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小話
魔物×魔物ハンター その4
「ご主人様ー、朝ですの、起きてくださいですの」
ミュウはトントンと扉を叩く。すると、突然扉が僅かに開いて、彼の主人が顔をのぞかせる。
「ご主人様、もう起きてたですの」
目を丸くするミュウに、ルークは口の端をあげてニヤッと笑う。
「ったりめーだろ。おら、朝食作るぞ」
「じゃ、ボク、ガイさんおこしてくるですの」
たたっと駆け出したミュウの長い耳をルークは掴む。
「いいんだ、あいつは。ほら、いくぞ」「え、どうしてですの」「だーかーら、いいっていってるだろ」
二人の声が段々遠くなり聞こえなくなると、ガイはルークのベッドから上体だけを起こす。
視線を落とせば、身体には情交の痕跡がそこかしこに残っている。
ふうっとため息を零して、後頭部をガリガリっと掻く。
「本気なんて作らないつもりだったんだがなあ」
復讐を遂げるまでは、他に何も背負わないつもりでいるつもりだったのに。
一人で生きて行くため余計なトラブルを抱えないためにも、人当たりよく接し、他人への優しさは惜しまなかった。それ故に異性に好意を寄せられることは幾度となくあった。
自分の為すべき事を考えれば、向けられる感情は扱いに困るものであった。
だからこそうまく立ちまわって、必要以上に深入りすることなくやってきた。
これからもそうだと思っていた。なのに。
いつの間にかルークの存在がどんどん自分の中で大きくなってしまった。
昨日も、ただ、普通に宥めるだけのつもりだったのに。
自分の感情を抑えきれずに、思いのままに唇を落とした。
誘うようにルークの唇に重ねた。
昨日、ルークはなんと言っていたか。この場を去るまでは自分のものでいてほしい、と言わせた。
そんなことになれば、別離の時により深くルークを傷つける事になるとわかっているのに、拒まずに全て受け入れた。
俺が、そうしたかったから。
そのガイの思考を断ち切るように、扉が音を立てて開かれた。
「ガイさん、ここにいたですの!」
「お前の心配の種はなくなったんだから、とっとと庭いってリンゴ食ってこい」
「はいですの。行ってくるですの」
たたっとミュウが駆けていく。
「お、おまえ。ミュウを連れてくるなよ」
ミュウの姿を見て慌ててシーツを肩まで引っ張ったガイが、顔を真っ赤にして抗議する。
「仕方ねーだろ。あいつがガイさんがいないですの、って大騒ぎするからよ。って、ほら、俺が作ったんだぜ」
誇らしそうに銀のトレイを持って、ベッドに近づく。
そこには、トーストとベーコンエッグにサラダが乗せられている。
「これ、お前が?」
まさかというように仰ぎみてくるガイの視線を、ふふんと鼻で笑う。
「あったりめーだろ。起き上がるのつらいだろうし、ここで食えよ」
テーブルの上にトレイを置くと、そのままずずっとベッドのそばまで引っ張ってくる。
「食べさせてやろうか?」
「……いい」
「んだよ、色気ねえの」
「何がだ」
バターが程良く塗られたトーストを齧ると、さくっと小気味良い音がする。
「すごいな、上手に焼けてるじゃないか」
「えへへ、だろ。ガイが教えてくれたからな」
その時、ガイは気づく。褒められると、反抗期の子供のようにぷいっと横を向いていたルークが、素直にそれを享受し顔を綻ばせて喜んでいる。
小さくて、大きな変化に、ガイも嬉しそうに微笑む。


それからは当たり前のように毎日同じベッドで寝るようになった。
身体を重ねるときもあれば、何もせずに他愛もない話を眠気が訪れるまでする夜もある。
ガイの中でルークという存在が日を追うごとに大きくなっていく。
このまま何もかも忘れて、この穏やかな安寧とした生活に身を委ねたくなる。
だが、ルークをこのまま閉ざされた中で暮らしていく事に憂慮する。
結界らしきものは恐らく強力なものであり、それを解除出来るとは到底思えない。
ならば、せめて誰かしら訪問できる環境になればルークは寂しくなくなるのではないか、とガイは思う。
そして今のルークを知ってしまった以上、あの村でのルークの汚名をそそいでやりたい。
今すぐには無理だとしても、時が経つうちに村人と交流が出来るかもしれない。
数日ほど熟考を重ねて、ガイは決心する。屋敷を出て、村人にルークの事情を説明することに。


*********

はあ、と悩まし気な息が組み敷いたガイの口から漏れる。
達したばかりのルークは、脱力してそのままガイのうえに覆いかぶさりたいのを堪え、ルークより僅か先にイッてしまったガイをじっと見詰める。
ベッドサイドの仄かな灯りが、上気し汗ばんだ肌を照らす。
蒼天を写しとった青の瞳は、潤んで目尻を紅く染めて見上げてくる。
こんなガイの表情は俺以外見たことがない、とルークはそう思いたいが、初めて身体を重ねた翌日に「久々だったからキツいな」とガイが不用意にこぼした言葉がずっと心に残っている。
ガイには外の世界がある、過去がある、そして此処を出た未来がある。そんな事始めからわかっている。
でも今だけは、と腕の中にいつまでも閉じ込めておきたくなる。
いや、今だけじゃない、本当はずっと、ずっと…。ぎりとルークは奥歯を噛み締める。
ルークの変化を敏感に感じ取ったガイは、まだ息も整わないのに、腕を上げて汗で張り付いたルークの前髪をはらってやりながら微笑んでみせる。
ガイの指が優しく髪を梳いてくれるのを受け、そっと瞼を閉じる。
ガイの指先が触れる所から、じわじわと暖かなものが身体に染みこんでくるのを感じる。
ルークが瞳をあけると、やはりそこには変わらない穏やかな笑顔のガイがいる。
ほっと安堵の息をつくと、そのまま顔を寄せて唇を重ねる。先程までひっきりなしに声をあげていた唇は乾いている。ルークはその乾いた唇を、濡れた舌で舐め回す。
ビクリと身体を震わせ、ん、と鼻からぬける息が甘く色づいている。
隙間から差し入れた舌はガイの口内も隅々迄舐め回す。
それだけで、達したばかりだというのに、ガイの体内に埋められたままの己の分身がまた硬くなるのをルークは感じる。
いつしかガイの腕はルークの首に回され、そして己の口内を忙しく動きまわるルークの舌をとらえて絡めあう。
それが始まりの合図でもあった。
二度目ともなればルークも余裕が出てくる。精を出してぬめって熱いガイの中を、緩急をつけながら突き上げる。
焦らすようなルークの動きに、無意識にねだるように腰を揺らめかせながら、ガイは歯を食いしばり耐えようとする。
せりあがる快楽を、そうして悩ましげに眉を寄せて堪えるガイをみると、ルークのなかの嗜虐心に火がつく。
先ほど放出したせいで、濡れたガイの性器を握りこんで、動きに合わせて手を上下に動かす。
薄い膜を押し上げるように血管が浮きだして、ビクビクと震えている。
「は、あっ…、や、ア、アアッ!」
中と外からの刺激に翻弄され、ガイは甘い声を上げ続ける。
抉るようにして深く激しく差し入れると、身体を仰け反らせて、汗でぬれた首筋が誘うようにルークの前にさらされる。
上体を屈めて、首を吸い上げると、すぐそばでガイが小さく、そして満足そうに「ん、あっ…」と艶めかしい声をあげる。
「気持ちいい?」と耳までくちを寄せて尋ねると、喘ぎながらこくこくと首を縦に振る。
よくできました、とばかりに耳の中に舌をいれて舐めると、ビクリと組み敷いたガイの身体が跳ねる。
「ルー…ク、アアッ、んっ、……ルーく、はぁ…っ」
自分がガイをこんなにも感じさせているのだと思うと、ルークはたまらなく興奮してくる。
ガイの身体をじっくりと楽しむ余裕をなくし、腰を抱えると激しく、衝動のままに抜き差しをする。
そのたびにガイは、高く甘い声でルークの名を呼び続ける。
この時だけは、ガイは俺だけのものなんだ、とルークは満たされる征服欲におされるようにガイの内部をひたすら貪った。



「村に行こうと思う」
とうとうこの日が来たか、とルークは動揺が顔に出さないように、平素を装いながら「わかった」と言葉少なく了承する。
隣でミュウが驚く声をあげているが、予兆は数日前からあったのだ。
「ちゃんと説明してくるから。あの村ではお前は誤解されてる。でも、お前はあんなふうに悪し様に言われていい存在じゃない」
ガイはやさしいなあ、とルークは心の隅で苦笑いする。
放っておけばいいのに、俺がどんなに悪く言われようと気にしなくていいのに。どうしてお前が苦しそうな顔するんだよ、バカでお人よしなんだから。
「イケニエが必要ないこともちゃんと伝えてくる。ちゃんと帰ってくるから、そんな寂しそうな顔するな」
ポンと頭の上に手がおかれる。
「ば、ばか、子供あつかいすんな!」
「悪い悪い。ちゃんと留守番してろよ」
予め用意していた剣と道具袋をもって、ガイは支度を始める。
「…戻って、くるよな」
思った以上に口をついて出た言葉が、あまりに淋しげで、慌ててルークは口をふさぐ。
「当たり前だろ。お前、ほうっておけない感じ、だからな」
「だーかーら、それやめろって」
「はは、じゃ、ちょっくら行ってくる」
いつもの調子が戻ってきたのを確認して、ガイは荷物を持ち手を振って屋敷を出ていく。
一度だけ振り返り手を振ったが、それから振り返ることなく真っ直ぐ村へと続く道を歩いて行く。
こうして、いつかガイと本当に別れなければならないのだろうか、と思うだけで胸がずくっと重く疼く。
その想いを振り払うように、頭を振って、心配そうに見上げているミュウにいつものように不遜に笑ってみせる。
「おら、ブタザル、いくぞ」
「は、はいですの」
そうしてルークも踵を返して、ガイが教えてくれた洗濯をしに奥の部屋へと向かう。
もうガイが恋しいという想いをおさえこみながら。



「ガイさん、帰ってこないですの」
夕刻になってもガイは戻っては来なかった。
しょんぼりと肩を落とすミュウに、ルークは頬杖つきながら
「ったりめーだろ。行ってすぐかえってこれるもんか」とキツク言い返す。
だがルークも内心、今日帰ってくるのではないかと思っていただけに、失望感が胸に広がっている。
それを悟られまいとしてルークは精一杯強がる。
その時、窓をガツンと叩く音がする。そちらを向くと、ふくろうが窓をくちばしで叩いている。
ルークが窓をあけてやり、ふくろうを中に招き入れる。ミュウが「どうしたですの」とふくろうに尋ねると、ホーホーと何か訴えいるようだ。
「ご、しゅじんさま。今、村人が松明をもってこっちに向かっているそうですの。ボクたちを、丸焼きにするつもりですの」
ルークはその言葉をうけて、二階へと駆け上がる。バルコニーから、村へと続く道に小さな灯りが連なって動いているのが見える。
「まさか、ガイ?」
ガイが裏切った?周囲に火を放ち屋敷に燃え移るのを待つつもりなのだろう。丸焼けになるか、屋敷を出ればルークはあまりに無力だ。そこを襲うつもりなのか。
「ご主人様」
ミュウが目をうるませて見上げてくる。
いや、違う。ガイが裏切るわけがない。あいつがそんな事するわけない。
「ミュウ。いいか、森の道はこの前ガイと魔物退治したから今はいない。だから、お前、あの道を通ってここから逃げろ」
「でも、ボク!」
「俺は大丈夫だ、お前なんか足元にも及ばない強い魔物だって知ってるだろ。リンゴ幾つかもって、逃げろ」
「いやですの、ボク、火くらいしか吹けないけど、ご主人様と一緒にいるですの」
「俺は!!……お前に、おかえりなさいって言って欲しいんだよ。……ガイと一緒にお前を迎えにいくから、その時は、バカみたいに大きな声で、手を振って…「おかえりなさい」って言ってくれよ」
いつものルークらしく笑えているだろうか。声の震えをこのバカで一途なブタザルに悟られてないだろうか。
下を向いたミュウの足元に、いくつもの水滴が落ちて絨毯を濡らす。
だが、ミュウは顔を上げて「わかりましたですの。ミュウは待ってます。ご主人様とガイさんをあの村でずっと待ってます」と力強く決意する。
そして振り返ることなく駆け出していく。
その姿を消えるまで見守り、それからルークは再び眼下に広がる景色に視線を移す。
結界を張ればあいつらは何も出来やしない。だけど、ガイはどうしているんだ。あいつらに拘束されてんじゃないだろうか。
それを聞き出すためには、結界を張るのは得策ではない。
ふうっと一度だけ息を吐く。ぎゅっと拳を握りこみ、村人たちが迫り来る門へと向かう。


松明を掲げた村人は門の周囲に油をまき散らしているところだった。
「おい、人ん家に何してんだ」
ルークの声に、ぎょっと村人たちは肩を震わせる。
だが、ルークの姿を見て、皆笑い出す。
「けっ、本当にガキじゃねえかよ」「誰だー。二メートルは超すデカイ化けものだって言ってたのは」「こんなの俺にでも片手で踏み潰せそうだぜ」
口々にルークを貶めながら醜く笑いあう村人に、怒りの感情よりもガイの身を案じる方が先に立つ。
「おい、ガイはどうした」
「ああん?ガイ?」「ほら、あいつだ。魔物ハンターの」「ああ、あいつか」
リーダー格の男が、周囲の男と目を見合わせ、にやっと笑う。
「あいつはなあ、お前の事親切に色々教えてくれたぜ」
「それでガイは?」
「たんまり報酬をもらってとっとと村から失せちまったぜ」
「ウソだな。あいつはここに形見の剣を置いている。そんなわけはない」
それはルークのハッタリであった。だが、男たちには効果的だったようだ。
ちっと唾を草むらに吐き捨てる。だが、男はニヤっと笑ってみせる。
「ああ、ワリイな。バケモンの仲間に成り下がった魔物ハンターには用がないんでね、村でさっき処刑してきたところさ」
「なん、だと」
初めて少年の顔に動揺が浮かんでくるのをみて、男は益々満足気に、誇らしげに嘲笑する。
「風にゆられてぶらーんぶらーんって足が揺れてたぜ。知ってるか、首括るとどんな男前でも見られた顔じゃなくなって。なあ、お前ら、あれは見物だったなあ」
その時、ルークは腰に下げていた鞘から剣を抜き去り、煽るように背後を振り返ろうとした男の首を一瞬で跳ねる。
血が噴き出し、ルークの顔を紅く染める。ルークの表情は失せ、その威圧感に皆おされ、じりっと僅かに後退する。
だが、門の外に出たルークの全身を激しく身の奥から灼けるような痛苦が襲い、立つことも出来ずにそのまま前のめりに倒れこむ。
「グッ……」
倒れた時、手から離れた剣をつかもうと伸ばす手を、男どもが足で何度も踏みつける。
「ば、バケモノが、バケモノのくせに!!!」「のやろう、なめやがって」
苛烈な痛みに悶絶するルークを嬲るように村人が倒れたルークの腹や顔を加減することなく蹴り上げる。
身の内からあがる痛苦と、与えられる痛みに、意識が遠くなる。だが。
「ガイ…と、いっしょ、に、かえら、ないと」
ルークの小さく漏らした言葉が、楔を解き放つ。何かが身体を駆け巡り、小さき器の奥で眠っていた力が解放され、漲っていく。
「そうだ、ガイと、かえらないと」
痛みはもう感じはしない。蹴り上げる男の足を掴むと、そのまま払う。それだけで、男は数メートル先まで飛ばされ、絶叫する。
村人が飛ばされた先をみると、男は全身が炎に包まれている。
なぜ、あいつは松明をもっていなかった、と疑問を感じる前に、また、ぎゃ、と蛙を踏みつぶしたような断末魔があがる。
声の上がる方をみると、そこにも同じように全身火だるまの男がゴロゴロと大地を転がっている。
その中に、怪物が、いた。
少年の姿はない。ただあの赤い髪と同じ、赤の、炎の魔人がそこにいた。
触れてはいけない、彼らが今まで遭遇した魔物など足元にも及ばない圧倒的な力を本能のレベルで汲み取り、畏怖した。
「ヒッ。に、げろ、にげろおおおお」
その声が切っ掛けで、ほうけていた村人たちは一斉に逃げ出す。
怪物は大きく咆哮する。そして、ゆっくりと何かを捜すように村へを歩みを進め始めた。


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