創作小説 『陽だまりヶ丘のひまわり』 8 「っ…!」 沙雪はとっさに男の人のシャツにしがみついて、背後に隠れてしまった。 と、その掴んだシャツがふいに前へ引っ張られ、沙雪はシャツの主の背中にトンッとぶつかってしまう。 「何してる?」 「あっ、いえ…ごめんなさい」 若者達の間をすり抜け、2人はズンズン奥へと進んで行った。 やがてトイレマークのついた一角に辿り着いて、沙雪はパァッと明るい表情になった。 「サッサと入んな」 「はいっ! どうもありがとう!!」 ――数分後、沙雪は足取り軽く出て来た。 「はーっ。スッキリしたわ♪」 「じゃ行くか」 「はい?」 沙雪はハンカチを手にキョトンとした。 「用は済んだんだろ? さっきのとこまでまた乗してってやるから」 面倒くさそうに言われて――沙雪は申し訳なさそうにうつ向き、チラチラと上目遣いに彼を見やった。 「実は私、迷子になっちゃったんです。さっきの所で降ろされても、どうやってお家に帰ったらいいのか…」 モゴモゴと呟いていると、相手が屈み込んでギラリと血走った目で睨んで来た。 「何だと? 聞こえねぇな」 「あっ、いえ、いいんです! 平気です、1人で帰れますから!」 沙雪は小動物のような瞳で相手の視線を受け止め、これ以上怒らせまいと頑張った。 「失礼を承知ですが、龍寺 (りゅうじ)さん!」 とそこへ、ふいに横からさっきの若者達の1人が割って入って来た。 「夜分遅くに女のひとり歩きは、いくら何でも危険です」 …意外と言葉遣いはとてもまともだった。 龍寺と呼ばれた男は、人目も気にせずあからさまな舌打ちをした。 いくら沙雪だって、全ての責任が自分にあるんだという事は深く理解出来た。 胸元に手を添えて、2人の合間に入ろうとする。 「いいんですの、あの、私1人でも――」 「しゃあねぇな」 龍寺はダルそうに嘆息と共に吐き捨てると、沙雪に背を向けて歩き出した。 「送ってってやるから車に乗れよ」 大股に歩いて行ってしまうその背中を、沙雪はつまずきそうになりながらもついて行った…。 [*前へ][次へ#] [戻る] |