東方想天界
Stage5 比那名居と金屋子
Side - Rigen Hinanai -
私たちの主の名居守(ないのもり)が名居守(ないのかみ)と成り、俺が比那名居として天界に来たのはもう数百年も昔の事になる。
我々、比那名居は天人としての修業を積まずにただ名居守と大村守(おおむらのもり)のつまりは他人の力で天人として取り立てられたのだ。
天界には比那名居の隠語で『七光り』や『成り損ない』等の別称がある。
まあ、確かにその通りなのだから私は反論しない。
ここ二百年は仕事や天界の派閥争い等で天人として修業を積んでいなかったし、家族とも触れ合えもしなかった。
けれど、そんな俺にも理解者がいた。
金屋子神の遣いである金屋子 剛李だ。
彼は死の間際に金屋子神に縋り天人になったそうだ。
当時の天界は開拓時代だったそうで、その時に多くの土地を開拓した者が天界の実力者として今も残っている。
彼はその開拓時代にある程度の土地を切り開いた後は千年ほど天人としての修業をしていたらしい。
今の能力もその時に身につけたらしい。
そして、千年の修業を積んだ彼には私達の様に蔑称は着かなかった。
そうして、派閥を束ねるには小さく、ただの天人としては大きい土地と実力を兼ね備えた彼は天人としての格を着々と上げていった。
さらに、新人天人の後見もたまに勤めるという独善的な者が多い天人らしからぬ一面も持っていた。
普通、天人の後見というのは死神を相手にして追い返せる様になるまで世話を見るというものだ。
実際問題、自分を襲いに来る死神を撃退するのも大変なのに他人の世話まで見る奴が居るのか?
俺だったらそんな余裕は無い。
死神もそんな剛李を目の敵にして多人数で襲ったことがあるが一人残らず冥界に叩き還されたようだ。
そんな彼だから、俺は…。
比那名居と金屋子
Side - Gouri Kanayago -
…じろじろと見られている。
ヒソヒソ、ヒソヒソ
「あっ!」
通る廊下ですれ違いそうになると誰も彼も枝道に入って私たちを避けている。
「おお、金屋子…、グエッ」
誰かが俺を呼んだ気がしたがカエルが潰れたような声を発していなくなってしまった。
…ここは、俺の知っている竜宮ではないのか?
Side - ??? -
「ふっ、人の恋路を邪魔するやつはこうなるのよー!」
「シッ、バレるから静かに」
「…衣玖ちゃん、お幸せに」
彼女たちの足元には先ほど剛李に声をかけようとしていた天人や、嫉妬と書かれたマスクを被った者が複数人転がっていた。
Q:誰?
A:暇な竜宮の受付嬢たち
今日、暇なお役所よろしくやる事が無くて退屈していた彼女たちの目に飛び込んできた格好の餌。
もとい、敏腕竜宮の遣いの永江衣玖と、少し前に何らかの理由で天界を追放された(らしい)元監察御史の金屋子剛李が揃って竜宮に入ってきたのだ。
「衣玖ちゃんが仕掛けたのかしら?」
「そう? 金屋子さんも結構ヤるらしいよ?」
「マジで!?」
「やっぱり愛し合う二人を引き裂くことは出来なかったのよ!」
「それは…」
「あ、2番目の角を曲がったよ」
「付けるわよ!」
「ラジャー」
彼女たちは願う、『面白い事態になります様に!』と。
Side - Gouri Kanayago -
「静かですね」
そう、さっきから誰とも出会わないのだ。
おかしい。
「私が居なくなってから竜宮は変わったのかい?」
「いえ、そんな事は…」
確かに今は竜宮の高官室があるエリアだがこの遭遇率の低さは異常だろう。
まだ勤務時間のはずだからもう少し人が居ると思ったのだが…。
「…」
「…」
会話が途切れる。
けれども、嫌な沈黙ではない。
昔、彼女と仕事をしていたときの事を思い出すような沈黙だ。
本当に必要なときや、仕事の一段落した合間合間に声をかけてくれる永江君。
ああ、私は彼女の事が…。
「って考えてたらステキよねー」
「ホントー、ロマンチックだよねー」
「もう何も言わなくても通じ合う中って憧れちゃうー」
Side - Fake -
Side - Gouri Kanayago -
ゾクリと背筋に悪寒が走る。
「どうかしました?」
「いや、…なんでもないよ」
早く黎玄の執務室に着かないかなぁ。
すごく嫌な予感がする。
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