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小説
もうひとつのカレカレ〜サクラサク〜



季節は巡る

冬が来れば必ず春が来て

枯れ木に見えた枝にも若葉が芽吹き花を咲かす

人の理など些細なこと

今度生まれ変わったら何になろう

大河を灌ぐ1滴の水になろうか、それとも路傍に転がる石になろうか。ならば世の苦しみにもがくこともないのか

それとも1本の木となり世の移ろいを眺めるか、雀となって世の煩わしさを空から見るか。生きて行くというのがこんなに辛いものならば

今朝目覚めたら泣いていた

また夢を見ていたのだろう

どんな夢を見ていたかは…

覚えていない




毎年正月になると神社に詣でる。地元にある小さな神社で特に名のある、と言うわけではないが地域の氏子が初詣に寄るようなそんな場所

神に手を合わせ生徒たちの未来を願う。受験、就職、さらにその先を

そして春。無事巣立った生徒たちの礼をするため再び訪れ手を合わす

教師になって毎年欠かさず詣でるのは俺の先生がそうしていたからだ

俺の先生、坂田銀八


月日は無情に流れて行くが想いはその場に立ち竦んだまま

銀八と、そう呼んでた

先生なのに、年上なのに

そう呼んでた…

彼に会ったのも春

桜花咲く校庭で、風が花びらを散らし彼の白衣を翻す

俺を見つめる赤茶の瞳

人を好きになるとはどんなことだろう

そんな意味も知らずただがむしゃらに追いかけて、追いかけて、追いついたと思ってたときにはもういなかった


桜の花がひとひら風に舞い落ちる

桜の花びらの落ちる速度は毎秒5センチメートルと、こないだ居酒屋の隣の席に座った男が連れの女に言っていた

男が見た映画を女に語る。幼い初恋を心の隅に引っ掛かからせながら大人になって行く2人

映画のラストはどうなるか?男は女を家に見に来るかと誘えば女は笑顔でコクンと頷いた

あの2人の行く末はどうなるだろう

2人が席をたったあと若者たちの未来を祈り熱燗を口にした



人が行き交う通りをひとつ抜け神社の石段を上がっていく

昇りきった所にある垂れ桜が今まさに満開

年々染井吉野の開花が早まるなかこの桜は毎年同じ時期に花を咲かす

あぁ、いい風だ

風は枝を揺らす

深く息をする

八重の花が風に揺れる

境内には参拝に数人。その中に老夫婦が散歩がてらに立ち寄ったのか綺麗に手入れされた庭の花木を眺め頷き仲良さそうに話をしてる。長い年月共に暮らしていてもまだ語り尽くせない言葉があるのだろう、なんとも羨ましい限りだ

浮き世の喧騒もここまでは届かない。空高く雲雀は囀り蜘蛛の糸が風に煌めく

この桜も大きくなった

2人で一緒に見たときはまだ若木だったが今は幹も太くなり枝振りも更に高く見上げれば花に埋もれてるようだ。あのときはどんな話をしたんだっけか

賽銭箱に小銭を投げ入れ手を合わす

今年もみな無事卒業できました。希望したところに行けた者も行けなかった者もそれぞれ未来に向け歩きだしました

そして最後にいつも願う


『どうぞあの人に会わせてください』

八百万と言うくらいだ。ひとりくらい俺の願いを聞いてくれる神がいてもいいじゃないか

ひとつ溜め息ついて神殿の奥を眺める

僅かな光が差し込む中は仄暗く神さまがいらっしゃるかは伺いしれないが頭を垂れ今一度手を合わせた



昼下がり、帰りにメシでも食ってくか

しかしこの時間にガッツリ食べてしまうと夕飯どきまで腹が空かずに食べずにいれば変な時間に腹が減る。若い頃はそんなこともなかったが自分の身体ながら近頃難しいことが増えた

男の独り暮らし、腹さえ満たしたらそれでいいと言う年齢は過ぎてしまったようだ

さて、帰るかと歩きだす




風が吹く

花が散る

桜の下に佇む人影


風が吹く

枝が揺れる

桜の花を見てるその人は白い髪で


風が吹く

花が舞う

桜の下に佇むその人は白いコートの裾を翻す

赤茶の瞳が俺を見て驚いたような顔をした



慟哭

号泣

嗚咽

涕泣

感泣

涙の数だけ意味がある

抱きついた拍子に尻餅をつかせてしまった

自分でも可笑しいくらい涙が溢れその人の顔にポタポタ落ちた。そんな俺を宥めるように背を撫でる

やっぱりあんたは悪い大人だ、こんなじじぃになった俺を泣かせてカッコ悪いったらありゃしない

言いたいことが山ほどある

聞きたいことも

話たいことも

なんで、なんで

どうして、どうして

今はこんなことしか言葉出ない

神さま会えました

会いたかった

会いたかったこの人に

「腹空いたな、メシでも食いいくか。あぁメシよりビールが良いかな」

変わってない

あんたはちっとも変わってない

ぱんぱんコートを叩きながら立ち上がり微笑むあんたはあんとき『またな』と笑いながら手を振ってアパートのドアを閉めたときと同じだ

歩きだす

2人一緒に歩きだす



「高杉こっち」

銀時くんにばったり会った。今日は偶然誰かと会う日なのだろうか

2、3言葉を交わし『また本借りにおいで』と言えば元気に挨拶して銀時くんは黒髪の青年と楽しそうに去って行った

風がそよぐ

隣で歩く人を見る

花が舞う

隣で歩く人は夢じゃないのか

手を握る、暖かい

神さまって本当にいるんだな

空を仰ぐ

俺は深く神に感謝した

















fin



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