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小話
新米大使なガイ
外交官ガイの公爵バッドエンド回避した話




ファブレ公爵家の長い回廊を、赤く長い髪を靡かせてバタバタと音を立てて走る。公爵が領地視察に出かけている屋敷でそのような無作法を容認されるのは唯一人。
すれ違ったメイド達が「まあ」とその後姿を見送って微笑み合う。
目当ての扉の前で、足を止めると、そのままの勢いで扉を音を立てて開ける。
「ケセドニアにおける自由貿易は、ダアトの仲介において成し得ておりますが、両国間での直接的な」
「おーい、ガイ!闘技場いくぞー!」
部屋にいたアッシュとガイが会話を止めて、呆然と突然の闖入者に視線を注ぐ。
我に返るのが早かったのは、生まれた時から傍にいるアッシュであった。
「ルーク!!こ、この、屑がっ!!」
アッシュの怒鳴り声などいつもの事と、気にした様子もなくズカズカと部屋に入り込むと、ソファに座っているガイの背後に回る。
「もういいだろ、アッシュとつまんねー話しても退屈だろ」
「お前、ヴァンと剣の手合わせしてたはずだろ」
はあっとため息をつきながら、ソファの背後に立つルークを見上げる。
「そ、すげー面白かったからさ。闘技場行こうぜ」
「いや、だからなんでそうなるんだ」
「闘技場で師匠がどこまで勝ち抜くか見たいんだよ」
「せんせい?もしかしてヴァンの事か?」
「そー、俺の剣の師匠だから」
「勝手な事を抜かすな!!」
ガイとルークの会話に、血相変えたアッシュが割って入る。
その怒声にガイが目を数度瞬きする。
ガイの視線を受けて、はっと我に返ったアッシュは頬を幾分赤く染めて、コホンと一息つく。
「あー、いや、その、フェンデ少将はガルディオス伯爵家旗下のマルクト軍属と伺っております。私の弟が勝手な事を申し上げました」
「いえ、お気になさらずに」
アッシュに微笑むガイの表情は、マルクト臨時大使のもので、所謂「余所行き」のものだ。
「ほら、ガイも気にするなって言ってんじゃん」
「いや、お前はちょっとは気にしろ」
冷静に直ぐ様ルークにツッコミをいれるそれは、恐らく彼の素の表情と口調なのが伺える。
その事にアッシュは、壁を作られている事を感じていた。
彼はマルクトの人間であり、自分はキムラスカの人間で、壁があるのは仕方ない事なのだが、目の前でそんな事など瑣末だと言わんばかりに遠慮無く親しげに会話をしている二人をみると、疎外感と、それだけではない感情が胸を占めるのだ。
「ルーク様、こちらでしたか」
開かれた扉の向こうに、ヴァンが立っている。その姿を目に止めると、ルークはガイの背後から一気に扉のヴァンに駆け寄る。
「あ、師匠ー!!な、闘技場行こう、ガイはいいってさ」
「いや、一言も言ってない」
「えー、いいだろ。師匠がどこまで勝ち抜くかお前も気になるだろ」
「全然」
素っ気無くガイは言い放つ。
「ルーク、お前は忘れているらしいが、俺もヴァンもマルクト人だ。そして、ヴァンは軍属している。その人物がキムラスカの闘技場で優勝してみろ、キムラスカの面子丸つぶれだろう」
その言葉に、ルークが虚をつかれたような表情をしたが、すぐさま、ニヤリと不敵な笑顔を浮かべる。
「すげえ、よっぽど買ってんだな、ガイ」
「過分な評価じゃないだろ、事実だ」
きっぱりとルークに告げるガイに、意外な人物、アッシュが同調する。
「ガルディオス殿がそう仰るのも当然の事だ」
「へえ、そっか。じゃあさ、ガイ、お前が出れば?」
「はあ?」
頓狂な声がガイの口から上がる。
「師匠の顔を見知った奴はいるかもしれない。だけど、新米大使の顔なんざ貴族しか知らないだろ。ならお前が出てもいいよな。キムラスカの血も半分入っている事だし」
「なんでそうなる」
「ガイがどんだけ強いか俺が見たい」
「じゃ、手合わせしてやるよ。それならいいだろ」
「公爵子息相手にマジでやれるかって言ったの昨日のお前だ」
「昨日は敵は今日の友だ。大丈夫、今日の俺はきっと本気だ」
「信用出来るか!なあ、ガイ。ベルケンドって研究都市知ってるか」
ビクリとガイが端からわかるほどに反応する。
はあ、と苦々しい息をヴァンが見よがしにつく。
「あそこは知っての通り研究者以外の立ち入りは厳しく制限されている。譜業好きの観光なんて当然許されるはずもない。だけどさ、あそこの領主誰だか、知ってるか?」
まさか、とガイがルークを見る目は期待にキラキラと輝かせている。
「俺の父上だ」
「頑張らせていただきます」
剣を掲げてキラッと爽やかな笑顔で即答するガイだった。
その有様を見守っていたアッシュはヴァンの傍らにそっと立ち、そして小さな声で尋ねる。
「あの、フェンデ少将。ガルディオス殿はもしや…」
言いよどむアッシュの言葉を、うむ、と頷くと
「譜業マニアです。しかも筋金入りの」
きっぱり言い切った。


「ここがキムラスカの闘技場か」
見上げるガイに、ルークが嬉しそうに「もしかしてマルクトでも有名なのか?」と尋ねる。
「有名、だな」「ああ、有名だ」
ガイとヴァンが顔を見合わせて、そう言葉を交わすと、二人は一斉に大きなため息をつく。
「おれの…上司が、かなりのマニアでね。この大会に出たくて毎度ダダこねているんだ」
「へー、お前の上司なら結構いい年してるだろうに、子供みたいだな」
「全くだ」
力強く答えるガイに、ルークは、へえ、と少しばかり違和感を覚える。
上司に何かしらの不満を持っていようとも、表にだすような男ではないとルークはガイをそう評していた。
キムラスカで敵意や悪意を向けられても変わらぬ笑顔を保ち続け、それを受け流していく忍耐強さは表彰ものだと、パーティでガイを見るたびにそう感じていたのだ。
そのルークにヴァンが耳打ちをする。
「その上司から三日とあけずに服が届くのですよ。今日も届いていたでしょう」
そういえば、とルークは朝メイドが大きな箱を抱えて客室に向かうのを捉えていた。
「なあ、ガイ、それって……」
「言うな、頼むからソレ以上言うな」
「セクハラで上司の上司に訴えてやれよ」
上司の上が存在しないんだよ。なにせ相手が皇帝だからな、と愚痴れるはずもなく、まあ、帰ったらな、とガイは言葉を濁す。
その様子にどう口を挟んでいいかわからずにいたアッシュが、逡巡したあと、躊躇いがちに口を開く。
「服を用意する事がなぜ、………その、せ、セクハラに繋がる…んだ」
その問いに一同振り返って、アッシュの顔をマジマジと見つめる。
「アッシュ、結構天然だったな」とボソリとルークがつぶやくと「誰が天然だ!」と不快そうに顔を顰める。
「あのな、男が服をマメに贈るなんて、目的一つだろ」
「着飾った姿が見たいだけだろう」
「まあ、それもある。だけど、ガイはこんな遠くにいるのにどう見るんだ。一般的に裏の意味合いで『服を脱がせるため』ってのがあるんだよ」
「なっ!!!」
ボッと一瞬でその髪と同じくらいに顔を赤く染め上げたアッシュが、わなわなと震えている。
「ガルディオス殿、私はマルクトの事情に口をはさむ立場には全くありませんが、ルークの言うようにきちんと上に話を通すべきです」
生真面目なアッシュの言葉に「有難う。そう致します」と無難に返事を返すしかガイは術はなかった。
そろそろ懐刀殿が動いているはずだ、とマルクトに想いを、なにより希望を馳せた。


「出場する選手のお名前は」
「ガイ・セシルだ」
「はい。では、係りの者が案内いたします」
受付しているガイの背後で「偽名か」「御母堂様の生家でありますから、あながち偽名というわけでもありませんな」ルークとヴァンが会話する。
「ガーイ、頑張れよー」と声をかけると、片手を掲げて応える。
「あの、ガルディオス殿は大丈夫でしょうか」
アッシュの問いに、ヴァンは僅かに微笑んで頷いてみせる。
アッシュからみれば、ガイは争いごとはあまり好まぬ性質のように思えた。キムラスカは、貴族は国のために闘う、という志が強く根付いており、大多数の貴族は軍属している。
爵位の高さが、軍の地位に比例すると揶揄される事もあるが、軍でそれなりの地位を築くには爵位だけでは成し得ることは出来ない。
それゆえ、幼い頃から剣の鍛錬に勤しみ、兵法を読み解く事をキムラスカの貴族は強いられる。
だが、マルクトはそうではないと聞いている。軍と議会によって政治が成り立っているマルクトでは、貴族は貴族会なるものをつくりあげ、政治への関与をしている。
国への忠誠心は、各貴族が抱える騎士の家系から軍へ送り出すことで示している。
それゆえ、剣を携えるよりは、政治や経済への見通しに明るくなくてはならない。キムラスカとマルクトは貴族という概念が異なっている。
あの礼儀正しい温厚そうな人物が、どのような剣捌きを見せるのか。期待よりも不安のほうがアッシュの胸には大きく在った。




闘技場の熱気を煽るような司会者の言葉に、歓声は一層大きくなる。
「美人相手にあまり剣を振るいたくはないんだが」
ガイの言葉をふっと妖艶に笑って返すと、その細身の身体に似つかわしくない武器、斧をガイの頭上に叩きつけるべく振り下ろす。
剣の鞘でその攻撃を受け止めると、ジンとした痺れが肘まで走る。振り下ろされた勢いを削ぐことなく、左へ薙ぎ払う。
驚きに目を瞠るコロシアムクィーンの腹に、右手に構えていた剣で斬り上げるが、寸でのところで上体を捻って逃れられ、掠めるだけに留まった。
一度、後ろへを跳ね、相手の攻撃を冷静に目で捉える。斧の威力は高いが、隙は大きい。
女性の持つ斧故、一回り小ぶりであるゆえに大きな隙は生じてはいないが。頭の中で素早く相手との距離を計り、己の剣の軌道と技を組み立てる。
乾いた土を蹴り上げると、一気に間合いを詰め、斧の攻撃を弾くと同時に、すぐさま返す刃で斬り上げる。
剣の威力でコロシアムクィーンの身体が浮き上がったところを、空中でまた追撃を繰り出す。
無防備な状態での攻撃はクリティカルにヒットし、クィーンはそのまま地面へと伏せる。
司会者がガイの勝利を宣言すると、場内は一層沸き立つ。

試合が終わっても、まだ心ここにあらずといった様子のアッシュに、ヴァンが声をかける。
「心配は無用でしょう」
「あ、は、はい。あの、アルバート流に似ていますが、ガルディオス殿の剣は何か違うようですが」
「ええ、そのような流派があるのです」
笑顔を向けてはいるが、それ以上は深く言葉を重ねないヴァンに、アッシュは己の立場を思い出す。
客席に戻ってきたガイに、ルークが興奮した様子で声をかける。
「ガイ、すげえな」
「最後に女性が出てくるとはな。参ったよ」
「ガルディオス殿」
「アッシュ様」
「お見事でした。一つ一つの技の繰り出しが早く連携に隙がない。足も早く身軽で柔軟なガルディオス殿の性質によくあった素晴らしい闘いぶりでした。
そして無礼でなければ……」
一気に捲し立てて褒め上げた後、言葉を切って、その続きを口にする事に少しばかり逡巡する。
だが、意を決したように、ぎゅっと拳を握り、口を開く。
「私も貴殿のことをガイとお呼びしたいのですが」
その言葉にガイは少しばかり瞠目したが、すぐさま微笑みをアッシュに向ける。
「構わないよ、アッシュ」



8月15日の日記より転載

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