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小話
魔物×魔物ハンター その2
「ルークって本当に魔物なのか?」
手を掴まれ、まじまじとあの蒼い瞳でみられると、顔がかっと熱くなる。
「な、なんだよ。疑うのかよ」
「疑うっていうかな。本当に「らしく」ないしなあ」
「なら、あいつだって魔物らしくねえんじゃねえの」
半目になって視線をむけた先には、庭に実ったリンゴを嬉しそうにしゃくしゃく音を立てて食べているミュウの姿がある。
「チーグルは、場所によっては聖獣扱いされるくらい知能も高い魔物なんだ」
「ああ?あいつが?あのブタザルが?生意気だな」
「何が生意気なんだ」
快活に笑うガイに、ルークが拗ねたようにぶすくれてみせる。
その様子があまりに普通の少年らしくて、心の奥底でガイは安堵する。
立ち寄った村が、極悪非道な魔物が森の奥の屋敷に住み着き、三年に一度犠牲を要求して困っている、と言われ、犠牲の身代わりとしてこの屋敷に赴いてみたが。
蓋を開ければ、極悪非道な魔物とされたルークは10代の少年で(実年齢は違うそうだが)犠牲など一度も要求などしたこともなく、あの村が犠牲にするためによその村からさらってきた娘の脱出まで手を貸してやっていた。
小さな魔物、チーグルのミュウが言うには、彼もルークに助けられた一人であった。
ライガに襲われてあわやという所に、ルークが立ちふさがりその生命を救ってくれたそうだ。それから、「帰れ鬱陶しい!」というルークの言葉に耳も貸さずこの屋敷に居座っているそうだ。
ミュウの食しているリンゴの木は、「ご主人様の魔術で一年ずーっと実をつけるんですの」ということであった。
初めこそ、まさか、とは思ったが、ミュウがいくら食べてもリンゴは一定の数より減ることはなかった。
ルークはガイの抱いていた魔物の概念を尽く覆す。
人型をとり、知能の高い魔物はそれこそいくらでもいる。だが、ルークの使う「魔術」というものは桁が違いすぎる。それに聖水に触れることが出来る魔物など聞いたこともない。
「この屋敷に住む前は、どこにいたんだ?」
さりげなさを装って尋ねると、途端に不機嫌になりぷいっと横を向く。
「知らね」
「知らない事はないだろ」
「本当に知らねえんだよ、俺、この屋敷に来る前の記憶なーんもねえんだもん」
その横顔があまりに寂しげで、ガイの胸に後悔の味が苦く広がった。
「悪かった」
「別にガイが謝る事じゃねえだろ」
「お詫びに剣の稽古付き合ってやる」
「マジか!」
その言葉に途端に上機嫌になり、顔を輝かせて振り返る。
たった一人で屋敷に住むルークは、庭に置いてある自動人形相手に剣を振るっていた。
だが、ガイが共に住むこととなり、予測できない反応をする相手との剣の手合わせは楽しくて仕方ないのだ。
「その前に昼食作ろうか」
「ん、わかった!」
素直に頷いて、ガイの後をひょこひょこと嬉しげについてくる。


「食材は何がいるんだ?」
「オムライス作ってやる。卵と牛乳と、米と鶏肉玉ねぎにピーマンかな」
「了解」
するとルークは怪しげな「箱」に向かい、せわしく唇を動かしている。その言葉は様々な地方を旅したガイにも聞きなれぬ言語である。
「うっし、ほらよっと」
ドサリとガイが頼んだものが食卓の上に並ぶ。
「毎回思うが、その箱の原理はどうなってんだ」
「さあ、知らね。俺がここの住むときからあるんだ」
「へえ」
これ以上はルークの記憶喪失に触れる事になる、とガイはさらりと流すことにする。
「ま、おかげで助かるな。買い物行かずにすむし。さ、手伝ってくれるんだろ」
「おう、まかせとけ」
「包丁の持ち方、覚えてるな」
「えー、うん、まあなんとか」
玉ねぎを手にして、ムンと気合をいれているルークの横顔に、ガイは目を細めて微笑む。
達観してどこかなげやりなところもあれば、子供のように好奇心むき出しで自分が教えること一つ一つに目を輝かせて耳を傾けている。
外見の年齢は10代の少年のようだが、実年齢は恐らく自分よりはるかに上なのだろう。
だが、ルークの心は未成熟な部分がかなり見受けられる。世間知らずとは違う。
大切なものをどこかに置き去りにしたまま、孤独に身を置かされてしまったせいだろうか。
俯くルークの肩から、さらりとクセのない赤い髪が頬へ一房流れる。
引き寄せられるように、ガイのてが伸びて、その髪を手に取る。
「お。おわっ、な、何してんだ」
「あ、悪い。つい」
ルークが顔を真赤にしているのをみて、自分の突拍子も無い行動を今更ガイは恥じる。
ぱっと手と離すと、言い訳めいて聞こえぬように注意を払いながら
「お前の髪、綺麗だからさ。つい触ってしまった」と本心を告げる。
「なっ!!」
益々顔を赤くするルークの反応が可愛くて、つい吹き出してしまう。
「か、からかうなって!」
「からかってないさ。綺麗な赤い髪だ」
「俺は、俺は、ガイの髪の色、好きだ」
相変わらず顔は赤いままで、視線をあらぬ方向に向けながら、ボソボソと話す。
「そうかあ?この地方じゃそう珍しい色でもないし、それに伸ばそうとするとあちこち跳ねて大変なんだぜ」
前髪をガイは自分の指でつまむ。そんなガイにルークは今度は力強く言葉を投げてくる。
「珍しいとか、珍しくないとかじゃねえよ。ガイの髪の色、俺は好きだ」
「そっか。ありがとな」
「べ、別に、礼とか、いらねえって」
この話は終わり、とばかりにルークは玉ねぎのみじん切りを始める。
あぶなかしい手つきで、「目がいてええ」と嘆きながらも、それでも放り投げることもなく最後まできちんとやり遂げる。
その間にガイは手早く他の材料を切り分けていた。
慣れた手つきでガイは、材料を炒めてオムライスを完成させる。
「おお、うまそー」
ガイが来るまでは、たまにミュウに付き合ってリンゴを齧るくらいで、ほかは時間になればあの箱から何かしらの食べ物が出てきてそれを砂を噛むように苦々しそうに食べるだけだった。
だけど、ガイが来てからは。
あの白い楕円形の卵ってやつを割ったら、目玉みたいなのが出てきて、それを箸でほぐしたら黄色い液体になる事を教えてもらった。
それを焼けばおいしい卵焼きになるのを初めて知った。
ガイが一緒に暮らすようになって、ルークの世界は色をつけて動き始めた。
「ケチャップとってくれるかい?」
「おう」
この赤い液体がケチャップって名前なのも知った。
黄色い楕円形のオムライスの上に、器用にケチャップを搾り出して「Luke」と名を書いた。
「おお、すっげええ」
「じゃ、俺の名前はお前にまかせた」
そう言ってもう一つの皿を差し出す。「まかせろってーの」と自信満々に挑んだが「Guy」とは到底読めない出来になった。
「んだよ、このケチャップおかしいんじゃねえの」
ブツクサ文句を言うルークに、ガイは笑って
「このオムライス。俺とお前の髪の色だな」さらりとそんな事を言い出す。
「……んな事言ったらくえねえじゃん」
「そっか、悪かったな。さ、気にしないで食べようぜ。食べ終わったら剣の手合わせしてやるからな」
食卓に運ばれた、自分の名前入のオムライスをみて、じんわりと心が暖かくなっていくのをルークは感じる。
一口食べれば、バターの香りが口に広がる。
「うめえ」
夢中になって食べ始めるルークをにこにこ見守りながら、ガイもオムライスを食べ始める。

二人はこうして心の距離を急速に詰めていった。


********

「ガイさんが来てくれてご主人様、よく笑って、よく怒ってくれますの」
「怒る、は嬉しいのかい?」
苦笑いするガイに、ミュウは嬉しそうにこくこく頷く。
「なあ、ミュウ。このままでいいのかな」
ポツリとガイは言葉を漏らす。
それはあまりにか細くて、ミュウは全て聞きとることが出来なかった。
「ガイさん?よく聞こえなかったですの」
「あ、悪い、なんでもないんだ」
俺がここにずっといてもいい。でも、ルークはもっと他の世界も知るべきかもしれない。
この屋敷の中だけでなく、もっと、もっと広い世界を。
空をみあげる。そこには澄んだ青空がどこまでも広がっていた。


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あきゅろす。
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