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10万企画小説
キスばかりするルクガイ 後編
「まずいって!」
「なんで」
久々にそれ耳にしたなと思いながら、ガイは声を潜め顎を突き出すルークを宥める。
「屋敷ならともかく、ここは外で。しかもあの軍人だっているだろ」
「関係ねえよ。大体年寄りは長風呂ってのが相場だろ」
ジェイドの人なりがわかったら、絶対口にしないであろう恐ろしい事をルークは言い放つ。
「だからな」
「んだよ、ほら、ねみーんだから早くしろって」
目を瞑り顎をつきだしてくるルークに、ガイはがっくり肩を落とす。
マルクトに飛ばされたルークと再会を果たした。それから数日野営をしたがそれを要求しなかったで、屋敷と外の違いをルークなりにわかったのだとガイは解釈をしていた。
だが、セントビナーの宿屋に泊まる事になると、ベッドの端に腰掛けたルークは当然のようにキスを要求してきた。
こんな場面をあの軍人に見られても大事だ。
さっさと済ませようと、いつものようにルークの肩に手をおいて顔を寄せる。
だが、屋敷とは違う空間。浴室から聞こえるシャワーの音が、ここに第三者がいることを知らしめている。
緊張するな、と柄にもないことを考えながら、唇を落とす。
いつものとおりの手順で、いつものとおりのキスのはずなのに、何故か心臓がどくりと胸を打った。
唇を離してから、動揺を悟られまいと
「これで、ご満足ですか?ルーク様」
わざと仰々しく軽口を叩くと、ルークはきっと睨み上げる。
心なしか頬に赤みが差している。
怒りゆえか、とガイが「顔あかいぞ」と指摘すると、「お前のせいだろ」と返される。
「俺のせい?」
「お前の妙な緊張がこっちにも移ったんだよ!もういい、寝る!」
そう言い捨てると、布団をがばっと頭までひっかぶる。
まれにルークは人の気持ちに聡い。ガイがうまく押し隠したつもりの感情を直球に指摘してくる。
稀だからこそ、いつもガイは不意打ちをくらって、心臓を直に握られるような思いをする。
よりにもよってこういうみっともない事に気づかないで欲しいもんだ、と溜息をついて、ルークのベッドから離れようとする。
その足をとめたのは、くいっとベストの裾を引っ張る小さな力だった。
首を捻ってその腕の主をみれば、布団から手だけが伸びている。
「どうした。何か飲み物でもいるのか?」
「……つばつけしてんだから、お前、俺から離れるなよ。いいな、絶対だぞ」
くぐもった声が布団の中から聞こえてくる。
きょとんと青い目を丸くして、それからふっと細める。
ベッドの方に向き直り、裾をつかむ手を取ると、やんわりと自分の掌で包み込む。
じわりと熱が伝わってくる。
「はいはい。今回はルーク様が飛んでいって離れましたけどね」
わざとおどけてみせれば、ルークの反論がすぐさまかえってくる。
「うるせー、あれは不可抗力だ」
「そうだな」
「……お前は、その気になれば……マルクトだってどこにだっていけるんだな」
ルークの言葉に一瞬ガイは言葉を失う。
「……どこだっていけるわけじゃないさ。マルクトも特別な旅券を旦那様が手配してくれたおかげで無事にはいれただけだ。
お前が考えている程、俺は自由に飛び回れるわけじゃない」
「ん、そっか」
「安心したかい、ルーク様」
「あのな!だから、その言い方!」
がばっと布団をひっぺがしてルークが声を荒げたところで
「おや、仲がよろしいんですね」と背後から声がかかる。
そこで、はた、とガイは気づく。
ベッドサイドで、男同士が、夜中、手を握り合って、一人は布団を頭までかぶっていたせいで顔を火照らせ、一人は女性恐怖症で………
「ち、違うぞ、誤解だ!」
ぱっと手を放して釈明するガイの言葉と
「俺とガイが仲いいのはあったりまえだろ」とジェイドの意味するところをわからずに、ルークの不機嫌そうな言葉が重なる。
「風紀は乱さないでくださいね」とガイの弁明など耳にも入ってない様子でにこりと返された。


その後も寝る前の習慣は続いた。だが、小さな変化はあった。
いつも雛鳥のように落ちてくる唇を待っていたルークだったが、この日を境にガイの胸ぐらを掴んで引き寄せることが多くなった。
お前に任せてたらいつまでたっても寝れやしねえ、という事らしい。
自分からするのではなく、される形は慣れず、なんだかこそばゆく感じた。
人目を忍ぶようにするキスに、どこか背徳めいた感情を抱いている事には気づかぬ振りをつき通した。


小さな触れ合いと小さな束縛。そこに恋愛の匂いはない。
はずだった。


バチカルに無事に戻り、いつもの生活が戻るのだと安堵する間もなく、ルークは親善大使の任につき、ガイはその世話役として共に出立する事となった。
ヴァンの妹、ティアから「買い物の仕方も知らないのは、さすがにどうかしら」と冷たく言われたこともあり、ルークの出立準備をしながら最低限の事を教えこもうとしていた。
だが、ルークは聴いているのかいないのか。ベッドの上で胡座をかいて神妙な顔をして、相槌の一つもうちはしなかった。
ルークも親善大使の任に何か思う所があるのだろう、とガイはそう解釈して、彼のインナー数枚をナップザックに詰め込む。
毛足の長い絨毯に片膝ついて荷物をまとめるガイの視界の端に、ルークの靴が入ってくる。
「グミは取り出しやすいように、このポケットにいれておくから。おぼえておけよ」
そう言いながら顔をあげると、いやに真剣な翠の瞳とかち合う。
肩に手をおき、上体を屈めてくるルークに、ガイは戸惑う。
まだ日は高いのに。
唇を掠めていく感触に、思わず眉が寄せられる。
「いまから昼寝でもするのか?」
昼寝の時にキスなど求められたことはないが、理由が他に思い当たらない。
ガイの問いかけに「ちげえよ」とようやくルークは口を開く。
「絶対、迎えにいくから。そのチカイってやつだよ」
迎え?ルークの言葉を胸の内で反芻する。
訝しげな表情をうかべるガイに、ルークは笑って再び顔を近づける。
再び唇を塞がれ、ガイはますます困惑する。
薄く開いたそこに、ぬるりと暖かく柔らかいものが差し込まれ、ガイの身体は硬直する。
それ、が何かわからないわけではない。ただ、身体も思考も驚愕のあまり動きを止めてしまった。
自分の舌にそれが触れる。それで満足したのか、ようやく顔が離れていく。
「ルーク?」
戸惑うままに名を呼べば、不敵に笑い返される。
「早く準備しろよ」
と告げると、ガイから離れ、再びベッドの上へと足を向ける。
先ほどの言葉と、態度。
追求すべきかとガイは考えたが、ベッドでまた何やら考え込んでいるルークに問うたところで、なんら収穫はないだろう。
しかし、いつのまにあんなキスを覚えてきたのやら。
必要な道具類をポケットに押し込む手が止まる。
いつの間に。誰と。どこで。
小さな疑問が次々に湧きだしてきて、眉間に皺が刻まれる。
それを人差し指をあてながら、ルークに色々先を越されてるからってヤキモチはみっともないな、と自分にいいきかせる。
でもああいうキスは恋人同士がする種類のものだって、教えてやらないといけないな。
だか、先ほどのキスに触れる事に躊躇われた。
まあ、次にした時に注意すればいいだろう、とガイは何かから背けるように、止まった手を動かしだす。


だが、その次は訪れる事はなかった。


髪をきったルークは、キスがなくても大人しくベットに入る。
おやすみ、と言葉を掛けるだけで、素直に瞼を閉じる。
面倒な習慣から解放された事は喜ばしいはずなのに、物足りなさを感じている自分がいる事に気づかぬふりをつき通す。


もう、口づけの感触すら思い出せなくなっていた。


**********


見回りの騎士の目をかいくぐって中庭に出る。
中庭に建てられた部屋の窓は、一つだけ細く開けられている。
窓枠に手をかけながら、後ろを振り返る。
見慣れた景色。だけどもう見納めになるんだな、と少し感慨に耽る。
足に力を込めて軽い身のこなしで窓から部屋へはいる。
「おそっ」
ベッドの端に腰掛けたルークの声が、ガイを迎える。
「荷物をまとめるのに時間がかかってね。結局終わらなかったけどな」
「メイドに捕まって、あーだこーだ事情聞かれてたからだろ」
外殻大地降下を無事に終え、ルークとナタリアの護衛としてバチカルに戻ってきたガイに、ファブレ公爵は暇を与えた。
それがファブレ公爵、そしてインゴベルト陛下の温情だとガイは受け止めた。
こうして「ガイ・セシル」での生き方は終わるのだ。
ジェイドと共にマルクトに向かい、ピオニー皇帝陛下から爵位の継承を受けることは既に決まっている。
ガイラルディア・ガラン・ガルディオス、として生きていくのだと。
「どこから聞きつけたんだか」
「モテる男はつらいねー」
からかうルークの言葉に、はあっと溜息をひとつつきながら、ルークの傍に腰を落とす。
「ま、最低限必要なものだけ持っていくよ。残りは居住が決まったら荷物を送ってもらうようにラムダスさんに頼んでおいた」
「そっか。お前、とうとう俺を置いて行ってしまうんだな。つばつけた意味ねえな」
寂しさを滲ませないように、わざと明るく言うルークにガイは小さく笑う。
「……でも、本当は知ってた。あの童話だって、つばつけた次男坊は皆に怒られて、結局小さな一切れしかもらえなかった。
そもそもあいつが手に入れれるのは、その大きさだった。なのに、もっと欲しがった。欲深くも全て欲しがった。
だからあんな方法をとった。そんな事したって、全部手に入れれるわけないんだよな。
でも、馬鹿だから。相手の全部が欲しくて、そばにいて欲しくて、置いていかれたくなくて、ずっと離れない何かが欲しくて。
ガイの気持ち考えないで身勝手な事ばっかりしてた。ごめんな」
静かな声で本心を曝けだすルークの横顔をガイはじっと見つめる。
「大きくなるにつれ、寝る前のキスになんら効力がないってわかってても、ガイと小さな秘密を共有しているみたいで嬉しかったんだ。
そして、いつも傍で寄り添ってくれてるのに、それだけじゃ足りない自分がいたんだなって思う。
だから毎夜する触れ合いは俺に安堵をもたらしてくれてた。
……今まで変なことに付きあわせてごめんな」
俯きながら紡がれる言葉は過去形で、ガイの胸は痛みを覚える。
髪を切っても前髪は手を付けなかったため、少しうつむくとルークの表情を隠してしまう。
「ファーストキス、お前に奪われちまったんだよな」
「……うん」
一拍おいて戻ってきた声で、情けない程にしょげ返っているのが手に取るようにわかる。
「でも、それを甘んじて付き合ってきた俺も俺だしな」
「ガイは悪くねえよ」
シーツの上に置かれているルークの手に、自分の手を重ねる。
いや、悪いよ。
そう言葉を漏らしながら、身を捩り俯くルークに口づけをする。
形を為さない感情に向きあえずに、曖昧なままで終わらせようとしていた。
なのにルークは、それが歪な形であっても、それでもどうにかして繋ぎとめようとしてくれていた。

じゃあ、もう一度仕切りなおそう。
小さな触れ合いと小さな束縛では、この想いは満たされない。


すぐさまガイの口は離れる。ルークが驚きに目を瞠り、ようやく顔をあげる。
再び顔を寄せて、乾いた唇をぺろりとひと舐めする。
翠の瞳は驚愕から歓喜へとかわっていく。

「つばつけた」


終 でもきっと続く


匿名さまから、何回もキスばかりするルクガイが見てみたいです、というリクエストをいただいたのに…
求められているのはこれじゃないよ、と自分の冷静な部分が終始ツッコミをいれてました。
えろす部分がどうしても入らなかったので、また改めて小話かなにかの形で付け加えたいと考えております。
お待たせしたうえに、相変わらずの好き勝手ぶりで申し訳ないです。
でも、すごく楽しく書かせていただきました。本当にありがとうございます

10万感謝企画
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