創作小説 『陽だまりヶ丘のひまわり』
10
「さっきの方達、とても礼儀正しい方々よね。龍寺さんはあの方々と一緒に暮らしているの?」
「まぁ…いつの間にかそうなったな」
「楽しそう。寮生活みたいなものよね。でも、あんな物騒な所で暮らしていては、ご家族に心配されないのかしら?」
「そんなもんいねぇから好き放題してるのさ」
「そう…ごめんなさい」
「何謝ってんだ」
「あの…私には父も母も、そして妹が1人居ますの。きっと今頃心配してる…電話を入れたかったけど、今更遅いわ。――あ、この通り!」
見覚えのある通りに出て、沙雪はパァッと明るい表情になった。
「もうすぐです、私の家。あの角を曲がってすぐですわ!」
しばらく行くと、沙雪の家が見えて来た。
龍寺はそれを見て唖然としている。
「ここです、龍寺さん! ――あっ!」
見ると、龍寺の腕に蚊が止まっていた。
「じっとしてて下さい…えいっ!」
ペチン!☆
思い切り龍寺の腕を平手で叩いてしまった。
それから手の平を確認して、
「逃げられちゃった…」
「…いきなり何すんだ」
怒気を含んだ声に、沙雪は慌てた。
「あっごめんなさい、龍ちゃん!」
「何だと?」
「あらっ」
言っておいて自分でも戸惑ってしまう。
「ご、ごめんなさいっ。私つい、可愛いものをそう呼んでしまう癖が――」
ふいに揺れが収まり、沙雪はキョトンとした。
「着いたぞ。にしてもお前…ホントにここが自分ちなんか?」
「ええ。ありがとうございました、送って下さって。…よいしょ」
沙雪は立派な門構えの、屋敷と呼んでも良いような和風家屋の前に降り立った。
クルリと振り返る。
「本当にありがとう。…あの、もう会う事、ないですよね…?」
「あぁ。じゃあな」
内側から助手席のドアを閉める龍寺の様子を、沙雪はじっと見ていた。
「気をつけて、帰って下さいね」
「お前じゃあるまいしな。じゃあ」
窓枠越しにやり取りする。
やがて、車は鈍い音を立てながらUターンし、走り去ってゆく。
沙雪はずっと突っ立ち、車の姿が闇に溶けてしまうまでじっと見送っていた…。
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