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東方想天界
Stage8 竜宮落日

Side - Akyuu Hieda -

「いやぁ、助かりました。ありがとうございます」

「いやいや、良いって事よ。今度は早苗を通さなくても来たい時に来な、天狗には私から言っておこう」

魔理沙さんから「おっそろしい神様だぜ」と聞いていたので気構えていたのですが、八坂様はなかなか友好的な神様でした。

まさか、出雲の『国譲り』からそれ以降の話まで伺えるなんて。

「はい、それでは失礼します」

そう言えば、この社にはもう一柱の神様が奉られているという噂が…。
ちょっと寄り道してみようかしら?

礼をした後、鳥居を潜って参道の横道を見る。
ああ、獣道のようだが誰かが通った後がある。

そっちに踏み出そうとした瞬間、声が掛けられた。

「止めときな」

背筋が凍る。
あの閻魔にも劣らない存在感を背に感じる。

「ココには私と早苗しか居ない。そうだろう?」

有無を言わせない低く私を威圧する八坂様の声。
口の中が渇く、その代わりに額から汗が滴る。

「そうだろう?」

「は、はい」

負けた。
念を押されてはもう人間には手出しができない。

「さあ、大人しく帰んな。護衛の天狗も呼んだ」

「あやややや、緊急招集がかかったと思ったら」

つむじ風一閃。
そこには私もよく見知った天狗の一人。文さんが飛んで来ていた。

「ああ、大至急この子を里まで送ってやってくれ」

文さんは笑顔で答えた。
ああ、もちろん事務的な笑顔なんでしょう。本心では急な仕事を押し付けられて不満が溜まっているのだろう。

「はい、この射命丸文にお任せください。はい、それじゃ阿求さん。行きましょう」

そう言うと文さんはいきなり私の腋の下に手を入れて抱え上げた。
えっ、ちょっと。まさか、このまま里に?

「じゃ、行きますよー。喋ると舌を噛むので苦情は受け付けませーん」

「ちょっと、待ってくださ…ヒャフッ」

こうして、私は里に帰り全身を襲った風圧と腋の痛みで二日ほど寝込みました。
文さん、覚えていてくださいね。

それにしても、飛んでる途中に雲を裂いたあの光は何だったんだろうか?
文さんも「わー、何なんでしょうね。ああ、仕事が無ければ飛んで行きたいのですが」と言っていた。
今度、里外れに引越してきた天人の金屋子さんにうかがってみよう。




竜宮落日




Side -Tenshi Hinanai -

「調子乗ってんじゃねーぞー」

「そーだー、お前らなんか天人じゃねーだろーが」

まったく、なんて低俗な煽り文句だ。
聞いていて悲しくなってしまう。

そう、理性では分かっている。

「うるっさいわね! 毎日毎日それしか言えないの? 馬鹿じゃない?!」

でも、感情はそうじゃない。

「わー、成り損ないが怒ったぞー」

「逃げろー、五衰に囚われるぞー」

こんな奴らにっ。
悔しくて、情けなくて、頬を涙が伝う。





『総領娘』
これが私に付けられた記号で、役割。
私によってくる大人は皆、私を『総領娘』と呼ぶ。

お父様に取り入れられる一環として、私の機嫌を取れば良いと思っているのだろう。
無駄な事ね。私とお父様の距離は遠い。

『成り損ない』
これも、不本意だが私に、いえ私たち比那名居一族に付けられている記号。
比那名居一族はお父様が名居守という神に成った神官に仕えていたから天人に成れた。
けれど、天人として格を備える修行をせずに天人になった。
それが他人の嫉妬や侮蔑の好い対象になったのだ。

妬みに侮蔑、大いに結構よ。
それで何が得られるというのかしら?
満足感? 安心感? 悲劇の主人公気分で自分に酔っていればいいわ。



そう、私は世界を斜に構えて見ていた。

善意なんて信じない。
打算が見え見えなのよ。

悪意?
毎日飽きるほど浴びているわよ。
お陰で外も歩けやしない。




そんな私の世界にアイツが現れた。

「やあ、君が黎玄の娘の天子ちゃんか。初めまして、金屋子剛李だ。よろしくね」

「…」

何だ? コイツは。

今思えば、淑女にあるまじき顔をしていたと思う。
いや、間違い無くしていただろう。

「何か用?」

「いや、折角の宴会に隅に居るからね」

「ほっといてよ、もう帰るんだから」

「じゃあこれを持って帰るといい」

そう言って奴は今日の宴会に出されていた料理を笹の葉で包んだ物を渡してきた。

「いらない」

ゴマすりにしても迷惑だ。いや、毒が入っているかもしれない。

「そうか、残念だ」

奴は美味しいのにと、その場で食べ始めた。

…確かに、美味しそう。

「…」

くうぅぅぅ

カァッと顔が赤くなる。
仕方ないじゃない、料理を取りに行くには宴会の輪の中に入って行くしかないんだもん。

「…食べる?」

「いらない!」

人の食べかけなんて食べれるわけ無いじゃない!

よくコイツは機嫌が悪い私の隣で美味しそうに料理を食べれるわね。



ぐうぅぅぅぅ

腹の虫をここまで恨んだ事は後にも先にもこの出来事以外には無い。

「新しい物を持ってくるよ。何かリクエストはある?」

奴が立ち上がり宴会の輪の中に向かおうとする。

「……エビ食べたい」

「エビだね。ちょっと見てくる」




しばらくしてアイツが持ってきた皿の上には茹でられたエビが居た。

「お伊勢さんのエビだって」

甲羅を剥いて身を分けていく。

「はい、どうぞ」

「…ありがと」

久しぶりに食べたエビはしょっぱかった。





その後、お父様の弱みを握るため誰か(三なんとかだっけ?)の刺客が私の誘拐を企んでいて、アイツは私の護衛を頼まれていたと知ったのは全部終わってからの事だった。









「私は総領娘なのよ! 通しなさい!」

「そ、そんな事を言われても規則ですから…」

まったく、融通の利かない門番だ。

「いーじゃないの、規則なんか! 私は一分一秒も惜しいんだから!」

竜宮に入るためのチェックがこんなに厳しいなんて聞いてないわよ!

「ダメです、ココからは部門長以上の権限が無いと入室許可できません」

「私のお父様は右大臣補佐よ! だから娘の私も通っていいの!」

そう、こういう時には使えるものは何でも使った者勝ちなのだ。

「それは、どういう理屈なんだい。天子ちゃん」

竜宮の戸を押し開けて剛李が出てくる。
なんてタイミングだ。

「うっさい、バカごーり。遊びに行くからついて来なさい」

「ごめんね、渡辺さん。天子ちゃんには私から言っておくよ」

そんなうだつが上がらない門番に構う暇があるなら私の話しを聞きなさいよ。

「いえ、金屋子様も…お疲れ様です」

「ごーり! 早く来なさいよ!」

剛李が門番に手を上げてこっちに来る。
まったく、レディを待たせるなんてどんな教育を受けたのかしら。

「おーそーいー!」

「ごめんね、今日は何処に行くんだい?」

「そうねー、今日は…」





こんな日々がずっと、ずっと続くと思った。

…思ってた。






「さあ、今日こそは通してもらうわよ!」

数年間お父様に頼み込んで、ついに、ついに!
竜宮の『通行許可証』を作ってもらったのだ。

どうだ! これが比那名居の力よ! 恐れ入ってひれ伏すがいいわ!(本当はお父様の力なんだけれど…)

しかし、そんな私を迎えたいつもの門番、渡な…何でもいいわ。とにかく、その門番は私を目にして首を傾げた。

「あれ? 総領娘様。金屋子様は先月、一身上の都合で竜神様に退職願を出されましたよ」

「え?」

聞いてない。そんな事、聞いてないわよ!

「嘘、でしょ?」

彼は横に首を振った。

意識が遠くなって、地面が近くなる。
いや、私がその場に座り込んだのだ。

そんな、馬鹿な事があってたまるか。
ようやく、仕事中でも剛李に会えると思ったのに。

この間だって、いつも通り何事も無く竜宮から出てきて、一緒に桃園に行って、酔っ払って寝ちゃった私を剛李が背負って家まで帰って、そんな帰りの遅い私たちに衣玖が雷を落として…。

嘘よ、そんなの嘘。
剛李は私を置いてどっかに行っちゃうはずなんて無いんだから。

「ふふふ、ふふふふふ」

「そ、総領娘様?」

そうだ、剛李が自分の意思で私を置いてどっかに行っちゃう訳無いのよ。

「ハハハ、そうよ。全部、全部」

そう、この事態を止められなかったのは。

「おとうさまだ」

剛李が居ないことが分かっていて私に許可証を渡したんだ。
だから、数年間頼んでも出してくれなかった通行証を昨日渡してくれたんだ。

「ねぇ」

「はいぃっ」

ふふふ、そんなに驚かなくてもいいじゃない。

「許可証あるでしょ」

門番の目の前に証書を突き出す。

「あ、あります」

「通って良いよね」

「は、はい」

そう言って門番は私の前から退いて戸を開けてくれた。
ふふふ、剛李と違って気が利くじゃない。

「ありがと」

ふふふ、待っててねおとうさま。







Side - Rigen Hinanai -

まさか、こんな事になるとは…。

これまで欲しい物を一切言わなかった娘が唯一『欲しい』と言った物。
竜宮の通行許可証。

ついこの間にようやく一人分だけ誤魔化せるダミーデータを竜宮のデータベースに潜り込ませて試験的に作った許可証。

実験的に作ったものだか、許可証に間違いはあるまい。
だから、娘に与えた。

その娘がすぐに許可証を使用して私の元に来る事は想定内のことだった。

そう、来るまでは。






コン、コンコンと執務室のドアがノックされる。
この時間、竜宮の職員ならば俺が書類と戦っている事を知っているはずだが…。

「誰だ?」

「おとうさま、少し聞きたいことがあるのだけれど」

意外な、いや想定内か。
新しいおもちゃが手に入ったのだ。

あの天子の事だ。使わないなんて選択肢は無い。

「入れ。書類を見ながらで良いなら聞いてやる」

すぐにドアが開く。
ん、若干足取りが軽いか?

浮かれているならば叱咤するか…。

「どうした」

「ねぇ。お父様」

天子が俺の顔と書類との間に手を挟む。

「天子、執務の邪魔をするなら出て行け」

それでも天子は手をどけない。
…調子に乗っているな。

「天子、通行証取り消しはいつでも出来るのだぞ」

「いいわ、いらない」

どういう事だ。あれほど欲しがっていた物を一日にして放り捨てるのか。

「そうか」

「ごーりに会えないなら、いらないわ」

どうして金屋子さんの名が出る?

「お父様は知っていたのよね」

「何を、だ?」

分からない、天子が何を考えているのか。

「ごーりが居なくなった事を」

っ…!
こういう時は面の皮が厚い自分を褒めたくなる。

まさか、いや、そういう事か…。

「ああ」

「知っていて、私に許可証を渡したんだ」

「…そうだ」

突然、机上の書類が宙を舞う。

天子が身を乗り出し机に両手を叩きつけたのだ。

「どうして、剛李がいなくなるって、なんでなのよ!」

その事は三峰が手を回して一時的に職を退いただけ。
竜神もバカではあるまい、あと数日もすればいかに金屋子さんが有能だったか気づいて召還状を出すだろう。

しかし、天子がそれを知る必要は無い。
そんな大人の事情なんかをまだこの娘は知らなくていいのだ。

「それは、お前の知らなくて良い事だ!」

そんな天子の売り言葉への俺の買い言葉に対して天子が冷静に返せる訳がない。

「何でよ! 理由も示されずに納得なんて出来るわけないじゃない!」

その瞳には理性的な光は感じられない。
この調子では何を言っても納得する訳ないだろう。

「…今は言えん」

さらに書類が舞う。
処理済、未処理なんてもう関係ないほどに散らかってしまった。

「意味分かんない! 説明してって言ってるじゃない!」

俺は激昂する娘を前に、口を閉ざした。

今は何を言っても通じまい。






Side - Rou Mitumine -

「総督。金屋子、永江両名の霊力反応消失を確認!」

ふん、奴は気に食わんが仕事はこなすようだな。

そろそろ、機か。
黎玄がこの時間に執務室で雑務処理をしている事は調査済みだ。

「捕獲隊を動かせ」

「はっ、捕獲隊! 作戦開始!」

伝令に伝えた指示が瞬く間に広がる。
成功までの道は、見えている。

今はそれをゆっくりと歩いていこう。







Side - Sachi Konomiya -

あ、ありのままに起こった事を話すわ。
二人揃って竜宮に登宮した金屋子様と衣玖ちゃんを尾行していたら、二人とも比那名居の総領様の執務室前で光に包まれて消えた!

何を言っているのか分からないと思うけど、私も何を言っているのか分からないわ。
天狗の仕業とか、スキマ妖怪のいたずらとかそんなチャチなモノではないわ。
もっと凄いモノの片鱗を見たのよ。

「ねぇ、今のって…」

「愛の逃避行!?」

「おバカ! 誘拐よ、誘拐。…えー! 誘拐!?」

「誘拐ぃ!?」

阿鼻叫喚、もとい自分たちの絶叫で我に戻る。

「どどど、どうするの?」

「どど、どうしよう?」

「おおおおおおお、おちつきなさささい」

まず、貴女が落ち着きなさい。

「りゅ、竜神様に報告しなきゃ!」

「そうね! まずはホウレンソウの報ね!」

「ホウレンソウって、文章だからできる表現よねー」

メタ発言禁止ー!

そんな風になんやかんやしてたら、執務室前に怪しい集団が集まっていた。

「ちょっとー、アレ」

「犯人発見?」

「私たちの楽しみを返せー!」

ちょっ、待って。マズイって。

同僚の圭子が飛び出すとその集団はこちらに向けてスプレー缶の様な物を投げた。

あっ。

瞬間、強烈な破裂音と目を灼く光が私たちを襲った。

金屋子様、衣玖ちゃん、総領様。どうか、どうかご無事で。
そんな事を思いながら、私の意識は闇に溶けていった。






Side - Rigen Hinanai -

ドアの外から強烈な破裂音が飛び込んできた。

クソッ、今日は想定外の事ばかりだ!

「ちょっと! 聞いているの、お父様!」

天子を無視して机の引き出しを全て開ける。
三峰の手に渡るとマズイ書類を精査して抜き出す。

「何してるの、私の話を聞いてよ!」

後でな。

まとめた書類に霊力で起こした火をつける。
こうした処理をするとき、紙媒体は便利だ。

「キャッ、何をしてるのお父様」

天子の目に少し理性的な輝きが戻ったか。
火を見て怯えた本能が理性を引っ張り出したようだ。

「ちょっと、何コレ?」

天子に緋想の剣と、机上の写真立てを押し渡す。

「比那名居家に伝わる武器『緋想の剣』だ。今、敵がドアの向こうまで来ている」

サッと天子の顔が青くなる。

「ちょ、ちょっと待ってよ。こんな物を持っても私が戦える訳無いじゃない!」

そう、天子には戦う力は無い。

「ああ、だから」

天子の頭に机から引っ張り出した札をくっ付ける。
その札を見て思わず笑いがこみ上げてきた。

へったくそな字だなぁ、金屋子さん。

「お前は逃がす、そして…」

ドン!

力任せにドアが叩かれる、ただの霊力で施錠したドアだ。そんなに持つまい。

「生き延びろ」

バキッ!

「動くな! 比那名居黎玄!」

奴らが入ってくると同時に天子に貼った『転移札』が効果を発揮した。

「お父様! 後ろ!」

分かっている。

背後から突き出された剣を天子に当たらないように腋で挟んで止める。

「ぐっ、動かな、ゲフッ」

そのまま裏拳で鼻の骨を折る。

戦闘中に無駄話をするな。
俺が金屋子さんなら今の隙に10回は殺している。

天子の転送も終わり、執務室の入口に目を向けるとちらほら見知っている顔を含めて10人ほどがそれぞれの獲物を構えて立っていた。

「面倒だ」

スーツの上着を脱ぎ捨て、ネクタイを緩めて第一ボタンを外す。

「纏めてかかって来い」

「うわあああ!」

「よせっ! 挑発に乗るな!」

かかって来たのは先頭に立っている槍を構えた男だ。槍術使いとは珍しい。が、若い。

踏み込みと槍の長さから間合いを計りその内側に潜る。

「しまっ、ン゛ッ!」

彼の懐から顎目掛けて掌底を打ち出す。

ガチンと上下の顎がかち合った後、バキンともう一段階顎が動く。
目を白黒させているうちに挙げた腕を下げて、左右それぞれの腕を掴み肘から無理矢理に外側へ曲げる。

「ッ!」

叫びたいのに下顎が砕かれているのはさぞ辛かろう。
これでコイツはしばらく戦力にならない。

扉の方に蹴り飛ばして一丁上がりだ。

「さあ、次はどいつが地獄を見たい?」

俺は早く家に帰って天子と話し合わなければならない。
接し方が分からず避けるのは今日で終わりだ。














Side - Rou Mitumine -

「総督!」

「何だ?」

黎玄の捕獲命令を出しておよそ20分。そろそろ、捕獲できてもいい頃合いだ。

「比那名居黎玄の捕獲完了しました、重軽傷者9名。隊はほぼ全滅ですが任務は遂行され、こちらへ転移札で転送中です」

思ったよりもやってくれたな。
ずっとデスクワークだったからと侮ったか?

いや、この三峰。蔑することはあっても侮りはしない。
それだけ黎玄を見誤っていたという事か。

「予定通りだ、よくやった。程度の重いものから逐一治療してやれ」

黎玄がいない竜宮の制圧など赤子の手を捻るも同然の事だ。

「ここまで予定通りに行くとは、な」

数日前、比那名居の蔵から盗ませた『要石』を掌で弄ぶ。
天界を制圧したら、次はこの要石で地上、地獄を崩壊させる。

地上のなんとかと言う力のある神社を襲うデモンストレーションは成功した。
次は地上全てを範囲に入れ無に返す。

そうして新たな秩序が生まれるのだ。

「ククク、そう。もうすぐだ」

もうすぐで世界が手に入る。
俺の手の中に!











Side -Tenshi Hinanai -

転移中の光の中で頭を冷やす。
バカだったのは、私だった。

剛李が私の警護をしてお父様と一緒に敵と戦ってるって知っていたのに。

きっと、剛李は命が危なくなって隠れたのだ。
そのことを私に伝える暇も無く。

ふつふつと自責の念が込み上げる。
お父様だって、辛いはずだ。
だって、剛李は一時とはいえお父様の師匠だったのだ。

師匠がいない私には分からないが、助けてもらった人の危機に何も出来ないなんて…。


光が止む。
転移した先は私の部屋だった。

必要最低限のものしかない真っ白い部屋の中。ふと、お父様が渡した写真立ての写真に目を落とす。

「どうして」

ポロポロと涙がこぼれる。
拭う気力も無い。

「どうして、こんなに幸せそうに笑ってるのよ」

その写真には、青い髪の赤ん坊を抱えて幸せに微笑む夫婦の姿が写されていた。







ピシャリと自分の頬を叩く。

いつまで泣いているつもりだ、比那名居天子。

ゆらりと気質が立ち昇る緋想の剣が視界に入る。

「ねぇ、一緒に戦ってくれる?」

緋想の剣から立ち昇る気質が止まり、不定形だった緋想の剣が一本の刀として形を持った。

「そう、ありがとう」

さあ、これからは。

「ごーりの邪魔する奴らをぶっ飛ばしに行くわよ」

窓を開けて飛び立つ。
ちょっとはしたないけど今回だけは許して欲しい。

「まずは一発!」

高く飛び上がって緋想の剣に霊力を込めて炉として回す。

循環する力を感じる。
全人類の気質を少しずつ集めてさらに炉を回す。

私が害しようと思う相手以外には何の意味も無い力。
でも、私が害しようと思う相手には破滅をもたらす光。

「『全人類の緋想天』!」

スペルカードでもなんでもない。ただの力の奔流。
私が放つ、敵を討つ光。

それは、緋想の剣から放たれて天界のある部分を貫いてから雲を裂き地上へ落ちた。

「あそこか」

目的地は見つけた。
そこにいるのが誰も彼も関係ない。

「さっさと倒すわよ」

そうすれば、きっとあの日常に帰れる。
衣玖と、お父様と、剛李と私。皆で笑いあう日々に。

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