創作短編『それぞれのゆく年くる年』
初詣D
拝殿前まで来てお賽銭しようとしているとどこか聞き覚えのある声がして、るみはそちらの方を見やった。
少し離れた所で一組のカップルが言い争っている。
賽銭のお金を落としたとか何とかで揉めているらしい。
るみは前に友達と一緒にこの2人と会った事があるが、特に知った仲という訳でもないので声はかけずにおいた。
(この2人っていつもこうなんだ…)
あまり関わりたい相手でもない。
「どうした?」
隣で仁科が話しかけて来る。
「あ、いえ何でも。――お参りしましょう、先輩」
賽銭を上げて鈴を鳴らすと、二礼二拍手の後に手を合わせてお祈りする。
日頃の感謝と祈願を終えて目を開けると、先に済ませた仁科がこちらをじっと見ていた。
「早いですね、先輩」
「お前こそ、そんなに長い事何を祈ってたんだ?」
「内緒です。神様と私だけの約束事ですから。でも、先輩と私2人にとって良い事です。私がたったひとつお願いしたい事は、それ以外ないですから」
「そうだろうな。だから今日はその体でフラフラ出て来た訳だ。俺の忠告も聞かずに」
「だってせっかくのお正月なのに嫌です、家に1人で寝てるのなんて。風邪なんて引かなければ先輩と一緒に年越しのおそば食べれたし、除夜の鐘も聞けたし、初日の出も見れたし、もっとたくさん色々出来たのに。昨年はやっと先輩に告白出来て両想いになって恋人になれたのに、私がこんなだから先輩には退屈な思いをさせてばかりで…悔しいんです」
悔し涙をにじませるるみの頭を優しくポンとし、仁科は微笑を浮かべてやわらかい眼差しを向ける。
「安心しろ。俺も一緒に祈っておいてやったから」
「先輩…」
るみは見上げて微笑み返し、
「2人共気持ちは同じですね」
「その風邪早く治りますようにってな」
「………はい?」
キョトンとするるみを見て、仁科は怪訝な顔をする。
「何だ、今のお前の一番の願いじゃないのか?」
るみはアワアワとし、
「まっ、まさか先輩っ、そんな事お願いしたんですか!?」
目を見開いて仁科に詰め寄る。
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