創作短編『それぞれのゆく年くる年』
年越しの夜にD
はやる気持ちで玄関の鍵を開けると、武は居間に直行した。
「お帰り、武。お疲れ様」
姉と父が振り向く。
髪を乱して息を弾ませながら居間に入って来た武は、こたつに潜ったまま爆睡している彼女――ななを見て拍子抜けした。
「ただいま。何だよ、ななの奴寝てんのか」
「ぶーたれてたわよ。起きてからが怖いわね」
「脅すなよ姉ちゃん…。ったく、急いで帰って来たってのにコイツ寝てるしよ」
やれやれ、と武はシュークリームを冷蔵庫に仕舞って来ると、居間に戻ってご飯を食べ始めた。
「少し前まで頑張って起きてたんだけどね。待ちくたびれたみたいよ」
「どうせ腹いっぱい食って眠くなったんだろ。小学生のガキみたいな奴だからな。コイツが年越しまで起きてるなんて無理だって」
清美は微笑ましそうにななを見やる。
「夜更かしすると代謝にも良くないからね。まぁいいじゃないの、明日はななちゃんどこか連れてってあげたら?」
「ん、そうだな」
などと話している内にいつしか、 年が明けるまで残す所10分と迫っていた。
「おそば食べるでしょ? 茹でて来るわ」
時計を確認した清美は立ち上がり、キッチンへ向かう。
3人でそばを食べ始めると、どこか遠くからボォーンと除夜の鐘が鳴り響いて来た。
「父さん、武。この1年間お疲れ様。今年もよろしくね」
3人で新年の挨拶を交わす。
と、ななが寝ながらそばつゆの匂いに反応しクンクンと鼻をうごめかせた。
「ん、うーん…おそば…むにゃむにゃ……」
武はあきれ返り、清美と父はクスクスと笑った。
いつもは親子3人で迎えていた年越しの夜。
今年は愛すべきムードメーカーが加わり、風本家に明るい笑い声が響いた。
鐘の音に耳を傾けながら、穏やかに夜は更けゆくのだった。
『大晦日』編……【完】
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