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頂き物
Velvet Rose こみなみりでる様          曼珠沙華 1


(1)





 武者振り付きたくなるような、とか、目の覚めるような、とか。兎に角、一目見てそういった形容の似合うあだっぽい女だと思った。
 年の頃は27、8。肌色は、まだ誰も足跡(そくせき)を印していない新雪のような白。右耳の後ろで一つに束ね結び、くるくると跳ねた毛先を胸前へ無造作に垂らしている長い髪の色が日本人とすれば有り得ない銀色ならば、常に半分閉じられた目を密に縁取る睫毛までそれと同色―――、そしてその影を落とす瞳はホオズキのように赤い。

 視線がかち合うだけでも熱が背を伝い腰に溜まる。
 すれ違う男どもが悉く物欲しげな顔つきで振り返るのも無理はない。
 明眸皓歯(めいぼうこうし)なその顔のつくりも然る事ながら、軽く170を超える長身と細いながらも減り張りの利いた身体は遠目からでも人目を惹く。
 微かに西へと傾いだ白光に浮かび上がる凄艶な美人。
 滅多に見(まみ)えるものではない。
 たびたび花街で憂き名を流す真選組副長、土方十四郎ですら初めて万事屋などと胡散臭い商売を営む坂田銀時と言う女を目の前にした時、暫し息を呑み言葉を失った。
 但し、やる気のない態(てい)を装いつつ纏う空気に険がある。口から出るのは男言葉。極め付けは、引き締まった柳腰を彩るのが金襴の帯ではなく木刀、しかも若いながらも真選組随一と名が高い一番隊隊長、沖田総悟よりも腕が立つ。
 冷やかし半分で手を出せば、頭をかち割られるどころか男の象徴とも言える身体の中心にぶら下がるアレを何の迷いもなく瞬時に叩き潰されることだろう。
 そう、今、この目の前で泡を吹き悶絶する無頼漢(ぶらいかん)どものように―――。


 どけっ、と一声吠えれば築かれていた人山は瞬時に霧散し、容易に騒ぎの中心へと辿り着けばそこには土方が予想した通りの人物が利き手に木刀を持ち物憂げに佇んでいた。
 右片肌を脱いだ白い着物の下に着込むのは上半身の輪郭を殊更強調するピッタリとした黒のアンダーシャツ。大きく開かれた胸元からは手に余るほどの豊かな白い双丘の谷間が見て取れる。
 覚えず喉が鳴った。男の性(さが)だ。仕方がない。しかし、赤い瞳が一瞬、そんな土方を映し大仰に顔が歪められた。釣られ、土方も眉根を寄せる。
 一拍ほどの間、睨み合うようにして視線を交えたあと、咥えていた煙草を手に持ち替えた土方は瀕死の状態にある男たちを足蹴にしながら順次大掴みに検分し銀時に近付いた。警察と言う職業柄、人の顔を覚えるのは得手物だ。しかし累々と足元に転がる男たちに見知った者は居ない。
 余所者か……。と土方がごちた。
 と同時に心中で、当然だな、とも思った。

 かぶき町―――、いや江戸の町で銀時を知らない男など皆無。増して「白銀の女侍」と異名を取る相手に何の武装もせず軽々しくちょっかいをかける無謀者など何処を探してもいない。例えそれが大人数であったとしても、だ。

「何の騒ぎだ?」
 訊かなくとも何があったかなど想像に難くない。しかし訊かなければならないのが土方の仕事。そんな声主を一瞥し、銀時はさも面倒だと言わんばかりの表情を浮かべ、ゆっくりと溜息を一つ吐いてから忽(ゆるが)せに口を開いた。

「何の騒ぎだ、じゃねえよ。ご覧のとおりだ」
「それだけじゃあ分かんねえなあ」
「じゃあ、見てのとおり?」
「ふざけてんのか、てめえ?」
 土方の声に憤懣はない。付け加えれば抑揚もなかった。更に棒読み。
 おおかた下賤な男たちが街行く銀時に目を付け、下心を持って絡んだ結末がこれなのだろう。
 痛ましいことだ、と土方は哀れむ。白目をむいている男たちの股間は、二度と使い物にはならないに違いない。
「……何度も言うがなあ。おめえ、『過剰防衛』って言葉、知ってんだろ?」
 土方が言った。
 頻繁にあることではないが、偶にある。この女の素性も知らず土足で中に踏み込もうとした粗忽さが招く不運―――。
「あっちは多人数、こっちは一人。あっちは刃物でこっちは木刀。で? 何処が『過剰防衛』なんだ? 言ってみろよ真選組の副長さん」
 銀時がにっと笑った。
 確かに。男たちの傍には鞘から抜かれた剥き出しの匕首が数本、落ちている。
 だが、何処の世界にこれ程の美人が、もしかしたらモビルスーツを片手の拳一つで粉砕することが出来るかもしれない、と疑い用心して近付くか。
 答えは否。しかしこの女なら可能だ。ドムがトリプルで襲いかかったとしても、5秒でそれらは原形を留めぬただの部品と化すことだろう。


⇒つづく

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あきゅろす。
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