[携帯モード] [URL送信]

小話
チュッパチャップス
※現パロルクガイ


夕陽が差し込む自室で、背をベッドに預け床にぺたりと座り込む。
ガイは小さな棒付きキャンディーを、指でつまんでくるくる回しながら、じっと見つめている。
意識は目の前のキャンディーではなく、一週間前、この部屋でこれが切っ掛けとなった出来事に思いを馳せている。

ちょうど一週間前。ガイの部屋に、近所に住む年下の幼馴染のルークがあそびにきていた。
彼らの付き合いは互いが小学生の頃からという長いものである。
4歳の年齢差のためガイが小学校を卒業すると共に通う機会は失われたが、同じ剣道場に通っていたため付き合いが途切れることはなかった。
だがそれはルークの性格によるところも大きいとガイは感じている。
ルークの双子の兄であるアッシュとは、ガイが中学にあがる頃から疎遠となった。
道場で顔をあわせれば会話はするが、この場以外での付き合いなど二人とも考えた事などないだろう。
だがルークはガイが中学生になろうが、高校生になろうが、道場で会えば「俺、見たい映画あんだけどガイはいつあいてんの?」と気軽に誘って来る。
彼に友人がいないわけではない。一見すれば尊大そうにみえるが、深く付きあえばルークの強烈な照れ隠しの下にある優しい気性に気づく。
そうなれば、素直に優しさを露わにできないその性格が面白くなり、つい構いたくなる。だからルークの周りはいつも誰かしらが傍にいる。
だからわざわざ年上の幼馴染を誘わずとも、映画をみに行く相手に不自由はしないのだ。
一度その事をガイが軽く指摘すると、「だってガイなら気ぃ使わなくてすむし」という明快な答えがかえってきた。
一見すれば奔放に見えるルークも、それなりに周囲に気を使っているようで、優しい年上の幼馴染ではなんら気兼せずにすむのが心地よいらしい。
やれやれ、と言いながらも、ガイはルークから信頼され甘えられる事が嬉しくもあった。
そういう単なる「腐れ縁の幼馴染」という関係であったのだ。一週間前までは。


その時もオレンジになった陽光が部屋に差し込んでいた。
ガイは今と同じようにベッドに背を預け、床に足を投げ出して雑誌を読んでいた。
ルークはその隣で同じように座り込みながら、自らが持ってきたブルーレイディスクで映画を見ていた。
で、その持ってきた映画が今ひとつルークの興を刺激しなかったらしく、肘でガイをつついて
「なー、ガイ。腹減った」とせがんだ。
腕時計に視線を寄せると、まだ夕食時間には早い。
菓子類を、と思ったがそれではこの偏食の塊である少年は益々夕食を食べずにそれで済ませてしまうのは容易に想像できる。
鞄を漁って、昼間友人から貰った棒付きキャンディーを取り出す。
どの味がいい?と言うと、少し迷ってからルークはチョコバニラを選んだ。ガイは残ったチェリー味を口に咥える。
それから会話もなくガイは再び雑誌に目を落とし、ルークはつまらなさそうにTVでアクション映画をみていた。
どのくらいそうしていただろうか。
ルークが「なあ、チェリー味って美味い?」とたずねてきた。
ガイの視線は雑誌に注がれたまま「んー、まあまあかな」と生返事をすると、ちゅぽっと音を立てて口の中からキャンディーは奪われた。
え?と顔を上げると、奪われたキャンディーはルークの口の中に収まっている。
「ん、あ、俺、こっちの味の方が好きかも」
とさっきまでガイの口の中にあったそれを美味そうに舐めている。
あまりの事に呆然とするガイとは違い、ルークはいつもと変わらずに
「ほい、じゃ交換」と自分が今まで咥えていたキャンディーの棒をガイに握らせる。
ガイの視線はさっきまで口の中にあったキャンディーから、手元にあるチョコとバニラのマーブル模様のキャンディーへと移される。
内心の動揺を押し隠し、いつものような笑顔を必死で作り込んで
「おいおい、これじゃあ間接キッスになるだろ」とガイは冗談めかす。
その言葉にルークは、少し目を見開き、それから「女子中学生かっつーの」とふてくされたように舌打ちをする。
「女子中学生って俺のことか?」
「これくらいで大袈裟に騒ぎ立てるからだろ」
どこか苛立ったようなルークの言い方に、温厚なガイも珍しくむっとする。
男女ともに友人の多いルークからすれば取るに足らない事であろうが、工業系男子に囲まれ青春時代を過ごしているガイにとっては驚くべきことである。
その空気を察したのが益々ルークは苛立ったように声を荒げる。
「これくらいでキスとか騒ぐなよ。キスってのはさあ」
そういうと、ガイの腕をぐいっと掴んで引き寄せる。
躊躇う事なく、ルークはそのままガイの唇に自らのそれを押し当てる。
「え」と言葉を漏らす前に、唇は塞がれ、あまつさえその隙間からルークの湿った舌が入り込む。
初めての感覚に身を知らず竦ませ、開いた瞳はぎゅっと閉じる。
だがそれでも、腕を掴むルークの手を振り払う事も、顔をそむけることもガイはしなかった。
入り込んできた舌はゆっくりと歯列をなぞって、奥に引っ込んだガイの舌と絡め合わせる。
暖かなそれは、人の舌や唾液に味があるのだと、ガイに知らしめた。
視覚を遮断しているために、他の感覚は鋭敏になる。顔にかかる息や、腕を掴む手の熱さに、くらりと目眩のような陶酔をガイは覚える。
ひとしきり口内を嘗め尽くしたルークの口がゆっくり離れる。
時間にすればわずかの出来事だったのかもしれないが、ガイにはひどく長い時間に感じた。
「俺と、ガイの舌。同じ味がする」
ぞくり、と。
その言葉で背が震えた。
そっと目を開ければ、あまりに近い幼馴染の顔がそこにある。見慣れたはずの顔なのに、まるで違う顔のようにガイは感じた。
夕焼けを背にして翳りをつけた顔の中で翠の双眸がきらきらと輝いている。濡れた唇からわずかにのぞく舌は彼の髪よりも赤く色づいている。
それに見蕩れて、ガイは言葉ひとつ紡げずにいる。
ゆるりとルークの顔が近づいてくる。ルークに魅入られたように、ガイは逃げることも、瞬きすら忘れルークを凝視していた。
その時

「ガイ、ルーク君。御飯が出来たわよ」

一階から母が二人を呼ぶ声がした。世界は再び正常な方向に動き始めた。
「はーい、今いきまーす」
いつもと変わらない様子でルークが返事をする。先ほどまで纏っていた特殊な空気は霧散している。
立ち上がって「腹減ったー。ほら、早く行こうぜ」とまだ呆然としているガイに声をかける。
「あ、ああ」
ガイもゆっくり身体を起こす。待ちきれなかったのか、ルークは先に部屋を出てしまった。
キスの衝撃で手からこぼれ落ちたチョコバニラ味のキャンディーが床に転がっている。
先ほどの出来事が夢のようで。だが、現実だったのだと示すように。


そしてそれから一週間。
ガイの生活は普段通りであった。夜になればルークから「今日の授業かったるかった」というメールが入り、それに「勉強はちゃんとしろよ」と返信する。
あのことにはどちらも触れなかった。
あれはルークにとっては些細な出来事だったのだ、とガイは何度も自分に言い聞かせた。
単なる冗談。ちょっと過剰反応してしまった自分をからかうためにやったキスに過ぎない。それ以上に意味はない行為。
そう考えると胸がチクリと痛んで仕方がない。
だからコンビニに寄って、その店にあるチェリー味のキャンディー全て買い占めた。
店員の女の子から「この味お好きなんですか?」と尋ねられ、一呼吸おいてから「ああ、大好きなんだ」と微笑んだ。
歩く度にビニール袋がかさかさ音を立てる。
大好きなんだ。とさっきの言葉を反芻しながら、何故胸が痛むのかをガイは理解した。
それから「参ったね」と小さく独り言を零して後ろ頭を掻く。
部屋に戻って、キャンティーをつまんでくるくる回す。
「同じ味がする」
といったルークの声が今でもすんなり再生できる。今まで聞いたことのないほどに艶のある、熱っぽい声。
これを食べればあの時の味になるんだろうか。
そんな自分のセンチメンタリズムに苦笑しながら、包み紙を開いて口に咥える。
広がる味はあの時と変わらない筈なのに、何かが物足りない。
その時携帯がその「物足りない何か」からのメールを受信した。


ルーク視点へ




第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!