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小説
未練とは時に人の形をする。


『わかった。じゃあ、有給休暇申請しておくね。』
「ああ、悪いな、アレルヤ。」
次の日の朝、刹那は同じ職場であるアレルヤ・ハプティズムに連絡をした。
『アハハ、いいよいいよ。今日はニールの我が儘聞いてあげなよ。誕生日なんだから。』
「…誕生日じゃなくともいつも聞いている気がするがな…。」
じゃあね、というアレルヤの声で電話は切れて、刹那は携帯端末をポケットにしまった。
「刹那、電話終わったぁ?」
リビングのドアからそっと廊下を覗くニールに終わったと応え、刹那はほほ笑みながらリビングへと戻った。

―ピンポーン…
刹那がリビングのドアを開けたのとほぼ同時に、ディランディ家のチャイムが鳴った。

「はいはーい。」
パタパタとアニューのスリッパで駆ける足音が聞こえて、続いて玄関のドアが開く音がした。
刹那とニールはリビングから顔だけ覗かせて、玄関の方を見た。
「あら、久しぶりねえ!」
アニューが嬉しそうな声をあげる。
その目線の先を辿れば、刹那もニールもよく見知った姿。
紫の美しい長髪をそよ風になびかせ、ウサギのような赤い目の、豊満な胸を強調した服を着たその人は、刹那たちに気付くと声をかけてきた。
「ああ、刹那、来ていたのか。」
低めのソプラノが刹那を呼ぶと、刹那はビクリとしてリビングに体を引っ込めた。

「ティエリアーっ!」
刹那の足下にいたニールが弾丸のように飛び出し、玄関の人物に飛び掛かる。
「ニールも久しぶりだな。大きくなった。それと、誕生日おめでとう。」
自分の足下にじゃれつく子犬のような少年に、ふわりと優しく笑い、その人物はニールの頭を撫でた。
「こんなところで立ち話もなんだし…、とりあえずあがって、ティエリア。」
アニューに促され、高いヒールのパンプスを脱ぐと、ニールの手を取って刹那の方へと歩いてきた。
「…。」
すらりとした体躯に細い指、桜貝のような爪に白い肌。
豊満なバストにキュッとしまったくびれ、長い睫毛に小さな顔。
同性のアニューですら惚れ惚れとしてしまうその姿は、優雅という言葉がぴったりである。
かつて刹那と行動を共にしていた時とは大分変わった部分は多々あるが、それは正真正銘のティエリア・アーデ本人だった。

「どうした、刹那?僕の顔に何かついているか?」
「…いや。」

刹那とほぼ目線が一緒のティエリアは、刹那の態度に頭に疑問符を浮かべたが、すぐにリビングへと入っていってしまった。


すっかり女性としての生活が板についたようなティエリアであるが、今日に至るまでにはそれなりの事件があった。
先の戦いで肉体を失いヴェーダと一体化したティエリアだったが、刹那たちが偶然見つけたイノベイドの試験体の肉体に精神を移すことで再び身体を得ることができた。
しかしその身体はあくまで試験体―つまりはイノベイドの失敗作のようなもので、果たしてそれは本当に使えるのかと議論された。
一度、保管用ポッドから出してティエリアを移してみたが、どうにも数分で身体が崩れそうになり、ティエリアに身体を取り戻させることは不可能に思えた。
だがダブルオーライザーの粒子を浴びることにより例の肉体に変化が生じ、普通の人間と何ら変わりのないものへと進化したのだ。
よってティエリアの精神を肉体に宿すことができたのだが、その肉体は女性のものであった。
最初は散々拒否したティエリアであったが、アレルヤの説得のおかげで、背に腹は変えられないと思ったのだろう、この身体を使うことに決めた。
一度定着すればそう易々とは離れられないので、再びこの身体に移ればティエリアは完全な女性としてこれからを生きていくことになる。
アレルヤがどう説得したのか知らないが、「女性としてだって生きていくさ」と呟いたティエリアの顔が、刹那には忘れられなかった。
元が大層な男前な性格であったから、かつてのティエリアを知る者たちはなかなか『女性』のティエリアに慣れることができなかった。
それは刹那も例外ではなく、CBに来る前は女性は母くらいしか知らず、トレミーにいたのは姉や妹のような女性たちばかりだったので、ティエリアの存在にはなかなか慣れなかった。
いまもその名残が少しあるため、無意識のうちにティエリアから距離を取ろうとしてしまうのだ。


ティエリアから少し距離を取る刹那を見て、アニューはふむ、と悩んだ。
そしてひとつの提案をした。
「ねえ刹那、ティエリア、ニールとお散歩に行ってきてくれない?」
「「…は?」」
「ニールのお誕生日パーティーの準備したいし、プレゼントも用意したいから…ね?」
刹那は一晩世話になったアニューには当然逆らえず承諾をし、ティエリアは同じ方法で生まれた兄妹には逆らえず頷いた。

「ニール、刹那たちがお散歩に行こうって。」
「ほんとっ!?」
アニューたちの近くで積み木をして遊んでいたニールに言うと、ニールは嬉しそうな顔で近寄ってきて、満面の笑顔で刹那とティエリアの手を取った、
早く行こうと急かすニールに、二人は曖昧な返事を返して、アニューに背を押されるがままリビングを出た。

「さぁって、ニールのケーキを作らなくちゃ。」
ライルは仕事だし、ニールは刹那たちと出かけた。
気をかけるものが何もなくなった空間で、アニューは愛息子の5歳の誕生日のケーキを作るために腕まくりをした。


***


「なぜそんなに僕から距離を取るんだ。」
いくら性別が変わったとはいえ、口調までも急に変えられるわけではない。
相変わらずのティエリアの言い方に、隣を無言で歩いていた刹那は少しビクリとした。
「…、…そんなこと…。」
「あるだろう。そんなに僕が嫌か?」
「…嫌というわけでは…。」
じゃあ何故だ、と追及してくるティエリアにこれ以上の抵抗は無断だと感じた刹那は、ひとつため息をついた。
「………。…髪の長い女は…苦手なんだ…。」
その言葉に隠された意味を瞬時に悟ったのか、ティエリアはそうか、と小さく呟いた。
「ニール、あまり離れるなよ。」
「大丈夫ぅ。」
自分たちの前、少し離れたところを、チョロチョロと寄り道しながら歩くニールに、刹那が呼び掛けた。


「刹那、ブランコ乗りたい!」
途中、ブランコを発見したニールが刹那に言った。
わかった、と刹那が言うと、ニールは嬉しそうにブランコへと駆けていった。
刹那とティエリアは、近くにあったベンチに腰掛けたが、二人の間には少し距離がある。

「ハレルヤは、元気だったか?」
沈黙を破るように、刹那がぽつりと問い掛けた。
「ああ、相変わらずだ。5歳になってもわんぱくで、アレルヤを振り回している。」
そうか、と刹那が返して、また沈黙が訪れた。
「…。なあ、刹那。」
「…?」
「僕は、進歩できていないのかな。」
いきなりのティエリアの質問に、刹那は驚いたような顔でティエリアを見た。
「…どうか、したのか?」
「昨日、アレルヤに会って、思ったんだ。僕は何も進歩していないと。」
刹那は、なんとなくだが、ティエリアの言っていることを悟った。

ティエリアは、かつてアレルヤと恋人同士であった。
まだ“ニール”が“ロックオン”として存在していた頃の話だが、当時トレミーにいた者なら誰でも、なんとなく気付いていたはずのことで、当然刹那だって知っていた。
しかしそんな関係だった二人も、アレルヤが幼少時代に想っていた少女、マリー・パーファシーの登場によって一変した。
今までティエリアティエリアと、ティエリア中心であったアレルヤの世界はマリー中心の世界へと変わり、二人の関係もそこで終止符を打ったらしい。
らしいというのは、刹那はその真実をよく知らないからだ。
いつもティエリアの後ろをアレルヤがくっついていたのに、いつの間にかアレルヤはマリーと一緒で、ティエリアは一人でいることが多くなった。
『そんな想いは、とっくに吹っ切れたさ。』
いつだったか、ティエリアが言ったのを覚えている。
『未練がましいのは、僕の性分じゃないさ。』
そんな二人を知っていたから刹那は、おそらく二人の中では終わったのだろうな、と想っていた。

「僕は、まだ心のどこかでは彼が好きなのかもしれないな。」
ブランコを大きくこぐニールを見てぽつりぽつりと呟くティエリアを、刹那はただじっと見つめていた。
「だから、この身体になる時も、あっさりと承諾したのかもしれない。この身体なら、女なら、彼に振り向いてもらえると思っていたから。」
ティエリアの赤い瞳は、正確にはもうニールを見ていない。
ただ一点を、じっと見つめている。
「未練がましいのは嫌いなどと、よく言えたものさ。僕は…。」
「…。」
「僕の存在自体が、僕の未練の形なのかもしれないな。」

刹那は、ただずっと、ティエリアを見つめていた。
そして小さく震えだしたティエリアの細い手に、自分の手をそっと重ねて、何も言わずにいた。
ティエリアも、何も言わなかった。

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