[携帯モード] [URL送信]

小説
あなたと僕を繋ぐ何かがきっとこの手に。


「まったく、君は阿呆なのか。」
ティエリアが冷却シートをペリリと剥がして、熱に浮かされた青年の額へと少し乱暴に貼った。
「CB時代から口を酸っぱくして言っていただろう、体調管理はしっかりしろと。」
「……、…悪い、ティエリア…。」
成長したのは見かけだけかとティエリアに嫌味を言われたが、今の刹那にはそれに反抗する気力はない。
何しろ熱が38℃もあるのだ。
平熱が35℃と低めなため、気力がある方がどうかしている。

刹那には周囲に面倒を見てくれるような存在はいない。
そのため、自分が何もできなくなったら誰かに助けを求めるしかないのだが、同僚のアレルヤには家庭があるし、女性であるフェルトを呼ぶ訳にもいかない。
結局ティエリアに頼むことになり、大量の薬と食料と飲料を持って現れたティエリアにさんざん嫌味を言われたのだ。

「まあいいさ。今回の原因はなんだ?過労か?ワーカホリックめ。」
「…。…いや…。」
刹那が少し微睡むように目を伏せたので、ティエリアは刹那の髪を撫でて優しく言った。
「眠いのなら眠ればいい。僕ならここにいてやるから。」
ティエリアの赤い瞳が、普段は鋭くてあんなに嫌なのに、今日は優しくてなんだか心地いい。
誰かに、似ている気がする。
刹那はゆっくりと瞼を閉じると、すぐに小さな寝息を立て始めた。

刹那が完全に寝ていることを確かめると、ティエリアは今まで座っていたベッドから立ち上がり、刹那を気にしつつもその部屋を後にした。


ティエリアはコートを羽織り、赤いパンプスを履いて刹那の自宅のあるマンションのエレベーターを下りていた。
紫の髪を耳にかけ、コートの襟を正した。

ポケットに入れていた携帯端末を取り出して、ある番号を呼び出す。
チン、と音を立ててエレベーターが1階のロビーに到着すると、ティエリアは通話ボタンを押して相手を呼び出した。

「ああ、僕だ。久しぶりだな。少し話がある。今から出てこれるか。」


***


もう20年近くになるのに、未だに眼鏡を正す仕草をしてしまうのが、ティエリアは嫌だった。
イライラしたり怒っていたりすると、必ずと言っていい程その動作を繰り返してしまう。
今まで生きてきた中で、別段そんなに長い間眼鏡をかけていた訳でもないのに、やはりクセというものは中々消えないのだろうか。

ティエリアはすっかり冷めた紅茶を一口含むと、チラと周囲を見回した。
この喫茶店に入ってからすぐ、近くの席の男たちからの視線を感じる。
この姿になってからというもの、多くなった視線だが、実際浴びてみると少しだけ気のよいものだった。
男の時分では味わえなかったものだ。

ティエリアがカップを戻してフンと鼻を鳴らすと、ちょうど待ち人が現れた。
見慣れた茶髪を乱して、キョロキョロと店内を見回してからティエリアを見つけると、早足で近寄ってきた。
「…ハァっ…ごめんティエリア、待った?」
呼び出した相手は、先ほどいた場所からここまでの道のりをほぼ走ってきたのだろう、息を切らせてティエリアのところへやってきた。
「20分程、な。」
「ひどいよ、当たり前じゃんか。俺んちからここまでどんくらいかかると思ってんだよ。」
息を切らした青年はティエリアの向かいに座ると、アイスティーを注文した。

先ほどからティエリアを気にしていた近くの席の男たちは、青年の登場に残念そうな顔を浮かべていた。

「…で?話って、何?」
運ばれてきたアイスティーを一口飲み込んで、青年は聞いた。
「ああ、少し気になることがあって、な。」
青年―ニールは、ティエリアの方を見つめて首を傾げた。

「刹那と、何かあったか。」

ティエリアの紅い瞳が、ニールを見つめた。

核心をつかれたように、ニールは思わずアイスティーにむせた。
「ゲホっ…!…な、なんで…。」
「昨日刹那から連絡があってな、どうも一昨日から熱があるらしい。」
ティエリアの言葉に、ニールが固まった。

思い当たる節が、多すぎるのだ。

「そして、君のことを一切話さなくなった。あんなに君だけだったのに。」
ニールの、グラスを持つ手が、小さく震えだしたのをティエリアは見逃さなかった。
追い討ちをかけるように、ニールに問い掛ける。
ティエリアにとって刹那は、兄弟のような、息子のような、友のような存在である。
そんな大切な存在に、何かあれば心配になる。
それが、刹那が大事にしていた存在が絡んでいるとすれば尚更気になる。
「どうなんだ、ニール。」
少し踏ん反り返ったような姿勢で言うと、ニールはその視線の重圧に耐えきれなくなったように、徐々に口を開いた。


「刹那に、キスした。」


「…。」

ティエリアの目線が、伏せたニールの顔に突き刺さる。

「…本当に、それだけか?」
腕を組んで、少し威圧的にニールを見るティエリアの紅い瞳が、ニールの心の奥底を探る。
「…、…っ。」
つ、とニールの顎を汗が伝った。

「…、…した…。」
「聞こえない。」
「……、…ふ…」
「ふ?」


「フェラ、した。」


ニールが顔を真っ赤にして俯くと、ごつんとティエリアの拳骨が飛んできた。
ごめん、とニールの小さい呟きが聞こえてティエリアは盛大なため息をついた。
「…まったく、君という奴は…。」
頭を手で押さえたティエリアは、じろりとニールを見た。
「相変わらず変なところで強引だな。」
ガタリと音を立てて席を立ったティエリアに置いていかれないようにと、ニールもすぐに続いて席を立った。

早足でツカツカと歩いていくティエリアの背中を、ニールは小走りで追った。
店を出て自宅の方へと歩くティエリアは、無表情のままだった。
「ティ…ティエリア!待ってよ…!」
ニールの呼び掛けにも反応せず、ティエリアは道の角を左へと曲がった。
「ちょ…本当に待っ…!」
ニールもティエリアを追って角を曲がった。
その時、

ドゴッ

ティエリアの膝が、ニールの鳩尾に入った。


「…ゲフッ…!」
「ニール・ディランディ…君という男は…!」
ティエリアのピンヒールが、ニールの靴の甲に刺さる。
いってえ、と呻いたニールなど気にせず、ティエリアはぐりぐりとヒールを突き立てた。
「ちょ、ティエリア、本当に…マジで痛いって…!」
ニールが痛みに耐えて目の端に涙を溜めてティエリアを見ると、ティエリアの顔は俯いていた。

「ティ…ティエリア…?」
ティエリアと彼が仲が良いのは重々承知している。
だがしかし、ティエリアのここまでの怒りようはどこかおかしい。
ニールは怪訝そうにティエリアの名前を呼んだ。
右足甲に突き立てられたピンヒールが痛かったが、それよりティエリアの沈んだ顔が気になった。


「…、…昔の、話を…してやろう…。」
ティエリアがふいに呟いた。
「…え?」
「昔、もう20年近く前だ。」
紫色のロングヘアーが流れて、ティエリアの顔を覆う。
ニールから表情は伺えない。
だが、寂しげな声からどんな顔をしているのかはわかった。

「彼は、どうしようもない男のことを好きになっていた。普段は兄貴分で頼れる男を気取っているくせに、我が儘で甘ったれで独占欲の強い男だった。」

ニールの心臓が、なぜかドクンと強く早鐘を鳴らした。

「お互いになんのメリットもデメリットもある訳でもないのに、彼らはいつも一緒だった。羨ましいくらいに、あの男は彼の視線も、心も自分のものにして。」

何の話しをしているのかさっぱりわからなかったが、心臓だけがやけにうるさかった。

「それは今も変わらなくて、あの男はもう死んでしまったはずなのに、やっぱり彼の心はあの男のものだった。」

俯いていたはずのティエリアの顔がいつの間にか上げられていて、紅い瞳と目が合った。

「…どうしてだろうな。…どうして…どうして彼は…。」
「…ティエリア…?な、何の話しか…さっぱり…。」

ティエリアの瞳が、少し潤む。
女性といっても気丈なティエリアが瞳を潤ませるなど、ニールは見たことがなかった。


「ずるい男だな。昔も今も。」

心臓がうるさい。
なぜか汗が、背を伝った。
瞳を見開いて、ティエリアからそらせない。


「君のことだよ、ニール・ディランディ。」


自分の知らない過去が、そこにあった。

[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!