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小話
魔物×魔物ハンター その3
「おーい、ガイ。今日は魔物退治に行くぞー」
いつもは起こされないと起きてこないルークが、ガイの寝室の扉をあけて立っている。
「あ?え?誰が何を?」
寝起きのはっきりしない頭を一度軽く振り、眠気を飛ばす。
「だーから。今日は魔物退治する日なんだって。おら、顔をとっとと洗ってこい。置いてくぞ」
待ち切れない様子のルークの言葉におされるように、洗面所に向かいながら
「あれ、あいつも一応魔物だろ?」と今更ながらな事にガイは気づいた。


「ご主人様は、定期的に森に住み着こうとする魔物や魔獣を退治するですの」
「って、事。今日はガイがいるからお前は留守番な」
「えー、ボクも行きたいですの」
「いっつも道具袋ん中でブルブル震えているだけだろ。今日は大人しく家で待ってろ」
しょんぼりと肩を落とすミュウにガイが声をかける。
「ルークはミュウにおかえりって言って欲しいから留守番を頼んでいるんだよ」
「ガイ!ばっ、ばか。何勝手な事を」
「ご主人様!ボク、おっきい声でおかえりなさい言うためにちゃんとお留守番するですの」
ブンブンと小さな手を左右に振って見送るミュウに手を振り返すガイとは裏腹に、ルークはさっさと背を向けて歩き出す。
屋敷の庭から森へを抜ける道は、落葉で敷き詰められている。
人が歩かぬ道だから当然といえば当然なのだが。
赤い髪を揺らしながら、サクサクと音を立てて先を歩くルークにガイは問いかける。
「なんで魔物が魔物や魔獣を倒すんだ?」
「は?退屈だからに決まってんじゃん」
振り返りもしないで、ルークは答える。
「へえ、そっか」
恐らくそれだけの理由ではないのだろう。だが、ミュウとは違い素直にルークが口を開くなどガイは思っていない。
「ガイはなんで魔物ハンターなんてやってんだ」
「別に大した事じゃないさ。俺が小さい時に家族全員魔物に殺されてね」
陽気な声とは裏腹な内容に、ルークは瞠目しながら振り返る。
「おいおい、んな顔するなよ。このご時世珍しい話じゃないだろ。だから俺は家族の復讐をするためにこの職業についたって話さ」
「その魔物見つかったのか?」
「いーや、残念ながらね。案外もう他のハンターに倒されているかもしれない。だが、もしこの世界のどこかにアイツがいるなら、俺は…」
途中から、いつも人好きのする笑顔を浮かべているガイから、それらのの表情が消える。
剣を握る右手をじっと見つめるその瞳には、ひやりとするほどの冷たさが潜んでいる。
「……じゃあ、ガイはいつかまた旅立つんだよな」
「そうだな。でも、もう少しお邪魔させてもらうよ。構わないかい?」
「ガイの気のすむまで勝手にしてろ」
寂しいという気持ちが言葉にのらぬように、いつも以上に強がってみせる。
それから少しばかり無言で歩き、突然ルークは歩みを止める。
「あのちょっとだけ枝ぶりがいい木があるだろ。俺が行けるのはそこまで」
「どういう意味だ?」
「お前、もう薄々感づいてんだろうけど。俺、あの屋敷に監禁されてんだよ」
やはり、と思いながらも、ガイはそれを表には出さずにいる。
「屋敷は門まで。そっから先に出ようとすると、激しい頭痛が襲って呼吸すらできなくなる。力も急速に失われて、ニンゲンのガキでも俺を殺せるくらい無力になる。
だから」
言葉を一度切って、何か改めて決意するように一度目を閉じる。それから小さく息を吐き出して、瞳を開けてガイを仰ぎ見る。
「俺は村人に危害なんて加えたくてもくわえられない。俺の力があるのは屋敷とこの森のここまでだからな。確かめたいならブタザルに聞いてくれ。あいつウソなんてつけねえし。
だから、だからさ。お前、村に降りてこの事言えよ。そうしたらあいつら俺にイケニエを差し出すなんてムダな事しなくなる。
そうしたらガイはまた魔物退治の旅に出かけれるだろ」
自分を仰ぎ見る翠の瞳が揺れている。だが、それを悟られまいとして、ことさら陽気に、何でもないように振舞っている。
「おいおい、俺を追い出すのか?まだお前には洗濯の仕方も教えてないし、料理だってまだまだ教えてない。それにお前の事まだまだ知らないことがある」
「べ、別に、料理くらいできるし、洗濯だって水のはいった桶につっこめばいいんだろ。それに、俺の事は、今全部言っただろ。見掛け倒しの魔物だってわかったろ」
「お前は放っておくと料理から人参外そうとするし、洗濯は濡らせばいいってもんじゃないし。それに、お前は全部言ってないだろ」
腰に手をあてて、ふーっと深い息をつく。
「たとえばこの森の魔物退治は、麓の村を守る意味合いがある。だろ?」
う、と言葉にルークは詰まる。それは言外に是といっているようなものだ。
「で、でも、退屈しのぎになっているのも確かだぜ」
ふいっと視線をそらす。目の前の少年は、素直に褒められる事とどうしてよいのかわからず、相手の視線から逃げてしまう。
その少年らしさが可愛くて、つい、くくっと喉を鳴らして笑ってしまう。
「おい、笑うなって!!」
「はいはい」
笑いながらガイは剣を鞘から抜く。ルークも頬をふくらませながら、腰に手を回して剣を抜きとる。
木々の間から小さく唸り声がする。殺気を纏いながらも、相手の力量を推し量るために距離は縮めずにいる。集団で狩りをする獣は、数で勝った事で、本能の警鐘を抑えこみ一斉に二人に襲いかかる。
「油断するなよ」
「まかせろってーの」
大地を蹴って飛びかかってきた獣の腹を一閃する。
続けざまに真横から歯を剥き出して、利き腕に噛み付こうとする獣の一撃を、背後へ駆け間合いを取る。
足元は落ち葉で滑りやすいので、両脚にぐっと力を込めて上体を落としながら、硬い体毛に覆われながらも幾分柔らかい腹や喉元に狙い定め剣を振るう。
ガイがこの職業についたころはチームを組んで旅をしていた。ある程度実践を積んだあとは、一人でずっと魔物を狩ってきた。
だからこそ間合いと、獣が繰り出す攻撃への見極めはかなり正確であり、次々に倒していく。
ルークも荒削りで、それこそ間合いなどは無茶苦茶ではあるが、本能レベルで攻撃を忌避しながら、勇猛果敢に攻め込んでいく。
獣は圧倒的不利を悟り、じりっと間合いを持ちながら身体を低くして後退り、それから一斉に背を向けて木々の中にかけ出していった。
獣の血と油を布で拭いながら「やるねえ」とガイが僅かに息を上がらせながら笑顔をむけてくる。
「そうかあ?軽い軽い」
ふと、ルークは考える。ガイと一緒に旅したらこんな感じなんだろうか、と。
二人で呼吸を合わせ、視線だけでどの敵に向かうのかを会話して、互いの背後を守りながら魔物達を倒して行って。倒した魔物の数を競い合って。そして……
そんな妄想は、「魔物」という言葉で急速に収拾していく。
アホだな、俺が魔物じゃねえか。それに俺、外の世界には出れないんだし。
自嘲の笑みを浮かべると、ガイがルークの変化に気づき「どうした」と気遣わしげに声をかける。
「なんでもねえよ。さーて、帰るか。ブタザルのやつ首長くして待ってるだろうしさ」
「そうだな」
ガイはそれ以上深く踏み込んではこなかった。



*******



意識の奥底で言い争う声がする。
知っている、これは何度も繰り返される夢。
「なんで俺だけが?全部俺が悪いっていうのかよ。俺は、悪くない」
「あなただけの罪だとは思っていません。ですが甘言に惑わされ大地を崩落させた罪は贖わなければなりません。わかりますね」
「わかるかよ!」
「……あなたは強い。それは失うべきものを持たないから。それはとても危うい強さなのです。
あなたが――――――――」

肩を軽く揺さぶられた事で、夢から一気に現実に引き戻される。
目を開けるとそこには、心配そうな顔したガイがいた。
ルークが目をあけると、ほっと息をはいて
「悪かった。ちょっとうなされてたから」
ゆっくり上体を起こすと、うまく呼吸できずに、肩で息をしている。
背に暖かなものが添えられ、ゆっくりと呼吸に合わせるように上下にさすられる。
「ゆ、め。たまに見るんだ」
漸く呼吸が落ち着いてきた頃に、ルークがぽつりと零す。
ガイが点けたベッドサイドの明かりで、ルークの顔は淡いオレンジに染められているが、それでもその顔に血の気がないのが見て取れた。
「たぶん、なくした記憶に関係、するんだと思う」
ゆっくりと手をシーツから出すと、小刻みに震えている。
背に回している手とは反対の手を、ルークのそれに重ねる。
「そっか。怖かっただろ」
ガイの労りの優しい言葉に、ルークは首を左右に振る。
「違う、んだ。うまく言えないけど……」
自分の根底を覆すモノがあの夢には隠されているようで、それを垣間見てしまうだけでも自分が自分でいられなくなる、そんな怖さがある。
背に添えられていたガイの手が、腕に回される。ぐいっと抱き寄せられる。
ガイの温もりに包まれると、ほっと安堵の息が漏れる。
柔らかな感触が額に、目尻に、そして頬に落とされる。それがガイの唇だとわかったのは、自分の唇にそれが優しく落とされた時だった。
すぐさま離れていく顔に、引き止めるように重ねられた方の腕をぐいっと掴む。
少し上体を伸ばして、今度は自らの唇をガイに押し付ける。
唇は身体の中で一番薄い皮膚だと言う。だからこそヒトは唇を押し付けあうのだ、とルークは昔聞いたことがある。
そこから伝わるガイの熱が、ルークを陶酔させる。
ガイが僅かに身じろぐのがわかり、漸くルークは少しばかり顔を離す。まだ互いの吐息が触れ合うほどに近いままにルークは問いかける。
いやまるで、逃ることを許さない、というように。
「キスは好きな相手とするもんだって聞いた。お前、俺のこと好きなんだろ」
ガイが言葉に詰まったのを見ないふりをして、ルークは続ける。
「俺は、ガイの事好き。初め見た時からずっと」
そう。
あの時、黒の外套からその顔をのぞかせた時から。
キラキラ光るその金糸も、澄み切った空のような蒼い瞳も。
何よりも自分を見つめる視線に、嫌悪も畏怖もなかった。
穏やかで、少し困ったような、暖かなまなざしを向けてきた。
会話をすれば、柔らかな態度と共に昔からの友達のように親しげに接してきて、やれやれって俺に呆れてみせたり、やったなって俺が何かやったら褒めてくれたり。
お前と一緒にいて楽しいよ、って何気ないガイの言葉が俺の心全てを歓喜に染めたか、きっとガイは知らない。
楽しくて穏やかで優しい時間をガイは与えてくれた。でも、俺は、貪欲なんだ。だって魔物だから。
それだけじゃあ満ち足りない。もっと、もっと、もっと、お前が欲しい。お前の向ける感情が欲しい。このひとときだけで構わないから。
お前がここを去るまでは、それまでは全部俺のものでいてほしい。

告白を受けたガイは何も言わずにそっと瞼を伏せる。だが、ルークの背に回した腕を離すこともなかった。
同意なのだと、自分にいいように言い聞かせて、ルークは再びガイの唇に己のそれを重ねる。
だが、今度はそれ以上深く繋がるための切っ掛けのような、激しいものであった。



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