創作短編『それぞれのゆく年くる年』 初日の出E 「何や、やっぱり先の方がよかったんやないか。なら俺がそれ飲むで貸しぃ。お前には後で別なの買うたるから」 と手を差し出すが、律子はふるふると首を左右に振って拒否した。 若い子の考えはいまいちよく分からない。 「何や、それでええんかいな。ほな早よ飲んだ方がええぞ、冷めるから」 「うん…。ありがとう、稲ちゃん」 律子は缶に両手を添えて、ゆっくりと一口ずつ大切そうに飲んだ。 ――屋上に張り巡らされたフェンス越しから町を一望し、遠く水平線の方を眺める。 暖かなオレンジ色の光が、遥か彼方の海の上をゆっくりと満たして来る。 「あれ? 待てよ…」 ふいに稲垣が腑に落ちないといった顔で考え込んだ。 「何でお前、俺ん家知っとったんや? 教えた覚えないぞ」 「担任の家くらい知ってても不思議じゃないだろ?」 「は? いや、何か納得出来やんぞ、おい――」 「ほら、日の出だよ!」 「おっ…」 律子の指す方を見ると、空を海を染めながら、太陽が顔を出した所だった。 空の青を暖かい光で染めながらグラデーションを描き、海面をキラキラと輝かせながら昇ってゆく――。 2人は言葉を失って魅入っていた。 「ほおー…キレイやなぁ。こっから1年の始まりや。またよろしゅう頼んます」 と稲垣は太陽に向かって拝んでいる。 「さて、帰るか三浦。――て、あれ? さっき何の話しとったんやっけか??」 「さぁな」 律子はくるりと方向転換すると、さっさと階段の方へ歩き出した。 そして、まだ突っ立ったままの稲垣に振り向いてニコッと笑い、 「春からもまた稲ちゃんが担任だったらいいなって、そんな話じゃなかったか?」 『元旦』編(1)…【完】 [*前へ] [戻る] |