10万企画小説 キスばかりするルクガイ 前編 ルークは目を瞑り、ん、と顎を反らしてくる。 ガイはその仕草に戸惑う事なく当たり前のように唇を落とす。 慣れとは恐ろしいもので、何年と繰り返されたそれは、ガイにとって特別なものではない。 動物とじゃれているようなもので、おそらくそれはルークも同じだろう。 おやすみ前のキスが、唇を重ねる事になった原因は幼少時に遡る。 ******** かくれんぼでルークが鬼になった時、これ幸いとガイは見つかりにくい場所に身を潜めた。 身体は少年なのに中身が幼児になってしまったルークの世話は、気は楽だが色々と疲れることが多い。 なにせ加減を知らない子供だ。全力でぶつかってくる。10歳児の全力を受け止めるには、14歳のガイの身体では負担が大きい。 ちょっと休憩だ、と太い木の幹に身体を預ける。 と、近くで誰かが会話しているのが耳に入る。 きょろきょろと周囲を窺うと、いくつかの木の向こうに、同じように幹で身体を隠している二人がいた。 兜を脇に抱えた白光騎士と、ルークのお気に入りのメイドだった。 どうやら向こうからはこちらは死角になるようだ。だが、仮に目に入る位置にいても、彼らは気づいたかどうか。 互いの瞳だけを熱っぽく見つめ合っているのが、この距離からでもわかる。 逢引ってやつか、出歯亀する気はないが、だからといって河岸を変えるきにもなれない。 ふわあっとあくびをして、ルークに見つかるまで一眠りきめこもうとまぶたを閉じたガイに 「なあ、あの二人、なにやってんだ」とびっくりする程に間近でルークの声がして飛び起きる。 「お、お、おまえ、おどかすかよ」 ばくばくと早鐘をうつ心臓あたりをおさえるガイに構わずに、ルークは真っ直ぐに二人のいる方を見つめている。 「おい、あれってなんだ」 あー、めんどくせえ、と内心で思いながら、首だけを捻って向こうを見る。 すると、丁度情熱的にキスをしているところだった。 「み、見るな!まだ早い」 「なにが早いんだ?」 しーっと口の前に指を一本たてると、ルークなりに今大きな声を出してはいけないのだと理解したらしい。 ガイの目の前に座り込んで「あれ、みちゃだめなのか?」と尋ねる。 「だめだ」 「なんで」 出た!ルークの「なんで」攻撃! 「あー、えーとな」 頭をがりがりかきながら、ガイは言葉をさぐる。 ナタリア王女が押し付けているロマンチックな物語でも読んでくれれば説明は楽だが、ルークは童話の方に夢中でそちらには見向きもしない。 「あれは二人にとって大切な事なんだ。だからあんまり見ちゃいけないんだ」 これで納得するだろうか、とガイはルークをみる。 きょとんと小首をかしげながらも、必死でそれを考えようとしているようだ。 「うーん、なんかわかった気がする」 「そっかそっか。えらいな、ルークは」 必要以上に褒めて頭をなでると、嬉しそうににへらと笑う。 「じゃ、ガイが次は鬼な」 「了解」 これ以上この場に留まるのはよろしくない、とガイはさっさと立ち上がる。 うまく誤魔化せたようで良かった、と安堵したが、それは長くは続かなかった。 「あいつ、結婚してここからいなくなるんだってな」 ぶすーっと膨れっ面で、ルークはベッドのうえに胡座をかいている。 「ルークぼっちゃん、行儀悪いですよ」とわざと仰々しく言いながら、ぺちりと太腿をかるくたたく。 あいつ、が誰をさすのかはわかっている。 先日庭で逢引していたメイドの事だ。例の白光騎士と結婚する事になったのだ。 さばさばした気性の彼女を気に入っていたルークは、面白くないのだろう。 今日は午後からずっと機嫌が悪く、ベッドに入る時間だというのに、何かに抗議するように布団に入ろうとしない。 「ガイ、俺はわかったぞ」 「何が?」 「あの時、あいつらがやってたのは『つばつけた』ってやつだろ」 は? ルークの言葉の意味がわからず、ガイは呆ける。 「ほら、お前が読んでくれた本にそう書いてあった。ブウサギの次男坊が『つばつけたらおれのもんー』って言ってた」 そこでようやく合点がいった。 ルークのお気に入りの大家族ブウサギの話だ。 絶え間なく喧嘩しているブウサギの兄弟のコミカルなやり取りが、お坊ちゃんなルークには新鮮だったのか、夢中になって何度も読めとせがんでくる。 ブウサギのおばさんが持ってきたケーキに、次男坊が唾をつけて「もうこれは全部俺のもの」と言い出し、他の兄弟からこてんぱんにされる一節があった。 どうやらルークはあの二人のキスを、つばをつけて所有権を主張したブウサギの次男坊と重ねあわせたらしい。 まあ、確かにキスした二人は見事結婚に至ったわけなので、つばをつけた、も間違いではないだろうが。 思わず吹き出しそうになるのを必死でこらえながら 「おー、えらいえらい。じゃ、偉い子はベッドに入ろうな」 とおだてるが、ルークはいやいやと頭を振る。 「ガイ、こっちこい」とベッドを叩くので、素直に従うことにする。 早くルークを寝かしつけないと、ガイの数少ない自由な時間がなくなっていくからだ。 唐突に、ぺろりと唇を一舐めされた。 びっくりして「うわっ」と背後に飛びずさったガイに、ルークは眉を顰める。 「んだよ、次はガイな。ほら、俺の唇なめろ」 「む、むちゃいうな!」 「なんで」 ここでも出るのか、ルークの「なんで」攻撃! 「いや、だから、これは大切な事だって教えただろ?」 「わかってる。「つばつけた」は大切な事なんだろ」 「で、なんで俺とルークがこれするんだ?」 「だって、俺のもんにガイはなるんだろ。俺もガイのもんになるんだろ。 俺は、ここからずっと出れないから……でもガイが俺のもんになったらお前もずっとここにいるんだろ、違うのか? やめないでずっとおれのそばにいるってチカイだろ?」 むちゃくちゃで色々間違っているが、涙目になりながら必死で言うルークに、ガイは言葉を失う。 ああ、そうか、寂しいんだな。 お気に入りだったメイドがやめていく。以前のルークなら使用人が何人辞めようが気にもとめないだろうが、今のルークは違う。 いつも陽気にわらっていたメイドが、ここから去っていくのが寂しくてどうしようもないのだ。 ここから去ってしまえば、外に出ることが出来ないルークは、二度と会うことはない。 あのメイドよりもっと距離の近い自分をいつまでもそばに置きたいから、「つばつけた」をしたいのだろう。 幼いルークの置かれている環境を考え、つい、同情心がわいてしまう。 ゆっくり顔を近づけて、ガイもルークの桜色の唇を軽く舐める。 「じゃ、俺もつばつけた。これでいいか?」 自分で望んでおきながら、ガイの行為と言葉に翠の瞳をまん丸にしたルークだったが、次には 「うん!!いいぞ!」と満面の笑みになる。 「じゃ、ベッドに入れよ」 「わかった」 素直にベッドに潜り込んだルークに、えらいえらい、と褒め、おやすみと言い合ってガイは部屋を後にした。 ルークの子どもらしさに口元を緩ませ、可愛いもんだな、とひとりごとを漏らしながら。 だが、翌日も当然のように「つばつけた」を強要されると、さすがにガイは困惑した。 「だって、あいつら毎日してたぞ」 「……って、お前、あれから毎日出歯亀してたのか」 いつの間に、とガイは呟いて、やれやれと溜息をこぼした。 ノゾキにいったルークもルークだが、あいつらもあいつらだ。 甲冑なのでそれ以上はないと思うが、教育上よろしくない。最初みたときに釘刺しをしておくべきだった。 「なんだ、でばがめって?」 「えーと、あの時も昨日も言ったけどな。「大切なこと」は見ちゃいけないんだ。 なのにそれを破る人を出歯亀っていうんだよ」 当たり障りなく言うと、また、うーんとうなり始める。 「でも母上が俺のおでこやほっぺにつばつけたする時、メイドやガイだって見てるじゃないか。お前、でばがめなのか?」 「いや、あのな。おでこや頬と唇じゃ意味合いがかなりかわってくるんだよ」 「なんで」 でた!!いつものルークの「なんで」攻撃。納得するまで拘束されてしまう。 「なんでだよ。おでこやほっぺと唇でなんで、その、いみあい?ってのがかわるんだよ。なんで!」 畳み掛けるようなルークの口撃に、今日一日の疲労が一気にガイの身体にのしかかってくる。 ふうっと溜息をつき「唇の方がもっと大切なところだから」と説明すると、ルークはまた両腕を組んでうーんと唸り出す。 早く「あー、わかんねー、もういい」と勉強のように投げ出してくれるのをガイは願う。 だが、解いた腕をこちらに伸ばしてくる。 ん?と思う間もなくシャツを掴んで引き寄せられると、唇が柔らかいものに触れる。 それはすぐさま離れた。 瞬きひとつ。それでようやくガイは我にかえった。 「お、おいっ!!!ルーク、お前、何してんだ」 「昨日のつばつけ、なんかおかしいと思ったんだ。あいつら唇同士だった。で、今、ガイが唇のほうが大切っていったからわかった。 大切なもんどうしをくっつけあうのが、せいかいなんだろ」 「ちがう!いや、正解だけど、でもちがう!」 「はあ?いみがわかんね。でも今日のぶん、おわったからもう寝る」 そういうと布団を自らめくり、中にはいると「おやすみ」と言ってもう瞼を閉じた。 動揺するガイそっちのけの行動に「あ、え、ああ。おやすみ」と言葉を返すのが精一杯だった。 ふらふらとした足取りで、ガイは中庭へと出る。 ファーストキスが男相手。しかもあのルークだ。それだけでもかなりショックなのに、それ以上に「なんだ、こんなもの」という肩透かし感が半端無かった。 読み物や劇では、人生の一大事とばかりに持ち上げるものだがら、ガイは少年らしくファーストキスに綺麗な夢を描いていた。 だが、経験してみればあまりにあっさりとしたものだった。 過大な期待への反動は大きく、これくらいでルークが素直に寝てくれるならやすいもんだ、という程にキスに対しての抵抗感はなくなっていた。 ガイは順応性が高さはここでも発揮された。ぐずるルークを寝かせる手間と数秒のキスをはかりにかければ、後者を躊躇いなく選びとった。 そういう事もあり、寝る前にするキスは二人の習慣となっていた。 そこに恋愛的な匂いはなく、小さな束縛と小さな触れ合い。そういうものだった。 だが。 後編へ |