東方想天界
Stage2 豪雨の震源地
Side - Gouri Kanayago -
里のはずれにある家から傘を差して道なりにテクテクとしばらく歩くと見える小高い丘の上に向かう階段。
幻想郷を見渡す丘、博麗神社につながる階段だ。
所々にある水溜りを避けて上りきった先には基礎の部分からグシャリと潰れた神社があった。
豪雨の震源地
Side - Reimu Hakurei -
博麗 霊夢(はくれい れいむ)は、にわかに曇り出した空を見て境内の掃除を止めて、洗濯物を家の中に取り込み始めた。
神社が倒壊してから今日で七日目、それからずっと突き抜けるような蒼天だった。
神社の倒壊は仕方が無い。
地震という最大規模の自然現象を前にして人間は無力なのである。
霊夢は『博麗の巫女』と言われる幻想郷の守人だ。
いつもの妖怪退治、異変解決なら幻想郷最強で敵無しの巫女も自然災害には対抗の仕方が無い。
その事に対しては自身の中で納得しているし、社務所の下敷きになって大きな怪我もなく生きているだけ儲けものと考えて今は客人用の別棟で暮らしている。
強いて言えば、境界の妖怪で幻想郷の管理者の八雲 紫(やくも ゆかり)が地震の後から一切顔を見せない事に多少の不満があったが些細な事なのだろう。
紫にとっては『神社』ではなく『霊夢』と『博麗大結界』が無事だという確認が取れたなら良いのだろう。
実際に紫の式神の八雲 藍(やくも らん)と橙(ちぇん)が地震の後に一番に私のところに来て砕けた敷石などで散らかった境内の片付けも手伝ってくれた。
紫が来れば一瞬で神社も社務所も元通りに直してもらえるのに、と言うと藍と橙は明後日の方を向いてハハハと乾いた笑いを上げた。
霊夢が洗濯物を持って別棟の居間に着いたときにザァと雨が降り始めた。
あー、涼しい。
ここ最近ずっと晴れだったから生き返るわー。
七日くらいの日照りは霊夢にとっては問題無いが境内の木々にとっては問題である。
打ち水のついでに木に水をやっていたが、この雨足なら当分降るだろう。
霊夢は居間で温かい茶を啜りながら久々の涼を取っていた。
Side - Gouri Kanayago -
その頃剛李は豪雨の中で傘を差し倒壊した神社の前に立っていた。
さて、神社に来たは良いんだが…。
巫女は、何処だ?
神社は倒壊、故にいない。
社務所も倒壊している。
巫女は何処だ?
慧音に今巫女が何処に居るのか聞いておけば良かった。
後悔先に立たず。
剛李は頭を抱えた。
Side - Reimu Hakurei -
霊夢はコトリと空になった湯飲みをちゃぶ台に置いて窓の外を見ると誰かが境内に立っているのを見つけた。
こんな雨の中誰だろうか?
魔理沙(まりさ)や萃香(すいか)ならば知らない仲では無いのだから雨が止むまで一緒に家に居てもいいのに、と霊夢は袴の裾に泥が付かないように高下駄を履いて傘を差して雨の中に入って行った。
気をつけていてもパシャパシャと水を跳ね上げてしまう。久しぶりの雨なのだ、嬉しくない訳が無い。
ふふっ、まるで子供ね。
でも、水を跳ね上げて相手に掛けるのも悪いから跳ねないようにして誰かに近づいていった。
誰かが振り返る。
あら、確かこの人は…。
意外な人物を見て霊夢は目を丸くした。
彼はたしか少し前に人間の里の近くに引っ越して来たと紫に紹介された天人の金屋子 剛李だったか。
とにかく、よく知らない人物が来たのだ。
「博麗さん、この度は悪かったね」
剛李が苦笑しながら話しかけてくる。
「ええ、全くよ。でも、命があるだけ儲け物って思うことにしたわ」
「そうかい、神社の再建をするときには私にも声をかけてくれ。香霖堂にあった外の書物によると建造物の基礎に鉄を多く使うと災害に強くなるそうだ」
確かに金属を基礎にして神社を建てればちょっとやそっとの事では神社は傷まなくなるだろう。
「じゃあその時はお願いするわ。大工の棟梁に話しておかなくちゃ」
「ああ、それは私が言っておこう。私の方が里に近い場所に住んでいるからね」
それは助かるわ。
ここからじゃ里に行くのにも大変だし。
「なんだか悪いわね。お茶でも入れるから上がっていってくれるかしら?」
「じゃあお言葉に甘えて」
…遠慮しないわね、まあいいわ。
私が先導して二人で別棟に向かう。
これで貸し借りは無しよ。
良いお茶っ葉はどこに仕舞ったかしら?
ああ、それと気持ち悪いからこれも言っておこう。
「ねぇ」
「何かな?」
「博麗じゃなくて、霊夢でいいわ。みんなそう呼ぶから」
「じゃあ私も剛李でいいよ」
「後その話し方。気疲れする」
こっちの様子を窺いながら話すような手合いはあまり好きでない。
「そうかい、私はこれが素だから『直せ』と言われて直るか分からないが努力しよう」
「…はぁ。あ、先に上がってて」
努力してくれるというのだから、もうこれ以上言うまい。
先に剛李に上がってもらいお湯を沸かそう。
薪は…、半分くらい湿気てしまっている。
いくらこんな雨でも湿気るには早いだろう。
「ああ、湿気てしまっているね」
「ええ、向こうの蔵からケータイネンリョウって奴を出してくるから少し待っていてくれる?」
なんでも霖之介さんによると「水で濡れていても火が点くらしい」全く、外の世界は凄いわね。
「いや、それには及ばないよ。薬缶を貸してくれないか?」
薬缶? 何に使うのだろうか。
薬缶を手渡すと剛李は瓶の汲み水から湯呑み2杯分くらいの水を柄杓で汲み入れた。
「お茶の種類は?」
「普通の里で売っているお茶よ」
すぐに薬缶から湯気が出た。
「能力?」
「そう、空間の温度を操作する程度の能力」
「便利?」
「悪くは無い」
剛李はそのまま湯飲みにお湯を注いで湯呑みを温めた。
湯呑みが暖まった頃に私は、湯飲みから茶葉を入れた急須にお湯を移す。
お湯を入れた瞬間、茶葉の良い香りが広がる。
一番茶は長すぎず、短すぎず淹れるのが美味しい頂き方。
ちなみに、二番茶は冷めたお湯で手早く、三番茶は二番茶より熱いお湯で手早く淹れると美味しく頂けるわ。
「…美味い」
「お湯の温度が良かったからよ」
駆けつけ一杯、一番茶の醍醐味はその香りと深い旨みよ。
二番茶以降はサッパリした飲み口と時折感じる渋みね。
「なあ、霊夢」
ああ、お茶って最高!
「霊夢?」
…コホン。
「何?」
「竜宮の使いは来たかい?」
「何それ?」
「地上で災害が起こる前にその被災地域に危険を知らせるために表れる使いだ」
「来なかったわよ。…なんでアンタが頭を下げるのよ」
地震を起こした犯人が剛李なら締め上げてヤキ入れた後に土下座でも何でもしてもらうところだが、そうではない。
なんだか首筋がチリチリして背中がピリピリする。
「いや、これは私の責任なんだろう。実は…」
適当に相槌を打ちながら話を聞くと、前に天界の竜宮で働いていたらしい剛李は例の竜宮の使いとやらを統括管理する立場にあったそうだ。
その時に規則を破った者を厳しく指導しなかったために、今回の災害で竜宮の使いが来なかったのだろう。だからこれは私の責任だ。ということらしい。
「すまない…」
ああっ! もう!
「アンタが直接地震を起こしたわけじゃ無いんでしょ! じゃあ悪いのは誰でもないわ!」
「しかし」
「しかしもカカシも無い! はい、この件はこれで終わり」
「すまない」
ええい、大の大人がそんなに謝るな。
シュンとした顔で俯くな。
全く、私が悪者みたいじゃない。
「ご馳走になった」
剛李はグイッと湯呑みに残ったお茶を一気に飲み込み立ち上がる。
ああ、せっかくの一番茶が…。
「湯呑みは土間の桶に入れといて」
「ああ、美味しい茶をありがとう。次は茶菓子を持って来よう」
お茶菓子かぁ。
「分明堂のどらやきが良いわ」
「ではまた今度」
「ええ。またね」
剛李が出て行ってしばらくすると雲間から光が差し始めた。
…雨の後だから蒸し暑くなりそうね。
うちわはタンスの上だったっけ?
Side - Gouri Kanayago -
一方剛李は。
あ、雨の事を聞くのを忘れてた…。
雨の中、また頭を抱えていた。
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