創作短編『それぞれのゆく年くる年』
初詣@
大晦日の夜の事――緑木(みどりぎ)るみは自室のベッドの上で、恋人の仁科 敦延(にしな あつのぶ)と電話で押し問答していた。
「だから明日になったら絶対大丈夫なんですってば。自分の体の事は私が一番よく分かってるんですから。明日は絶対行きますっ」
プクッとほっぺを膨らませて、るみは受話口の向こうの相手に告げる。
「俺が言いたいのは、何も明日――元旦にこだわる事はないんじゃないかって事だ。2日でも3日でも初詣には違いないだろう?」
仁科の淡々とした声が心地よく耳に響く。
だがしかし、今のるみには少し憎たらしくもあった。
「私、クリスマスの次の日から風邪でずーっと寝込んでたんです。もう1週間近くベッドで過ごしてるんですよ? いい加減退屈です」
「治ってないのなら仕方がないだろう」
「もう熱だって下がってるんですから、外に出られますよ。声だってもう普通でしょう? ちゃんと治って――っくしゅん!」
ふいに鼻がムズムズとして、るみは小さくくしゃみをした。
「ずびっ……ほら、どうですか? 先輩」
「…鼻声だな。普段のお前はそんな声じゃない」
「それはさっきのくしゃみのせいです! その前まで話してた私の声はいつも通りだったでしょう?」
「…そうだっけか? すまん、よく覚えてない」
「先輩っ!」
るみはあきれて仁科に突っ込む。
普段から飄々とした所のある仁科だったが、たまに素でボケる時がある。
彼が意地悪で言っている訳ではないというのは分かっているのだが、冬休みだというのにクリスマス以降ずっと会えていない寂しさもあり、るみはかなりストレスが溜まっていた。
ふっと声のトーンを落として、やるせない気持ちで送話口に向かって尋ねる。
「…もしかして、先輩は私に会いたくないんですか?」
2人の間に沈黙が訪れた。
それはほんの数秒の事だったかも知れないが、るみにはとても長く感じられる時間だった。
彼を怒らせてしまったか、ケンカになってしまうのか。
今の自分はトゲトゲしているから、仁科の返答次第ではそれを回避するのは難しいかも知れない…最悪な状態になる可能性がある事も、るみは覚悟した。
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