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小話
魔物×魔物ハンター その1 ※パラレル
※パラレル設定
※タカトリナナさん原案


ベッドの上で、少年は大きなあくびをしながら身体を伸ばす。
寝台をおりて洗面台に向かっていると、甲高い声と共に扉がトントンと叩かれる。
「ご主人様ー、起きてくださいですの。ニンゲン達が向かっているって鳥さんが教えてくれたですの」
「んあ?もうそんな季節か」
あー、ったりー、と心底面倒くさそうに呟くと、勢い良く扉をあける。その拍子にコロンと文字通り転がりながら、小さな獣が中に入り込んでくる。
「びっくりしたですの」
「おい、ブタザル。結界は解除しておくから、門と玄関の扉をちょっとだけ開けておけ。そうすりゃあいつら勝手に「イケニエ」を置いて立ち去るから」
「はいですの!行ってきますですの!」
たたたっと嬉しそうな足取りで駆けていく小さな獣、チーグルの背を見送りながら、もう一度大きくあくびをする。
「もう一つ結界外しとかねえとな」
とりあえずは顔でも洗うか、と洗面に向かってゆっくりと歩き出す。


冷たい水で顔を洗うと、意識がはっきりとしてくる。
「ご主人様ー、開けてきたですの!」と褒めてほしそうに、期待に目を輝かせたチーグルが少年を仰ぎみている。
「あー、ご苦労さん」
かなり気だるげで投げやりな一言であったが、チーグルにとっては嬉しい言葉だったのだろう。
「やったですのー」と、嬉しそうにはしゃぎまわりだした。
それをみた少年が、眉をしかめて「だー、うっぜええええ!!」とチーグルを持ち上げて、小さな額にデコピンを一つ繰り出す。
びっくりしたですの、と呟くチーグルは小さく可愛らしいが、実はかなり頑丈であり、デコピンくらいでは痛みを感じることはない。
同じ目線になったチーグルがふと
「なんでニンゲンはご主人様に「イケニエ」をくれるですの?」
前々からの疑問を口にする。
「さあ、知らねえよ。俺が魔物だからだろ」
「ボクも魔物ですの。でもニンゲンはボクに「イケニエ」くれないですの」
「ちっせー火ー吹くくらいのお前じゃ「イケニエ」はくれないんだよ」
「そっか、ご主人様はすっごく強い魔物ですの。だからニンゲン達がご主人様に「イケニエ」くれるですの」
素直な賛辞は心地良いのか、機嫌をなおしたらしくフフンと得意げに鼻を鳴らす。
「まあな。俺はそこらへんの魔物なんて俺の足元に及ばねえからな」
「でも何故ご主人様はそのイケニエを」
チーグルの疑問は、扉を閉める音でかき消された。その音で二人は一瞬だまり、顔を見合わせる。
それからにっと笑って、少年はチーグルを下ろす。
「来たようだぜ」
「わーい、イケニエをお迎えするですの」


*******


玄関に行くと、俯いたままペタリと床に座り込んでいる女性がいた。
黒いフードのついた外套のせいで、顔は少年の位置からは見えないままであった。
今まで送り込まれた「イケニエ」とはちがい、幾分大柄に見える。だが、これから先自分の身に振りかかる事を想定してなのか、小刻みに震えていた。
「んなにこわがんなよ、玄関出てすぐそばの小道。その道通れば違う村にいける。
あの村からは、海路使わないと辿りつけない村だから、あいつらにバレることはねえよ」
その言葉に、震えていた身体がピタリと止まる。
「そして、ほら」
少年の手から放られたナップサックは、床を滑ってイケニエの女の足元で止まる。
「その中に水、食料がある。3日は持つ。あと路銀も幾ばくか入ってる。それでなんとかしろ」
女は顔をあげずに、沈黙したままだ。
「あ、それとこれ。用心でもってけ」
今度は意図的に少年は小瓶を投げる。女は顔をあげることなく、まるで見えているかのように、落とすことなくそれを中で受け取った。
「ご主人様、あれは何ですの?」
「お前には関係ねーよ」
「知りたいですの」
「聖水だよ。魔物よけのための」
二人の会話に突然第三者が割り込んできた。声の主は、先ほどまで震えていた「イケニエ」であった。
外套のフードを外し、ゆっくりと立ち上がる。
フードの下からあらわれた、光を受けて輝く金髪と、そしてなにより綺麗に澄んだ蒼い瞳に、少年は視線も意識も縫い取られたようになる。
「そうだろ?」
「あ、ああ」
にこりと微笑まれて、言葉がつかえる。
「ご主人様凄いですの。魔物なのに聖水持てるなんて、さすがご主人様ですの」
「魔物…、やっぱり君がこの屋敷の主なのかい?」
困ったように少しばかり眉尻を下げて問いかける相手に、こくんと頷いてみせる。
うーん、と益々困ったように親指を人差し指を顎にあてて唸っている。
今までと勝手があまりに違いすぎる「イケニエ」にチーグルはどうしたらいいのか困って主人を見上げ、主人はただ無言でその「イケニエ」を見つめている。
「イケニエ」はひとしきり悩んだ挙句、何か結論が出たようで、ふっと一度息を吐き出すと、外套をゆっくりと脱ぎ始める。
その下には、上質なシルクで作られたこの地方の巫女衣装があらわれる。だが、その胴には鞘帯が巻かれ、左には剣を携えている。
それをみてチーグルが「ご主人様、あの鞘にある飾りは魔物ハンターのものですの!」と慌てふためく。
だが、主人である少年は動揺はしない。先ほどと変わらずにイケニエの顔を注視している。
「驚かないのかい」
蒼い瞳が自分の姿をとらえたことがわかると、少年は視線を外す。
「え、あ、ああ。まあ、そんな気はしてたし」
だからわざと瓶を袋に入れて一緒に渡さずに、中に投げたのだ。
「そっか。魔物ハンターやってるガイだ。旅の途中麓の村に寄ったら三年に一度捧げる「イケニエ」が病死したと大騒ぎしていてね。
代役を買ってでたんだが」
「違うですの!!ご主人様は一度もイケニエ欲しいなんて言わないですの。村の人が勝手に置いていくですの。ご主人様がカエレといっても、帰れないと泣くから、遠くの村まで逃してあげてるですの」
小さな身体でチーグルがガイの足元に縋り付く。わかってほしくて必死に言葉を紡ぐ。
「うん、わかってる、大丈夫だ」
ガイはチーグルを抱え上げて、安心するように笑ってみせる。
「だから、事情を詳しく聞かせて欲しい。構わないかい?」
そうしてチーグルから少年へと視線を移して問いかける。
その問い掛けに弾かれたように顔を上げ
「で、でも、俺、魔物だぞ。魔物のいうことに、ニンゲンが耳を貸すのか?」
戸惑いのままに問い返す。
「魔物、ね。じゃ、お前、ご主人様って名前なのか?」
「は?え、それはソイツが勝手に呼んでいるだけで」
「じゃあ、名前。ほら、俺はガイって名乗ったぞ」
「あ、え、ルーク」
「そっか、ルークか。じゃあ、ルーク、事情を聞かせてくれるかい?」
「でも」
「イケニエの女性に食料に路銀、果ては聖水まで用意する魔物なんて聞いたことがない。
それに俺は魔物の話が聞きたいんじゃない。ルーク、お前の話が聞きたいんだ」
ルークの不安や戸惑いで強ばっていた顔がゆっくりと緩んでいく。
「チーグルの君の名前は?」
「ミュウですの。でもご主人様はブタザルって呼ぶですの」
「は、はは……。えーじゃあ、ミュウもよろしくな」
ブタザルという名に思わず苦笑したガイだったが、ミュウに、そしてルークに笑顔を向ける。
「じゃあ、ボク、ご主人様の箱にお願いをして、お茶の用意するですの」
そういうが早いか、ガイの手をすり抜けてミュウはたたっと駆け出していく。
ミュウの姿が見えなくなると、ルークはガイをチラリと見上げる。
「いいのかよ。俺を倒すのがお前の仕事だろ」
「お前じゃなくて、ガイ。そして魔物を倒すのが確かに俺の仕事だが。お前はなあ、魔物って感じじゃないしなあ」
「じゃあ、どんな感じだよ」
「えーと、そう正面きって言われると困るな」
後ろ頭をがしがしと無造作に掻くと、今までの明るく人懐っこさはどこえやらという風に、ぽつりと恥ずかしそうに
「ほうっておけない感じ、かな」と零す。
「な、なんだ、それ。ほうっておけないって。そういう事言ってんじゃないだろ!もっと違ういいのないのかよ」
思わず色々な事を忘れて、ガイの真正面に詰め寄る。
「もっと違ういいのって言われてもなあ、ほうっておけない、がまず真っ先に頭に浮かんで離れないんだよ」
「ち、仕方ねえな。いいの考えとけよ」
「考えるってなあ、こういうのは考えるじゃなくて、気持ちが浮かんでくるものでな」
「ご主人様ー、ガイさーん、お茶の用意出来たですの」
ミュウの呼びかけに、二人は会話を止め、顔を見合わせて、ふっと小さく笑う。
それからまるで、今までがそうであったように自然に並んで歩き出す。
「レモンティーは勘弁してくれよ。俺、レモン苦手なんだ」
「んだよ、だらしねえな」
そんな軽口を叩き合いながら。


そうして魔物と魔物ハンターとの奇妙な共同生活が始まることになる



********


「でもさ、ガイって変わってるよな」
「そうかな」
「だってよ、女のくせに魔物ハンターになって、自分のこと俺って言うし」
「え」「え」
……「え?、お、おい、なんでガイテーブルに突っ伏して笑ってんだよ。おい、ブタザル、俺のこと憐れみの目で見るんじゃねえ!」


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あきゅろす。
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