目にする。
花が常に咲いていたファブレの屋敷でも見かけた事はないし、ペールが自室に持ち込んだ鉢にもこの小さな花はなかった。
腰をかがめて手を伸ばそうとするガイを、ヴァンが鋭い声で制する。
「触れてはだめです!」
「え」
その語気に驚き、伸ばしかけた手を引っ込める。
「プリムラ・オブコニカはひどくかぶれやすいんです。その花に触れるならグローブをしてください」
「詳しいんだな」
「そんなに詳しくはないです。ただ、ガイラルディア様が触れてはいけない植物だけは頭に叩き込んでいます」
ヴァンはにこりと穏やかな笑みを刻む。
長身でがっしりとした体格と27歳には見えない風貌を持ちながら、精神が11歳の彼が浮かべる表情はいつも静かで穏やかなものだ。
そんなヴァンを見上げるガイの脳裏に「もしホドが襲撃をうけずにいたら」という仮定が過る。
そうすれば彼はオリジナルを捨て、レプリカによる新世界を創りあげるなど考えもしなかったのではないか。
あの島で静かに、ユリアの残した譜石を守りながら、そして俺の――。


知らず眉根を寄せていたのだろう。
ヴァンが気遣わしげに「すみません。出すぎた事を」と謝辞を述べた。
「あ、い、いや。違うよ。まだ幼いのに偉いなあって感心してたんだ」
殊更陽気に笑い、ガイは立ち上がるとヴァンに向かって手をのばす。
身長差はさほどない。少しばかり手を上げ、頭を撫でてやる。
ヴァンが驚いたように目を見開き、それから申し訳なさそうに眉尻を下げながら小さな抗議を口にする。
「あの、私は…そんなに子どもじゃありません」
「ああ、悪い。こりゃクセみたいなもんでね」
素直にガイは手を下ろす。
「クセですか?」
「頑張っている子は褒めてやりたいだろ」
「ですから…」
「メシの支度してくる」
心底困った顔をしているヴァンに、くるりと背を向ける。そして吹き出しそうになるのをガイは必死で堪える。
あいつのあんな顔みた事ない。手元にカメラがあればおさめたいくらいだ。
笑っているのを気取られないように、足早に勝手口から台所に入る。


「さーて、今日の昼飯は何にするかね」
台所の窓から外を見る。先ほどまで立っていた裏庭で、ヴァンが身を屈めて、そう大きくはない雑草を手で引っこ抜いている。
生真面目な幼少のヴァンは、ガイの手伝いになればと思っての行動なのだろう。
それを嬉しくも思いながら、あの大きな背を丸めて草を抜いている後ろ姿に、ガイは再び吹き出しそうになる。
ごほごほっと咳き込んで笑いの衝動をやり過ごすと、冷蔵庫を開いて食材を取り出す。

ガイラルディア様が触れてはいけない植物だけは頭に叩き込んでいます

先ほどのヴァンの言葉が脳裏で蘇る。
11歳の少年だったヴァンがどれほど自分を注視してくれていたかがわかる。
真っ白になったルークの世話を任された時の自分は14歳であったが、あいつが触れていけない植物なんて気にしたことはなかった。
俺がそんな知識を得るより先に、ペールが配慮して草花を植えていただろうから無用と言ってしまえばその通りだろう。
だけど。
ちくりと胸が痛くなる。
不安げに顔を曇らすヴァンが見ていられなくて、この同居を了承した。
俺は何がしたいんだろうか。
整理できないでいる感情をガイは持て余す。



*********



午後は二人で木刀で打ち合った。
長くなった手足や腕力、何よりも相手との間合いがうまくつかめずにいるヴァンであった。
それでも、回数を重ねていけば、しっかりと打ち合える程に身体を馴染ませていた。
俺がヴァンに剣を教えるとはねえ、と胸の中で苦笑いし、こそばゆく感じる。
身体を動かして汗をタオルで拭いながら、ふと思いついたというようにガイはヴァンに尋ねる。
「そういえば、ガイラルディアの剣の腕前はどうなんだ」
今はとても正直なヴァンは、答えに窮した顔をする。
「なにぶん、お優しい気性なものですから」
当り障りのない言葉で誤魔化そうとするヴァンに、ガイは、へえ、とさも始めて聞いたような振りをつき通す。
「しかし、ガルディオス家の嫡男がそれでは先が思いやられるな」
泣き虫だったガイラルディアを厳しく躾ける人は沢山いた。だがそれは彼を思うゆえの愛情からだった。
だが、一部はそのように心ない言葉を発する大人はいた。
姉と弟、生まれてくる性別を間違えたな、と言っているのを耳にした事はある。
振り返ってみれば、そう評されても仕方ない程の泣き虫で臆病な子どもであった。
過去の自分に思いを寄せるガイを、ヴァンの真摯な言葉が引き戻す。
「ガイラルディア様は心根が大層お優しい。戦争の気運の高まる今の時世では、美徳とはされないでしょう。
ですが、彼は臆病者ではございません。何を守るべきななのかを、今、その幼い身で必死に考えておいでです。
優しさを知らぬ強さは張り子のようなもの、と私の父が申しておりました。
ガイラルディア様は必ず立派な御方になると、私は信じています」
ヴァンの言葉に、ガイは瞠目する。


過去の自分へのからかいの言葉に、ヴァンは生真面目にガイラルディアを庇い立てる。
そうだった。あの時も。
生まれてくる性別を違えた、という言葉に、幼いガイラルディアの身を隠させてから
「そんな事はございません。我が主への無礼を取り消してください」と大人相手に抗議をしたヴァンの背を思い出す。
彼は俺を守る騎士であろうと、あの頃から常に振る舞っていた。
「ヴァン、悪かった。謝るよ。そしてガイラルディアにも悪いことを言ったな」
ガイの素直な謝辞に、ヴァンはあからさまにほっと安堵の息をつく。
それから、は、と我に返ったようで、慌てて
「いえ、こちらこそ。無礼な言動の数々お許しください」
と頭を下げる。
「いや、どう考えても俺が悪い。お前は、ガイラルディアを守る騎士として当然のことをしたまでだ」
それでも申し訳なさそうに身を縮こませるヴァンに、ガイは話題をかえようと、以前から抱えていた疑問を口にする。
「……なあ、ヴァン。ここだけの話だけど」
「はい?」
「お前の初恋はマリィベル?」


ああ、ヴァンもこんなに大きく目を見開くんだな、とガイはどこか呑気な事を考えた。
瞠目し言葉を失ったように固まるヴァンを見つめながら、過去のホドの情景が蘇る。


夕暮れにそまる庭をマリィベルとヴァンデスデルカは並んで歩いていた。
二人は柔らかな笑みを浮かべて、何やら楽しげに談笑をしていた。
その二人の背を見つめながら、自分が生まれなければヴァンは姉を守る騎士であったのだろうか、と幼きガイは考えた。
もしそうであったなら、それは理想の二人であっただろう。
彼女は幼きガイと違い、勇猛さと優しさ、そして覇気と気高さを備えていた。
それに連れ添うヴァンは聡明で、剣の腕も譜術の才覚も同年代を凌駕していた。
まるで、本に出てくる姫と騎士のような二人の姿に、幼きガイは焦燥感に駆られた。
駆け出し、ヴァンの袖をくいっと引っ張ると「ヴァンデスデルカは、未来永劫、ぼくのそばにいてくれるんだよね」と涙を浮かべて問いかけた。
幼きガイの妬心に気づいたのは、姉だけであった。
ぷっと小さく吹き出すように笑う姉の横で、ヴァンは幸せそうに笑いながら
「ええ、いつまでも、ガイラルディア様のおそばに」とガイが望む言葉を口にした。




「違います」
きっぱりとした口調で否定されると、どこかガイは安堵する。
もしヴァンが姉に恋慕を抱いていたなら、あの場面での俺はかなりのお邪魔虫だ。
「そもそもまだ初恋というものをしたことがありません」
若干頬を染めているヴァンに、ガイがからかい混じりの笑みを向ける。
「逆にお尋ねしますが、ガイの初恋はいつでどのようなご令嬢でしょうか。私の後学のためにお聞かせください」
とヴァンから強烈な意趣返しをくらうこととなる。


その4







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