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小話
過去の情景
※ホド幼少


ガイラルディア・ガラン・ガルディオスは夜の8時には寝台にあがる。
まだ眠くないよ、と口を尖らせる彼に、姉であるマリィベル・ラダン・ガルディオスは「眠らないと大きくなりませんよ」と諭す。
ぶーっと頬を膨らませるが、傍らで椅子に座った姉が本を開いて読み聞かせが始まると、ものの五分ともたたずに安らかな寝息をたてはじめる。
そんな毎日である。
ただ、例外はある。クリスマスはその就寝が一時間程遅くなる。そして大晦日は「ガイラルディアが起きていられるまで」とされている。
そしてガイラルディア4歳の秋、新たな例外が加わる事となる。
「行く先はナイマッハ家とフェンデ家だけですよ。それ以外のお宅は、ハロウィンの飾りをしていても訪ねてはいけませんよ」
狼のカチューシャを最後に金色の髪にさしてやりながら、マリィベルは言い聞かせる。それは今日だけで二桁にせまる勢いだ。
ガイラルディアは、姉が自分を心配している事が幼いながらもわかっていたので「さっきも、ききました」というのは憚られ、素直にこくこくと頷く。
扉には今日彼とともにまわる事になっている、ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデが佇んでその様子を微笑ましそうに見守っている。
「では、あねうえ、いってまいります」
「はい、気をつけるのですよ」
姉に一礼すると、軽い足取りでヴァンデスデルカの元へと駆けていく。フェイクファーのマントの裾にとりつけられた尻尾がそのたびに揺れる。
海賊の恰好をしたヴァンデスデルカと手をつないで、新月の夜道を歩き出す。
灯りはヴァンデスデルカが手にしたジャック・オー・ランタンのみ。
ガサガサと風が吹いて葉がこすれあう音に、ビクリと過剰にガイラルディアは反応する。
彼はとても臆病だ。だからこそ気配に聡い。
「ねえ、ヴァン。だれか木のかげからぼくたちをみてない?こわいおばけがぼくたちを、たべようとしていない?」
「いいえ、誰もいませんよ」
不安で何度も問いかけるガイラルディアに、ヴァンデスデルカは優しく言葉を返す。
ヴァンデスデルカは内心「もう少しうまく隠れていただけると嬉しいのだが」と苦笑いする。
木々の影で、有事の際は飛び出し、領主の跡取り息子をまもる気でいる兵士たちに向けて。
そんな問いかけを数度繰り返した後、ガイラルディアは何か思いついたように、獣を象ったボア付きの手袋を片方だけ外す。
そして、もう一度ヴァンデスデルカと手をつなぐ。
その行動の意味を計りかねたヴァンデスデルカが小首を傾げると、ガイラルディアは笑ってみせる。
「だって、あのてぶくろ、もこもこしてて、ヴァンが手をつないでくれているかわかんないんだよ」
ああ、それで。でも寒いのではないだろうか、とヴァンデスデルカは気遣わしげな視線をガイラルディアにおくるが、本人は寒さよりも安堵感のほうが先に立つらしい。
ヴァンデスデルカの掌はまだ少年ながらも、毎日剣を振るっているため、内側の皮膚はとてもかたい。彼の姉のように柔らかではないのだが、それでもガイラルディアはヴァンと手を繋ぐことを好んだ。

ナイマッハ家の白い扉の前にたち、ふたりで「せーの、トリック・オア・トリート」と声をかける。
すると扉が開いて、にこにこと目を細めてペールギュント・サダン・ナイマッハが顔を出す。
「おや、可愛い小鬼さんたちだね。お菓子をあげるから勘弁しておくれ」と大きな袋をガイラルディアとヴァンデスデルカに差し出す。
途端にガイラルディアの顔が輝く。
「うわあ、おっきい」
はしゃぐガイラルディアに、ヴァンデスデルカが、よかったですね、と声をかける。
ただ片手でガイラルディアがもつには少しばかり大きいものであった為、ヴァンデスデルカが「持ちますよ」と手を差し出すが、ふるふると顔を左右に振る。
「だいじょうぶ」
「気をつけてお行きなさい」
「はーい、ばいばい」
振り返り、手を振る。ペールギュントの姿が見えなくなるまでそれは幾度も繰り返された。

「ねえ、ヴァンはどのおかしがすき?」
「そうですね。特に何が好きというのはないですね。疲れた時は甘い物を身体が欲するくらいでしょうか」
「そうなの。ぼくはチョコレートがすきだけど、あねうえがあまりたべちゃだめだって。たべたらすぐはみがきしなさいって言うし」
「虫歯になりやすいですからね。マリィベル様はガイラルディア様が歯が痛くならないようにお気を配っておいでなんですよ」
「うん、そうだね」
お菓子を貰った喜びで暗闇への恐怖心が薄らいだガイラルディアは、いつもの調子が戻ってきたようであれこれとヴァンデスデルカに話しかける。

フェンデ家は緑と花に囲まれた屋敷で、ガイラルディアはファンデ家のまわりだけ空気が澄んでいるようにいつも感じていた。
それは宵闇に包まれても変わることはない。
「トリック・オア・トリート」
扉が開かれると、鳶色の長い髪を垂らしたファルミリアリカ・サティス・フェンデが微笑みながら立っていた。
「まあ、可愛い狼さんに、海賊さんね」
ガイラルディアはファリミリアルカの透き通った優しい声が大好きであった。その歌声は聞く者すべての心を震わせる、と言われているが、彼女は滅多な事では人前で歌うことはなかった。
「はい、夜道に気をつけてね。そして、海賊さんもお泊りするおうちで粗忽な振る舞いをしないように気をつけてね」
ガイラルディアとヴァンデスデルカに、彼女の手作りのお菓子の入った袋を握らせる。
ガイラルディアがフェンデ家を去る時も、ペールにしたように何度も振り返り手を振った。

「ヴァンのお母さん、きれいでやさしいよね」
「ユージェニー様もお美しくてお優しいですよ」
「うん」
にこにこ笑いながら、ガイラルディアはヴァンデスデルカの手をぎゅっと握る。
暗闇の中でも怖くないのだ、とガイラルディアは思う。
優しい人達に囲まれているのは、なんと幸せな事なのだろう、とガイラルディアは思う。
家路につくと、遠目からでも玄関の扉は開けられたままで、そこに姉のマリィベルが立っているのがみえる。
ガイラルディアは駆け出す。
「あねうえー」
手にしたお菓子をぶんぶんと振りながら名を呼ぶ。
ガイラルディアの姿をみて、マリィベルは心配で強ばっていた表情をほっと安堵に緩ませる。
「おかえりなさい。寒かったでしょう。ホットミルクを用意させましょう。ヴァンデスデルカもご苦労でした」
マリィベルの手に触れて、ガイラルディアは不思議に思う。手が冷たいからだ。
まだ幼いガイラルディアには、彼女がどれほどの間玄関口で立って待っていたのか、結び付けられないでいる。
疑問におもいながらも、マリィベルが用意していた菓子を渡されると、ガイラルディアはその事を忘れる。

とても、とても、彼は優しさに包まれていたのだ。


ガイラルディア・ガラン・ガルディオスは、目尻から零れた雫が肌を伝う感触で目を覚ます。
起き上がると、その目から次々に涙が溢れ出す。
「参ったな」とひとりごちる。まるで昔の「泣き虫ガイラルディア」だ。
夢は、昔の情景をそのまま映しだす。
掌を目に押し当てて、溢れる涙を抑える。
どれほどそうしていただろうか。ガイラルディアが手をシーツに落とすと、その青い瞳はもう揺れてはいなかった。
ベッドからおりて、窓際へと寄る。カーテンをひらくと、濃紺の空を朝日が差しはじめ、美しいグラディエーションを描いている。
「晴れそうだな」
今日は夜はイベントデーだ。子どもたちが雨という厄災から逃れたようで、ガイラルディアは安堵する。
預言のなくなった世界では、皆、空をみて、雲をみて、風を感じて、天候を予測する。
それはなんと不確かで、なんと幸せな事だろう。
さあ、一日の始まりだ。と、ガイラルディアは、朝の稽古をするため、まずは洗面台へと向かう。
過去の情景の喪失に涙する事はあっても、もう囚われる事無く歩き出す。前に。未来に。




トリック・オア・トリートの朝の情景 日記より転載しました

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