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小話
ヴァンとガイ 
リクエスト第一弾のヴァンガイ 公爵視姦に続く話
上記の話の後、ガイはヴァンを避け続けていたという設定
エロなし


バチカルの街を紅に染め上げた夕暮れ時、雑踏の向こうに見知った顔を見つけてガイは慌てて踵を返す。
跳ね上がる心臓、じっとりを汗をかく掌、足早に人の流れに逆らい、狭い路地に身体を滑り込ませる。
ひんやりとしたカビ臭ささが鼻腔を擽る。
壁に身を預けて、首を僅かに捻ると、夕刻の大通りを忙しそうに行き交う人々の姿がある。
ふうっとガイは詰めていた息を吐く。
どうやら気づかれなかったようだ。
安堵と共に、両脚は力を失いずるずるとその場に座り込む。
人より、猫や鼠の通りが多そうな小汚い路地だ。衣服が汚れるな、とどこか他人事のようにガイは考えた。
そのまま座り込んで汚れた壁をただ見詰めて時間を過ごす。
緊張と興奮が身体から抜け落ちていくと、なぜ、あいつが此処に?という疑念が沸き上がってくる。
ヴァンがバチカル入りすれば自然とその情報はガイの耳に入ってくる。誰かと見間違えたのか、とそうガイが考えていた矢先、声をかけられる。

「気分でも悪いのか」
低音の、酷く耳障りのよい声に、ビクリを身体を竦ませる。
それはあまりに聞き覚えのある声で、声のする方にゆっくりと顔を向ける。
路地の入口を遮るような形でヴァンが立っている。
一瞬で、緊張が身体を走る。
脱出口を探るべく、路地奥に視線を走らせるが、そこには高い壁で遮られている。
後先を考えずに袋小路に逃げ込んだ己の愚かさや余裕の無さにガイは悔いる。
気持ちを切り替え、早々にこの場から立ち去ろうと素早く頭で考えを巡らせる。
「…少しばかり立ちくらみを起こしたものですから。謡将にいらぬ心配をおかけいたしました」
ゆるりと立ち上がり、衣服の汚れを手で払いながら、殊更平静さを保つ。
「このような場所で座り込むのは関心しないが」
「人前で無様に倒れるのが恥ずかしい年頃なものですから」
軽く笑ってみせるが、ガイは視線をヴァンに合わせることはない。
「買い物を頼まれているものですから。それでは謡将、ご心配をおかけしました」
薄汚れた地面を見つめたまま、ヴァンの横を通りすぎようとするガイの腕を、ヴァンが強い力で掴む。
予測していた事なので、ガイは内心の動揺を表に出さずに平静さを保つことができた。
「遅れると屋敷の者が心配しますので」
ヴァンの行動を諌める言葉を、ふっと鼻で笑う。
「気分が優れぬのならば、教団のバチカル支部にある私の私室で休むといい」
「滅相もない。謡将にご迷惑をかけられません。幸いにめまいも治まりましたし」
すると、ガイの腕を掴んでいた手をヴァンはあっさりと放す。強い力から解放され、ガイは内心で安堵の息をつく。
そのまま脇を過ぎて大通りに足を向かわせようとした時、視界がくるりを回転した。
「本人が迷惑と思っていないのならばかまわぬだろう」
ヴァンの肩に担がれている事をようやく理解する。
長身の自分を軽々とその肩に担ぎ上げるヴァンの余裕が憎らしくなるが、そのままの状態で大通りに戻ろうとするヴァンに、ガイが慌てて制止する。
「お、おい!目立つだろ!」
「構わん。私は気分のすぐれぬ者を運んでいるだけだ」
「だからって!下ろせ、おい!!」
歩くたびにひらひらと揺れる僧衣を掴んで、ぐいっと抗議の意味合いで引っ張る。
「ふっ、ようやくまともに口を開くようになったな」
なっ、抗議の声をなんとか呑み込む。我を忘れて「ガイ・セシル」の仮面が剥がれてしまった。
夕刻の大通り。皆が忙しそうに行き交う中、視線を集めている事をガイは自覚していた。顔をあげる気力などあるはずもなく、揺れる僧衣と地面を黙って見つめていた。


「お帰りさないませ、グランツ謡将」
「気分が優れないようなので、私の私室で休ませることにしている。誰が訪ねて来ても、このことは口外無用だ」
「はい」
ビシっと背筋をのばして敬礼するオラクルを一瞥すると、担いだまま支部の中をいつもと変わらぬ足取りで歩く。
オラクルはヴァンの姿を捉えると、皆一様に敬礼するが、担がれたガイの事を問いかける者は誰一人いなかった。
奥の部屋の扉を、見張りの兵士が開くと、そのまま部屋の中央まで歩みをすすめ、来客用のソファにガイをようやく下ろした。
荷物のように扱われ、ここまで問答無用で連れてこられたガイは、立ったままのヴァンを睨み上げる。
「…どういうつもりだ」
「気分が優れぬと申したのは貴公だ。だから連れてきた。何か問題があるのか」
「治ったって言葉はその耳には入らなかったのか?その髭伸ばすようになってから耳まで遠くなったか」
髭を軽く一撫ですると、ふっと笑う。
「都合の悪いことは耳に入らぬようになったようだ」
ヴァンの軽口など、ここ数年耳にした事などなかったガイは驚きに瞠目する。
「さて、ガイ。
何故、私を避けるのだ。聞かせてもらおう」
座らせたガイの逃げ場を断つように、ソファの背を掴んで見下ろす。
その瞳の強さに僅かに怯むが、ガイはそれを噛み殺して、ヴァンを見上げる。
「あんな事したんだ。顔を突き合わせたくないだろ」
忘却出来ぬならば、記憶の片隅で眠らせたままにしておきたかった、あの夜の出来事。
記憶を蘇らせる契機になるヴァンを避けるのは当然のことだった。
何よりも、公爵との関係を問いただされる事が怖かったのだ。
白日のもとに晒されて、自分が男に組み敷かれる、力なく弱い存在だと知られたくはなかった。
「ならば、訊こう。
公爵との関係はいつ始まったのだ」
ヴァンは容赦なくガイを責め立てる。
ぐっと唇を白くなる程にかみしめる。だが、目は逸らさない。
終焉の足音がそこまできている事をガイは悟る。逃げきれぬものではないのだ。
「10ヶ月程前だ」
「何故言わん」
「お前に言う必要があるのか?」
「不本意な関係ならば、何故屋敷を逃げ出さなかった」
ヴァンはガイを追求する手を止めようとはしない。
「はっ、こんな事くらいで、仇の前からノコノコと逃げ出すのか」
「これは笑い種だな。復讐のために仇に抱かれるか。なんとも本末転倒な話だ」
「復讐の一巻として幼なじみを抱いたお前の口が言うか」
「話を逸らさないでもらおう。誰が望んだのだ、そんな復讐を。
弟君が仇に抱かれるために、マリィベル様は身を挺してお前を守ったのか」
その言葉に、ガイが眦を決する。
「じゃあ、聞かせろよ、何がある?今の俺に何があるっていうんだ。
両親も姉も、メイドも兵士も、屋敷も、あの森や湖も、俺の全てだった世界はこの世には存在しない。
俺のわがままに付き合って、庭師にまで身を落としたペールさえ、も。
誰も、もう、いな、い。
俺は、からっぽ、なんだよ」
わななく唇から溢れ出る感情は、ずっとあの日からガイが抱え込んでいたものであった。
爆発するそれは、ヴァンが彼の世話をしていた頃、泣き出す手前の、ギリギリまで追い詰められ、それでも溢れそうな感情を、涙を必死で堪えて身体を震わせていた姿と重なる。
「からっぽの俺には、復讐、しか、な…い。だから、空っぽの身体が、どう、なろ、…うと、大丈夫なんだ」
途切れ途切れの言葉をようやく最後まで紡ぐと、溢れるものを抑えるように、ぐっと唇を噛み締める。
ヴァンはゆっくりと膝をついてガイと目線を合わせる。
悲しい色を帯びた声で、静かにガイに尋ねる。
「今の貴公に、私は存在しないのか」
その言葉に、蒼い目が大きく開かれる。すぐさま、初めは小さく、だんだんと大きくかぶりを振る。
きつくかみしめていた唇は、何か言葉を出そうとして、うまくいかずに、ただ小さくわななくだけだ。
「ならば、そのような、自分を空っぽなどと言って貶めるな。何があろうと、私がいる」
蒼い瞳にみるみる涙が溜まっていく。
弱々しい声が、乾いた唇から紡がれる。
「でも、……みただろ。俺が、あの屋敷で、何してたか。最初は……嫌だったさ。でも、拒否する事も、逃げる事も、俺は、選ばずにずっと公爵に、抱かれ続けた。
お前は、もう、俺を………っ」
喉から溢れ出そうになる嗚咽を呑み込むために、再びぐっと噛み締める。
「言ったはずだ。何があろうとも、私がいる。
私が貴公を軽蔑する事などこの先オールドランドが消滅するその日まで起こり得ぬ。
誓いは永久に。
ガイラルディア様に、永久の忠誠を。愛を。慈しみを。優しさを。抱擁を。
貴方が望むのならば全て私は差し出しましょう」
「ヴァ……ヴァンデスデルカ!!」
堰を切ったように流れ落ちる涙と共に、唇は名を呼ぶ。あの日以来、口に出さずにいた名を。
ヴァンの胸に顔を埋めて、肩を震わせて慟哭する。
「こわっ……か、った。……いた、く、て、こわ、くて。で、………でも、だれ、にも、言えなく、て。逃げた、ら、復、讐出来なくなっ。
だから、……ここ、ろ、とざした……。こ、こんな事、たいした、事じゃ、ない…って、自分に、言い聞かせ…」
嗚咽まじりの途切れ途切れの言葉に、ガイの背をゆっくりを撫でながらヴァンは心を痛める。
復讐する事でしか存在意義を確立できぬとという彼の思い違いに、何故早く気づいてやれなかったのか。
苦しげに顔を歪め、背に回した手を抱擁の形にかえる。
「もう良いのです。貴方は頑張りました」
「……っとう…に?」
「ええ、もういいのです。ゆっくり休んでください」
「ヴァン!ヴァ……」
ぎゅうっと腕に力を籠める。


昂揚したものが、ようやく落ち着きをみせる。
ゆっくりと腕を緩めると、真っ赤になった瞳でヴァンを見上げる。
恥ずかしそうに、ぎこちなく、ガイは微笑む。
話さなければならない事は沢山ある。今までのこと、これからの事。
「少し眠られるとよいでしょう」
「まだ夕方だぞ?」
「そうですか。泣かれた後はいつも眠られていらっしゃったので」
「俺はもう4歳の子供じゃないんだぞ」
涙の筋が残った頬をゆっくり撫で、ヴァンは優しく表情を緩ませる。
「では、私が疲れました。184センチの青年を肩に抱えたものですから」
「お前が勝手に担ぎ上げたんだろう」
「お姫様抱っこのほうがお気に召しましたか?」
「あるかっ!」
「では、話をしましょう。私たちはきっとそれが足りなかったのです。私は小さな意固地をはり、大切なものを失う所でした。
ガイラルディア様に話さなかった私の過ちや、私の想いを。
言葉にせず想いが通ずるなど、自分に都合の良い幻想は抱かぬことにしました」
ガイの手に、自分の手を重ねる。その手にまたポツリと水滴が落ちる。
「ば……か…。饒舌な、お前…なんて。明日は、雨だ」
「ええ、そうですね」





その日を境に、ファブレ公爵家からガイ・セシルは姿を消した。









「過日、使用人が消息を絶っておる。
人を手配して探させておるが、その中で一つ面白い情報が耳に入ってきたのだが」
多くの人が行き交う大通りで男が男を担ぎ上げたのだ。その出来事は人々の記憶に残っているだろう。
「その名は、ガイ、でしたな」
「ああ、そうだ。謡将、貴方が拐かしたのではないかね」
「その前に一つ興味深い話を耳にしまして、それを調査しておりました。こちらがその資料です」
一枚の紙を公爵に差し出す。
「ガイ・セシルは仮初の名。
本名は、ガイラルディア・ガラン・ガルディオス。
そう、ホド戦争の契機となった、ガルディオス伯爵家の遺児です。
その彼がこの屋敷にどのような目的でやってきたのかは容易に推測できますな」
ガイの本名を明かしても眉一つ動かさずに、威厳を含んだ低い声色で公爵は尋ねる。
「それは、もう追うな、という事かね、グランツ謡将」
「差し出がましいことは申し上げるつもりは毛頭ございません。ただ、これはキムラスカにとっては軽視できぬ事態であります。
インゴベルト陛下や、モース大詠師のお耳に入れておいた方がよいかもしれません。
さすれば公爵様がガイの行方を追う手助けとなるやもしれません」
それはヴァンにとっては、賭けであった。
ガイの本名を聞いてもなお反応ひとつ示さなかった公爵。だが、あの夜にみせた翡翠の双眸に浮かんだ執着の焔に賭けてみることにした。
ガイの首に何らかの懸賞がかかったとして、匿いきれる自信はある。
それでも、逃げまわるような生活を彼に強いることはしたくはなかった。
公爵が手を引けば、こちらもガイの素性を公にすることをしない。
なんともバカバカしい取引だ。公爵に何一つ益をもたらさない。
だが、公爵がガイに寄せる感情を見誤らせていなければ。彼の生命を危ぶまれるような選択を良としなければ。
「……ガイ、とか言ったな、ルークの付きの使用人だ。
己の復讐心を恥じて屋敷から姿を消したというのならば」
一度言葉を切ると、冷たく鋭い眼光でヴァンをきつく見据える。
「身分詐称さえ見抜けないと嘲笑される事は、ファブレの本意ではない。
その男が姿を消したならば、深く追うことは止めておこう」
その言葉に、ヴァンは資料と共に持参した一通の手紙を差し出す。
「心得ました。これはとある経路で入手したものです。どうやらその人物の手紙のようで、中身は見ておりませんが、恐らくは職を辞する内容ではないかと」
用意周到なことだ、と公爵は僅かに眉を顰めてそれを受け取る。
ガイの身分を証す資料を手元の蝋燭の炎で燃やすと、片付けろ、と言わんばかりに無言で顎をしゃくる。
ヴァンはハンカチで炭を包み、屑籠に放った。
「では、夜も更けてまいりましたので、これで」
そのまま扉に向かうヴァンの背に、公爵の声がかかる。
「グランツ謡将」
振り向くと、そこには静かな怒気を滾らせている公爵があった。
「今回の件、決して安くはないぞ。覚えておけ」
「ええ、心得ております」
会釈をし、扉をしめると、ヴァンは息を小さくつく。
公爵がこの先、ヴァンに何を要求するのかは容易に想像がつく。それを厭う想いはない。
ガイを守るためならば、この身など一つも惜しくはない。
客室に戻る長い回廊の途中で歩みを止める。窓の外は美しい月夜が広がっている。
彼も、今、この空をみあげているだろうか。いや、安らかな眠りについている事を願う。
彼の見る夢が優しいもので溢れている事を願う。






おーとりさんから「あのままではヴァンが可哀想」という言葉をうけて書いておーとりさんに押し付けた話。
一番楽しんだのは公爵とヴァンの会話部分でした。
そしてそれをおーとりさんによまれていました。
時系列的にはリクエスト第一弾の最後の白光騎士団×ガイの数ヵ月後というあたりです。

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