[携帯モード] [URL送信]

小話
魔物×魔物ハンター その5
村についたガイは真っ先に村長の元に向かう。
村長はガイに茶を振る舞いながら、ガイの話に真剣に耳を傾ける。それからゆっくりと自慢の長いヒゲを一撫でする。
「そうでしたか。丁度今、こやつらと今後のイケニエについて話していたところです」
村長の周囲には数人、あまり人相が良いとはいえぬ男たちが無言で座り、ガイを不審気な目で睨みつけていた。
「お前たち、ワシはガイ殿の話、真だと思うがどうじゃ」
丸太のような太い腕を組んだ男が、ゆっくりと相槌をうつ。
「俺も信じよう」
「俺もだ」
その言葉にガイの心に光明が差した。だが、次の瞬間、一気に心を凍らせる言葉が耳に注がれる。
「では、屋敷から出れぬというなら、外から油をまいて火を放つとするかのう」
好々爺の口から出たとは思えぬほど冷酷な言葉に、ガイは瞠目する。
「そうだな、おい、てめえら、ありったけの松明と油用意しとけ。準備が整ったら早速バケモノ退治だ」
「おおっ!」
気勢を上げる男たちに、ガイは叫ぶ。
「待て、俺の話を聞いていたのか。あいつはまだ子供だ。村に害を為すものではない。だから」
「だからなんだってーんだ。バケモノはバケモノなんだよ」
「違う、あいつはバケモノなんかじゃない、その言葉を取り消せ」
「おおっと。こういうのなんてーんだ。ミイラ取りがミイラになるってやつか?」
下卑た笑いにも負けじと、ガイは声を張り上げる。
「イケニエなんてあいつは欲してない。だから」
「それならそれでいいんだよ。俺らは構いやしねえ。ちょうど村長と次に娘攫ってくるときは逃げねえように足の腱きらなきゃなんねーって話してたところさ。
あいつがいらねえって言うならこれからは俺らのモンにすりゃいいだけの話だ」
「病死…じゃなかったのか」
「はっ、攫ってきてずっと泣きわめいているからほったらしてたら、隙見て逃げ出しやがった。追いかけているうちに崖から落ちちまってな。
お人好しのハンターさんが来てくれなきゃどうしようかと途方に暮れるところだったぜ」
「お前たちが、バケモノじゃないか」
「へえ、言ってくれるじゃねえか、男前のハンターさんよ」
男がガイの胸ぐらをつかんで締め上げる。だが、ガイは怯むことなく睨み返す。
「よせ、まだ殺すでない」
村長の言葉に、男が掴んでいた手を僅かに緩める。
「利用価値はまだあるかもしれぬ。牢に閉じ込めておけ」
「黙って捕まると思うのかい」
すらりとガイは腰の剣を抜きとる。広くはない家の中での立ち回りゆえ、背を壁に預けて構える。
だが、グラリと足元が揺れ、予期せぬ目眩がおこる。
「思いはせぬよ。先ほど用心のためいれておいたしびれ薬が効く頃じゃろうて。さて、準備にとりかかるがよい」
市長の声が遠くなっていく。
剣をささえなんとかとどまろうとするガイを市長が嘲笑する。
「ルーク…、にげ、ろ」
ぐっと奥歯を噛み締めこらえようとするが、抗えずにガイは意識を手放した。


肩を思い切り揺さぶられ、罵倒される。
その事でようやくガイは意識を取り戻すことが出来た。
それでも起き抜けの頭は思考がついていかず、ぼんやりと「お前、だれ、だ」と尋ねる。
「きさま、俺たちを騙したな。バケモノなんかじゃねえ、あいつは怪物だ」
口から唾をとばして血相を変える男は、市長の家でみた顔だと思い出す。
「バケモノ?……そうだ、ルーク。お前ら、ルークになにをした」
「何をしただと?こっちがされたんだよ!仲間が数人あいつにやられた。森を焼いてこっちに向かおうとしてんだよ!
あのバケモノをとめろよ、ハンターなんだろ、あんた」
言われずとも、と剣を取り、ガイは駆け出す。
まだ薬が残った身体は重い。だが、がむしゃらにガイは草を蹴り走る。
村人達がじっと佇んで見詰める方角は、夜だというのに赤く夜空を染め上げている。
あっちだな、とガイは走る。屋敷の方から逃げ出してくる男たちの流れに逆らいながら、駆ける。

そしてそこは、四方は全て炎だった。

何かを捜すように、あてもなくただ業火の中を歩くモノがいた。
巨体は全て炎に覆われ、見るものを震え上がらせる異形のモノであった。
「ルーク!!!」
ありったけの声でガイは叫ぶ。
その声にピクリといかつい肩を震わせる。
「俺だ、ガイだ!!」
その言葉が届いたのか、異形の怪物は歩みを止める。
だが、もうソレは人語を話す事は出来ない。
人々を震え上がらせる唸り声しかあげらずにいる。
「ごめんな、俺が、余計な、気を回して。お前に、ともだち、つくってやり、たくて」
ガイはゆっくりとそれに近づく。
歩みをすすめるたびに、髪が焦げ、肌を焼く厭な匂いがする。だが、それもじきにガイは感じなくなる。
炎がまるで悪魔の舌のようにガイの身体を舐めるが、あゆみを止めるには至らなかった。
「でも、おまえ、には、おれが…いるよな。おれが、おまえの、しん、ゆうに、なって、そして」
じりじりと距離を詰める。あともう少し。
ゆっくりを手をあげる。それさえも全身に激しい痛みが走る。

『ムリだよ、俺、もう、元に戻れない』
『じゃあ、そのままでも、いいさ』
『よくねえ、よ。もう俺を放っておけよ、お前、そんなにボロボロになって』
『言ったろ。お前は、ほうっておけない感じ、だって』
『……、ばっか、もっと、いい言葉ないのかよ。考えておけって言ったろ』
肺も喉も熱風で焼け爛れて声など出てこない。ただヒュウヒュウと呼吸が漏れる音がするだけ。
聴覚は耳鳴りすらおさまり、今は無音だ。
視覚は、眼球の膜干上がり白くうっすらとしたもやがかかったようで一寸先すら見えない。
でも、俺の声は伝わっている。ルークの声だって聞こえる。ルークの姿だって見える。
こんなゴツイ身体じゃなくて、俺の方が身長高いことを気にして。
こんなに炎を撒き散らす焔ではなく、鮮やかに俺の心をとらえた綺麗な赤い髪で。
なんの表情すら伺えない昏い瞳じゃなく、心をそのまま映しだすあの翠の双眸で。
『そう、だったな。ほうっておけないのは、俺が、お前を愛しているから』
言えずにいた想い。いつも素直に気持ちをぶつけてくるお前に、俺はいつも甘えてばかりだった。
ぐらりと傾きそうな身体の力を振り絞って、手を伸ばす。
届け、手よ。あと、もう少し。あともう少しで、お前に触れれる。
『離れたくない、ルーク、お前と、ずっといっし…』

その時、白い閃光があたりを包んだ。



*********


村人は、業火のあがった屋敷の方角を不安気に見守っていた。
光の柱がその方角から天へを突き抜け、夜だというのに昼のような明るさを一瞬もたらす。
その光がおさまったとき、火は全て消え去っていた。
わっと村人達が歓喜にわく。化物がいなくなったと喝采した。

それから数日して、村人たちはあの屋敷跡を訪ねる。
「チッ、全て焼け落ちてやがる」「金目のモンもこれじゃ期待できねえな」「バケモノの遺体でも転がっていりゃいい見世物になったかもしんねえな」
そんな中、一人の男が「おい、こっちこいよ、この箱の細工結構いいシロモンじゃねえか」と男たちを呼ぶ。
そこにあったのは、例の箱であった。
「鍵で中をあけるのか?」「鍵師がいただろ、あいつにやらせたら」
一人の男がひょいとその箱を持ち上げる。途端に、まるで一気に時が経ったように、それは端から細かい砂となり風に攫われていった。
「バケモノのヤツ、最後まで俺たちをコケにしやがって!」と苛立ちげに唾を吐きすて、屋敷跡の残骸を蹴りたおして、村人たちは戻っていった。


バケモノと呼ばれた少年の姿も、その少年を救おうとした青年の姿も、村人たちは二度と見ることはなかった。

エピローグ


あきゅろす。
無料HPエムペ!