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小説
素直に伝えちゃいけない気持ちが歯痒かった。


「37.7℃。…完全な風邪だな。」
刹那は体温計のボタンを押すと、ケースにしまった。
ベッドに横になっているニールは、拗ねたような顔で毛布を頭まで被ってしまった。
「夕べ、髪も乾かさずに寝ただろう。まったく…自業自得だ。」
毛布から少し覗く髪を、刹那が優しく撫でる。
口調こそは厳しいが、表情はかなり心配そうだ。
刹那の膝の上では、『自業自得、自業自得!』とハロが騒いでいる。

コンコン

ニールの部屋のドアがノックされ、開いたドアの方を見れば、そこにはアニューがいた。
「刹那、ニールどう?」
「37.7℃。高くもないし低くもない。」
「そう、…じゃあ…あとお願いしていい?」
「ああ、行ってこい。」
じゃあねニール、お大事にね、と言って、アニューはドアを閉めた。
「…。…かあさん…どこ行くの…?」
毛布から顔を出して言うニールに、刹那はハロを抱き上げて言った。
「隣町まで買い物だと。ほら、大きなショッピングモールが出来ただろう?」
刹那はぎしり、と枕元の椅子に腰かけると、ニールの額に手を伸ばして、すっかり温くなった解熱用の冷却シートを剥がした。
「…ぇ…、じゃあ…。」
「今日は1日、俺がお前の面倒を見るってことだ。」
口をぱくぱくさせるニールの額に、新しい冷却シートを貼りつけて刹那は言った。
『ソウイウコトダ、ソウイウコトダ!』
「ハロ、あんまり暴れるなよ。」
刹那の膝から転がって、ベッドの上でピョンピョン跳ねるハロは、刹那によって床へと下ろされた。

「…ニール?」
「…え、…あ、いや、なんでもない…。」
刹那はそうか、と応えてニールの肩まで毛布を被せると、ぽんぽんと胸の辺りを軽く叩いた。

「まぁそういう訳だから、おとなしく寝てろよ。」
飲み物を取ってくると言って、刹那はニールの部屋から出ていった。
部屋にはニールとハロが残されて、通常の倍に感じる熱気が空間に漂っている。
ニールはもぞもぞと寝返りを打つと、ハロに話し掛けた。

「……なぁハロ…、どうしたらいい…?」
『ドウシタ、ドウシタ。』
「まずいよ…、昨日の今日で…刹那と…ふ…二人きりなんて…!!」

ニールが風邪をひいた理由は、夕べの父と刹那の姿を見たからだった。
刹那を抱き締めて、その頬にキスをし、仲睦まじげに戯れる二人を見て、身体中の血が沸騰するかと思った。
自分が生まれる前からの知り合いで、仲の良い父と刹那―…。
自分の想い人は、もう既に別のひと―父を想っているのだろうか。
ニールは小さい頃、暗い部屋でひとり、刹那が泣いていたのを知っている。
呟いた、“ロックオン”という言葉は、昔刹那と父が同僚だった時の父の名前だと、後にティエリアから教えられた。
刹那は、確かに自分を見てくれているが、いつも自分を通り越して誰かを見ている。
その誰かが、自分が瓜二つな父だと、昨晩ようやっと理解した。
それが真実かどうかなんてわからない。
でもあの時の涙は、“ロックオン”を想って流した涙だ。
それだけは、確かだった。

「失恋、かなあ。」
まだ想いも告げていないのに散った初恋。
初恋は実らないとは誰が言い始めたものだろう。
ニールは火照る額に手の甲をあてて目を閉じた。
閉じなければ、涙が潤んできて、零れてしまいそうだったから。
失恋が悲しい涙ではない。
想いを告げられなかった悔しさが勝っていた。
そして、父によく似た顔で生まれた自分が歯痒かった。

『ニール、ニール。』
「ハロ、俺、失恋…したかも。」
『失恋、失恋!』
「刹那は、父さんが好きなのかな…。」
5歳の誕生日から、ずっと一緒の相棒に語り掛ける。
ここ13年、メンテナンスは刹那の仕事で、ハロのメンテナンスの時は、必ずニールと刹那の二人きりになれた。
その時間が、一番好きだった。

『ロックオン、刹那好キ!刹那、ロックオン好キ!』
高い電子音声が、ニールの耳に届いた。
「…、…え?」
『ロックオン、刹那、恋人同士、恋人同士!』
聞きたくない言葉に目眩がした。
頭が痛いのも、身体中が熱いのも、風邪のせいではない。
この目眩も―…。


コンコン


「ニール、入るぞ。」
ガチャリとドアを開けて、刹那が戻ってきた。
ニールは急いで毛布を被り直すと、また頭まで毛布で覆った。
「薬、飲むだろう?お粥くらいなら食べれるか?」
刹那は持っていたお盆をベッドサイドに置いて、お粥の入っているらしい器とスプーンを手に取った。
そういえばなんだか腹が減ったような気がして、ニールはのろのろと起き上がった。
ニールは器を受け取ろうとしたが、刹那の行動はニールの予想に反していて、刹那はスプーンで掬ったお粥をふーふーと息を吹き掛けて冷ました。
「ほら、口開けろ。」
刹那はずい、とスプーンをニールの口元へと近付けた。
「…え…ッ!?」
突然の刹那の行動に、ニールはドキリとした。
「ほら早く、零れるから。」
「う…うん…。」
刹那の押しに負けて、ニールは渋々口を開けた。
口の中に広がって、比較的薄味なそれを必死に咀嚼した。
お粥なんて、何年ぶりに食べただろう。
10歳前後の時にすごい熱を出した以来だろうか。
ニールが口の中のものを飲み込んだのを見計らって、刹那はまたふーふーと息で冷ましたスプーンを、ニールの口元へと運んだ。
もういい加減諦めたのか、それ以降のニールは素直に従って、刹那に差し出されるまま食事を続けた。




すっかり空になった器をお盆に乗せて、刹那はニールに薬を差し出した。
ニールはあまり薬を飲むことが得意ではないが、ここで薬を飲まなければきっと刹那にまた心配させてしまうと思い、白い錠剤と水を口に含んだ。
薬特有の苦味が口腔に広がり、ニールは少し眉間に皺を寄せた。

飲み終えたグラスを刹那に手渡すと、刹那はニールの頬に自らの手を添えた。
「…なんか上がってないか、熱。」
「…気のせいじゃない?」
食ったら寝ろ、と刹那に言われて、ニールは再びベッドに横になった。
額に貼られた冷却シート、その冷たさが心地よい。
少し汗ばんだ前髪を、刹那はかき上げてやるように撫で、クセのあるニールの髪を指で弄んだ。

「…何。」
子供扱いされたような触れ方が気に入らなかったのか、ニールはむっとした顔で刹那を見た。
「いや。…早く治せよ。」
刹那は優しい手付きで、ニールの頭を撫でた。

とたんに、ニールは泣きそうになった。
泣きそうな自分を必死に堪えた。
そんなに優しくしないでほしい。
もっと好きになってしまうから。
自分にはもう、刹那のことを好きだと高らかに叫べる資格はないのだから。
望みがないなら優しくしないで。
触らないで。
子供扱いはやめてよ。
もう自分は、子供ではないのだ。
刹那に可愛がられて幸福を感じるような、小さな子供ではない。
刹那を好きだと、愛していると、そう思ってしまう、立派な男なのだ。

「…ニール?」
ニールの異変に気付いて、刹那が小さく呼んだ。
「どうし…」
「刹那。」

熱に潤んだ碧い瞳が、刹那を見た。


「好きだよ。」


そう言われるや否や、刹那は何が起こったのかわからぬまま、グイと身体を引かれてベッドに倒れこんだ。
「…!?…ニー…っ!」

抗議の声は、もう上げられない。
力強いニールの唇が、噛み付くように刹那の唇をふさいでいた。

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