[携帯モード] [URL送信]

小説
おかしいのは男女の関係を作ったこの世界。


リビングにある白くて大きな、柔らかなソファーに座って、アニューはアルバムのページを捲っていた。
このアルバムは、アニューとライルが結婚して、ニールが育ってきた日々が刻まれている、ディランディ家の大切な宝物だ。
所々にディランディ一家以外の人物―刹那が一番多いが、アレルヤやティエリア、フェルトにマリー、今はスペインで暮らしているスメラギ、ユニオンに暮らすヴァスティ一家など、ディランディ家に縁のある人物がたくさん写っている。
アニューはアルバムの中から1枚の写真を取り出して、手に取って見つめた。
ニールの生まれた時の写真。
アニューが生まれたばかりのニールを抱いていて、そのアニューの肩をライルが抱いている。
撮ってくれたのは刹那だ。
アニューが産気づいたその日、一番近くにいたのが偶然ディランディ家に来ていた刹那で、ニールが生まれてしばらく毎日のように見舞いに来てくれていたのだ。

「アニュー、何見てるんだ?」
背後からかけられた優しい声にアニューが振り向くと、そこには愛しい夫がいた。
「アルバム。ニールが生まれた時の。見て、これね、刹那がニールに初めてミルクをあげてくれた時の写真なの。」
ライルがアニューの隣に座り、手渡された写真を見る。
そこには刹那が、ずいぶん慣れたような手付きでニールにミルクをあげている姿が写っていた。
「刹那って、赤ちゃんの世話、ずいぶん手慣れてたのよね。」
アニューがペラペラと捲ったページには、刹那が幼いニールと昼寝をしている写真や、ニールを抱いている写真が点在していた。
「ああ、あいつは昔、自分より小さなガキの面倒をよく見てたらしいからな。」
ニールと写る刹那は、どれも今とあまり変わらない容姿をしている。
やはりイノベイターの純粋種としての何かがあるのだろうか。
もう40歳を迎えたはずなのに、刹那は一向に老けることがない。

「ただいまー。」
「あら、帰ってきた。」
今日は外で食べてくると言っていた息子の帰宅に、アニューはおかえりなさい、と言った。
そしてもう一人にも、おかえりなさい、と笑顔で言った。
「すまない、世話になる。」
「いいのよ、刹那ならいつでも大歓迎なんだから。ほらあがって。」
コートとストールを玄関のハンガーにかけ、刹那はリビングへと促された。
刹那と一緒にリビングに入ろうとしたニールは、後がつかえるからと風呂に入るよう言われて少し不服そうだ。
しかし母は強しと言ったもので、アニューはニールをぐいぐい押してバスルームへ押し込み、自身は刹那の宿泊の準備をするために二階へと上がっていった。
そのためリビングには刹那とライルが残され、ライルが所在なさげな刹那を、とりあえずソファーに座らせた。
「久しぶりだな、刹那。」
「ああ、…。」
「…どうした?」
刹那がじっとライルを見つめてくるので、ライルは刹那に問い掛けた。
刹那はライルの隣に座ると、バッグを足元に下ろした。
「…、いや、俺はなんでこんなんなんだろうな…って。」
刹那は自分の手を見つめた。
21歳の頃から、あまり変わらない自分の容姿。
ライルも、アニューも、みんな年をとっていくのに、変わらない自分。
『イノベイターは長命だ』と、誰かが昔言っていた気がする。
現に、イノベイトの身体を使っているティエリアは、一向に老いる様子がない。
ならば純粋種の自分は、もっとずっと長命なのだろうか。
「おまえも、アニューもアレルヤも、…ニールも…、いつかは先に逝ってしまうのだろうか。俺を置いて。」
沈んだ刹那の横顔に、ライルはズキリと心が痛むのを感じた。

「…、…ニールと、何かあったか…?」

ライルが刹那の顔を覗き込んで問うと、刹那は今にも泣きそうな眼でライルを見た。
刹那はしばらく黙っていたが、やがて、小さく声を発した。

「…あいつは…“ロックオン”に似すぎだ…。」
かねてから似ている似ていると言われていたが、今日改めて自覚した。
学校帰りのニールが自分を呼んだ時、あまりの懐かしさに泣きそうになった自分がいた。
ニールは“彼”の生まれ変わりだが、“彼”ではないというのに。
「…似ているから…怖い…。」
そう、怖いのだ。
このままの自分では、あのこを傷つけてしまう。
ニールを“彼”として見ている自分に嫌悪感を覚える。
日に日に“彼”に似ていくニール。
“彼”への想いを断ち切る前に、“彼”は宇宙に散ったから、だから自分はまだこんなにも“彼”を想っている。

沈む刹那を、ライルはただじっと見つめていた。
その細い背中に、ライルはそっと触れた。
そして、優しく抱き締めた。
「なーに落ち込んでんだよ。」
らしくねえぜ、とライルに頭を撫でられて、刹那はきょとんとライルを見上げた。
「何があったのか知らねえけど、そんな顔するのは俺の好きだった刹那じゃねえよ。」
「…ライル…?」
「…、ニールのこと、好きか?」
ライルに核心を突かれて、刹那はドキリとした。
「俺は別にそういうの偏見ないし、年がどうとか人間じゃねえとか関係ねえよ。アニューだって、本当なら人間じゃねえし。」
事実、ライルはアレルヤとティエリアの関係にも偏見を持っていなかった。
元々両刀使いなのだろう、年がら年中ティエリアを口説いてはアレルヤと騒いでいたのを刹那は覚えている。
でも、言える訳がない。
ライルは、ニールの父親なのだ。

「…ッ。」
「…、なぁ、刹那。」
ライルの優しい声に、思わずびくりとする。
「刹那がニールを好きなのは、あいつが兄さんだから?それとも…。」
「違う!俺はっ…!」
兄さん、と言ったライルに、ついカッと反応してしまった。
違う、違う。そうではない。
なのにうまく言葉にできず、刹那の中に歯痒さだけが残った。
「…違う、…俺は…俺は…。」
とうとう涙を流し始めた刹那に、ライルは慌ててその涙を袖で拭ってやった。
なんだか刹那が子供のようで、世話を焼いていたという兄の気持ちがわかったような気がした。

「刹那、いいよ。刹那が言いたくなったら言えばいい。」
ライルの袖で涙を拭われ、刹那は少しだけ安心したような気分になった。
「…。」
ライルの碧い瞳が、刹那を見つめる。
ライルになら、言っても大丈夫なのかもしれない。
この男は口が固いし、何より刹那はライルのことを一応は信頼していた。

「俺、は…。」

刹那はライルから少し身体を離すと、下を向きながら小さな声で絞るように言った。

「……。…ありがとう、ライル。…でも、いまは…まだ言えない…。」

ライルは刹那の言葉に少し驚いていたが、その感謝の言葉と共に浮かべられた笑顔に満足したのか、優しい笑顔を浮かべた。
そして刹那をもう一度抱き締めると、刹那の頬に軽くキスをした。
「…っな!?ら、ライル!?」
「あーあ、やっぱ刹那超可愛い。兄さんじゃなくて俺にすればよかったのに。」
ぎゅうぎゅうに抱き締められて、さすがの刹那もライルの力には適わない。
必死の抵抗もあえなく無視された。

―しかしその時…。


ガツンっ
「痛ッ!!!!!?」
ライルが大きな声をあげた。
ライルの後頭部に飛んできたものが、綺麗にヒットしたのだ。
ライルが痛む頭を押さえながら後ろを振り向くと、そこには笑顔だが背後に般若を背負った、最愛の妻が立っていた。


「あ、アニュー…。」
「ライル、刹那に何してたの?」
口元はニコニコと笑っているが、目が笑っていない。
アニューが投げた物体―オレンジ色の球体AI、ハロは、目をチカチカさせて転がりながら何か言っていた。
『ロックオン、刹那スキ!キスシタ!キスシタ!』
「わ、バカ、ハロ!」
ライルが必死にハロのスピーカー部分を押さえたがその甲斐なく、ハロはしゃべり続けた。

刹那の傍らで夫婦喧嘩を始めるディランディ夫妻に、刹那はクスリと笑った。
彼らは本当に、自分の心安らげる場所だ。
そんな彼らが、刹那は好きだった。
ニールのことは、きっとこれからも自分の中で悩んでいくのだろう。
でも、ライルもアニューもいれば大丈夫と思う自分がいた。

『刹那、ドウシタ。刹那、ドウシタ。』
カションカションと耳を動かして刹那を呼ぶハロを抱き上げて、刹那はそのボディを撫でた。
無機質な手触りが懐かしい。
自分が神と崇めた女神を思い出す。
「ありがとうな、ハロ。ここにいてくれて。」
『ドウイタシマシテ、ドウイタシマシテ!』
わかっているのかいないのか。
そんなハロに刹那は微笑み、ハロにキスをした。
「あっ、刹那、キスすんなら俺に―…ごめんなさいアニューさん嘘ですだからその包丁しまってください。」

ハハ、と声を出して笑う刹那の腕から、ハロはするりと擦り抜けてドアの方へと転がっていった。
先ほどアニューが入ってきて開けたままになっているので、刹那はそのドアを閉めようとハロのところへ近づいた。

「ん…?」
ドアを閉めるとき、刹那はふと廊下の床に目をつけた。
ドアの近く、壁ぎわの一ヶ所が、ひどく濡れている。
それは水溜まりのように水がボタボタと零れた後で、刹那はとりあえずそれを雑巾で拭こうとまたリビングへ戻っていった。


一方その頃二階では、濡れた髪もそのままに、ベッドの毛布に包まるニールがいた。

[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!