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小話
チュッパチャップス ルーク


「この屑が!いい加減にしろ!!」
食事を終え自室に戻るまでの長い廊下を歩くルークの背に、怒号が投げられる。
ん、俺?とルークが振り向くと、彼の双子の兄が肩を怒らせずんずんと大股でこちらに近づいてくる。
「なんだよ、屑って。ルークだろ、弟の名前も覚えれねーのかよ」
「うるせえ、屑は屑だろうが!父上がお仕事で家を空けて母上だけなのを良い事に…テメエは食事のマナーすら守れねえのか」
「ああん?」
アッシュに剣幕に、ルークは何一つ思い当たるふしはないらしい。何のことだよ、と言わんばかりに腕を組んでアッシュを睨み返す。
「ここ数日、暇さえあれば飴咥えやがって!食事の時くらい出せ!」
ルークの口から出ている小さな棒をびしっと効果音がつきそうな勢いで指さす。
その時漸く気づいたように「あ、これか」と咥えていたキャンディーを口から取り出す。
取り出したそれをずいっとアッシュに向けて差し出す。
「やる」
「いるかー!!!!」
血管がブチ切れそうな勢いで怒鳴るアッシュに、ふっとルークは鼻で笑う。
「ばーか、誰がやるかよ」と言って再びキャンディーを口の中に戻しアッシュに背を向けてスタスタと歩き出す。
後方でアッシュの怒号と、それを宥める執事やメイドの声がするが、ルークは振り返らない。
今は彼の頭の中は違う事でいっぱいだからだ。
アッシュから拒否られても全然悔しくないのに、あの時はなんであんなに苛立ったんだろう、と。
ルークがあの時と指すのは、5日程前に年上の幼馴染との出来事であった。
彼の部屋で一緒に飴を舐めていたら、何故かいつの間にかキスをしていた。しかも舌をいれた思い切り濃厚なキスを。
その切っ掛けとなったのが、口にしていたキャンディーであった。
ルークとしては軽い気持ちだった。チョコミルク味がいいと選んでおきながら、ガイが食べているチェリー味が気になりだしたのだ。
だからいつものノリで「もらい」とばかりにガイの口からキャンディーを奪った。口に広がるチェリーの味が美味しくて、チョコミルク味の甘ったるさに飽きてきたルークが「じゃ交換」と差し出した。
それをガイはやんわりと拒否した。
「これじゃ間接キスだろ」と笑ってはいたけれども、ルークにはガイが心底困っているのが付き合いの長さからわかっていた
その言葉を聞いた時、何故かルークは激しく苛立った。
んだよ、俺はガイのキャンディー舐めれるのに、ガイは舐めれないのかよ、と。
頭が冷えた今となっては、それは言いがかりもいいところだ、と自分の行動に苦言を呈する。
酔っぱらいのおっさんが「俺の注いだ酒がのめねえってのかよ」と絡んでるみたいじゃないか、とルークは頭を抱えたくなった。
だけどガイの拒絶はルークをこの上なく苛立たせ、そして頭に血を上らせた。
衝動のままにキスをした。
本当に何かに衝き動かされたように、身体が先に動いていた。すぐさま離れれば、まだ冗談ですませられたはずだ。
だがルークは初めて触れたガイの唇をさらに深く貪ってしまった。
重ねた時にガイの唇がかるく開いていたのを良い事に、隙間に舌を滑り込ませた。その時ビクっと身体を強張らせたが、ガイからの拒絶はなかった。
夢中で舌を絡めてゆるく吸って、敏感な部分を舐め上げて、さっきまで咥えていた飴のせいでちょっとふやけた頬の内側を舌先でつついて。
思う様貪り尽くしたはずなのに、唇が離れた時から、まだまだ足りないと感じた。
ぎゅっとかたく瞑っていた瞼をゆっくり押し上げ、その青い瞳は自分だけをうつしている。そこにはルークが恐れていた嫌悪は微塵にも差していなかった。その事に安堵し、そしてまた触れたいと思った。
だが、ガイの母親の声でそれはあっけなく終わりを告げた。
その時ルークは自分の身体の変化に気づき、気付かれないように立ち上がって平静を装った。
先に部屋を出て、頭の中で素数を数えて身も心も落ち着かせようと最大限の努力を強いられた。

それが五日前の出来事だった。
さて、それからルークはとにかく日常に戻ろうと懸命に努力した。
だが、いつものようにガイにメールを送ろうとして気づく。ルークは日常の些細な愚痴や不満をいつもメールして、ガイから嗜まれる。
なんか俺、すっげえ子どもっぽくね?こんな子どもの愚痴聞かされてガイはいい加減俺に呆れるんじゃね?見捨てられたらどうしよう、つーかこの前だってあんな事したし…
そんな風にルークの思考はネガティブ一色に染まる。
それから彼はコンビニ数軒回って例のキャンディーのチェリー味を買い占めた。
最後のコンビニの女の子から「お好きなんですか?」と尋ねられ「そーだよ、悪いか」と照れてしまってぶっきらぼうに言い返してしまった。
お陰で部屋には大量のキャンディーがある。暇さえあればずっとルークはそれを咥えていた。
その理由をルークはとうに自覚している。
だって、これはガイの味だし。
口に広がるチェリーの味。でも何か物足りない。
何が物足りないのかもルークは知っている。
知っているけれどこの先へと踏み出す勇気はない。
先日は拒否されなかった。だからといって次も受け入れてもらえるとは限らない。
「なかったこと」にするのが一番いいんだ、と自分に言い聞かせて、キャンディーを舐める。
そう言い聞かせた先から口に広がる味の中の物足りなさに、焦燥感を覚える。
ルークは深く息を吐き出して、長い赤い髪をがしがしっと掻くと「参ったなあ」と弱々しくつぶやいた。




さて、その翌日。
ルークが学校から戻ると部屋に買い置きしていたキャンディーがどこにもない。
「おい、これはどういう事だ!」
部屋付きのメイドが申し訳なさそうにひたすら頭を下げている。
誰がそれを指示したのかをルークは理解した。怒られると身体を竦ませているメイドに
「お前は気にすんな」と声をかけてから、サイフを持って家を出る。
隠すんならまた新たに買うまでだ、バーカと胸の中で黒幕である双子の兄に毒づきながらコンビニへと向かう。
だが、そこにはチェリー味だけなかった。
「マジかよ」と思わず零したルークに、先日の店員の女の子が声をかけてきた。
「発注して今日入ってきたんですけど、もう売り切れてしまって」
「俺みたいに誰か買い占めたとか?」
苦笑いしながら訊いてみると、女の子も曖昧に笑顔をみせながらも小さく頷く。
仕方ねえなあ、違う店回るか、と出口に向かうルークの耳に、店員同士の会話が耳に入る。
「金髪のあの人でしょ、買い占めたの」「そうそう、背の高いイケメン」
え、と思わず振り返ったが、ルークと入れ違いに新たな客が入ってきて彼女たちの会話は終わってしまった。
もしかして…とルークはじわりと胸が喜色に染まっていく。
慌ててデニムから携帯を取り出して、メールを送ろうとする。
文字を打つ指が柄にも無く震えてうまく打てない。
もしかして、もしかして、もしかして。
一瞬にして世界が色を取り戻していくような、天にも昇る気持ちとはこういうものなのか、とルークの気分は高揚しっぱなしである。
メールを送信し終えると、途端に不安が胸に広がり陰が差しそうになるが、すぐさま返ってきたメールをみて
「っしゃ」とコンビニの前で力強くガッツポーズをした。



********


「ほら、これ」
ガイから差し出されたのはあの日ここで見ていた映画のブルーレイディスク。
夕食をご馳走になった後、慌ただしく彼の家を出てしまい忘れていたのだ。
「サンキュ」と受け取りながら、部屋の隅々まで視線を送る。ガイの部屋はいつも通り、綺麗に整理整頓され必要なもの以外は置かれていない。
「ガイ、腹減った」
あの時と同じ言葉を投げると、え、と目を瞬かせる。
「飴くれよ」
そう言葉を重ねると、気まずそうに視線を外して「ないよ」と返答する。
「えー、ねえのかよ」
不満そうに口を尖らせると、ルークはまたどっかりと床に座り込む。ベッドの背を預けてガイを仰ぎ見る。
「ずっと飴舐めててアッシュからキレられてさ。買い置きしていたの全部没収。
悔しいからさっきコンビニ行ったら、俺が欲しい飴買い占めた奴いるみたいでさ」
ルークの言葉でガイは必死で平静を取り繕おうと口元をピクリと引き攣らせている。
「で、こういう時の隠し場所の定番ってさ」
一度言葉を切ると、腕をベッドの下に滑り込ませる。あっさりとビニールの袋の感触が手に伝わる。
「お、おい」
慌てて制止するガイに、その戦利品を引きずりだして掲げてみせる。
「飴くれよ」
再度そう乞うてみせると、ガイは視線をまた漂わせて「勝手に食え」と素っ気ない。
「じゃなくてガイの舐めた飴がいい。
普通の飴じゃ足りねえの」
心臓が痛いくらい鼓動を打ち、手のひらにはべったり汗をかいている。声が震えないように、緊張しているのを悟られないように。
勇気だして踏み出さないと、無理矢理にでもガイを引っ張り出さないと、きっと俺達の関係は始まらない。
無自覚なままでこんなに長く付き合ってきたのだから、その平穏な関係の居心地の良さはでかい壁だ。高くて厚い。
でもそれを打ち破らないと、気持ちがわかったのに。核心に触れることなくなかった事になってしまう。
これはルークの賭けであった。
いつもの奔放な我儘の皮を被って、ガイに新たな関係へを誘う。
その手を弾かれても、まだ「冗談」ですませられる退路をつくりながら、それでもガイを仰ぐ瞳はいっそ滑稽なほど真剣そのものだ。
沈黙が部屋に満ちる。
ルークはどくどくと血が全身を巡って熱くさせるのを自覚する。息を詰め、目を見開いているガイが次にどうするのかを注視する。
拒否するか、困ったようにするのか、怒るのか、冗談めかして誤魔化すのか、それとも。
蒼い瞳をゆっくり細め、優しく、そして愛おしげに、ガイは微笑んだ。
床についた手の甲に暖かなガイの掌が重ねられる。
ガイの笑顔などルークはそれこそ数えきれない程に見てきた。だが、初めてガイの微笑みをみたように、心が芯から震えた。
「それ、もしかして告白か?」
優しく嬉しそうに笑いながら、かける言葉はいつものようにからかいが多く含まれている。
それが悔しくて
「そーだよ、ワリイかよ」
と居直ってみせる。
「もっと気の利いた言葉を選べないもんかねえ」
「歳の数と恋人いない歴が同じなガイには言われたくねえな」
「ちがいない」
手は重ねたままで、会話をしながら二人の身体は密着していく。額を突き合わせる程に近くなると、一度互いに口を噤む。
互いの目をみて、それから一呼吸おいて、再び唇が優しく重ねられる。
重ねるだけで離れると、また二人で視線を絡ませ、悪戯っぽく笑いあい、また唇が重ねられる。

それが深くなっいき、またあの味をルークが堪能するまであと少し。




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