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小説
君の面影に感じる小さな幸せと虚無感。


「アニュー、体の方はどうだ?」
刹那はアニューに差し出されたココアに口を付けながら言った。
「うーん…たまに手とか足とか痛くなるけど、大丈夫よ。ありがとう。」

ニールが生まれる2年ほど前だが、アニューはかつて一度敵として刹那やライルたちと対立した。
その時、自分たちを、ライルを撃とうとしたアニューを、刹那は確かに撃ったはずであった。
アニューが乗る機体のコックピット部分を、確かに狙った。
しかしアニューは虫の息で生きていて、ライルの願いにより即ソレスタルビーイングの医療機関へと送られた。
手足などの損傷があったため義足や義手で補った点もあるが、アニューは無事に普通の生活ができるようになるまでになった。
そして恋人であるライルと結婚をし、長男・ニールを授かり今に至る。

「そうやって心配してくれるの、刹那だけよ。ありがとう。」
「刹那〜!」
アニューが刹那に礼を言った時、可愛らしい声が刹那を呼んだ。
「どうした、ニール。」
「刹那、今日うちに泊まる?」
突然のニールの申し出に、さすがの刹那も言葉を詰まらせた。
「いや、明日も仕事なんだが…。それにお前の誕生日パーティーにはちゃんと間に合うように…」
「えぇー!」
「…わかった…。」
「やったぁ、刹那大好き。」
どうにもニールには甘くなってしまう刹那である。
それを知ってか知らずか、ニールはあの手この手で刹那におねだりをする。
おねだりと言っても何かを買わせるわけでなく、泊まっていけと要求をするのだ。
なので刹那は毎回ディランディ家に来る時は、必ずと言っていい程お泊まりをしていく。

「あらあら、ニールってば。」
「悪い、アニュー…そういうわけだから世話になる。」
少し気まずそうに言う刹那に、アニューはいいのよ、と笑った。
「刹那なら大歓迎だし、刹那がいるとニールの我が儘が減って助かるわ。きっと刹那に我が儘なとこを見せたくないのね。」
アニューはそう言うと、刹那の宿泊の準備をするために家の二階へと上がっていった。
刹那は仕方なく、明日は可愛いニールのために有給休暇でも申請するか、と考え、また甘いココアに口を付けた。

「何、刹那泊まんの?」
アニューに代わって夕飯のシチューの鍋を見ていたライルが、リビングへと戻ってきて刹那に言った。
「ああ、毎回すまないな。」
「どうせニールの我が儘だろ?仕方ねえって。」
「我が儘じゃないっ!」
揶揄するライルにニールが突っ掛かるが、ライルはそれをひょいとかわしてニールにデコピンをお見舞いした。
別に痛くもないくせに、ニールは刹那ぁ、と泣きべそをかいて刹那に抱きついた。
刹那も子供のずる賢さというものを知っていたから、はいはいと適当に流してニールの頭をぽんぽんと撫でた。
ハハ、と笑って微笑ましく見つめるライルに刹那も笑い、そうしてディランディ家はあたたかな雰囲気に包まれていった。



「刹那、一緒に寝よう?」
「そんなこと言って、最初からそのつもりだっただろう?」
エヘヘ、と笑うニールの頭を撫でて、刹那はソファーから立ち上がった。

あれからアニューの作ったアイリッシュシチューを食べて、ニールに要求されて一緒に風呂にも入り、現在はリラックスタイムと言われて先ほどアニューにハチミツ入りの紅茶を手渡されたところだった。
すっかり第二の我が家と化したこの家は、他人の家といえど刹那にとっては心安らげる数少ない場所のひとつである。

ソファーに自分の枕を抱えてやってきたニールの手をとって、刹那はニールの部屋へと向かうことにした。
「お、ニール、もう寝んのか?」
階段を上がろうとした時、風呂上がりであろうライルと会った。
前ボタンを全て開けた状態でパジャマを着て、頭をわしゃわしゃとタオルで拭いていた。
「うん、おやすみなさい父さん。」
「はいよ、おやすみ。」
ライルはニールの頬におやすみのキスをすると、その頭を優しく撫でた。
「刹那もおやすみのキスする?」
「アホか。」
ライルの冗談をずっぱりと切り裂いた刹那に、ライルは笑った。
刹那は、この男はよく笑う男だな、と思う。

「あ、刹那。パジャマ、お揃いだな。」
ライルがふと気付いたように言った。
刹那もそれに気付いて、自身の着ているパジャマに目線を落とした。
パールグリーンの、刹那には少し袖も裾も長いパジャマは、確かにライルのいま着ているものと揃いであった。
「…そう、だな…。」
「俺もお揃いがいいー!」
刹那の足にしがみついて、ニールが言った。
「もうちょっと大きくなったらなー。」
おやすみ、とライルは続けてリビングへと入っていった。
刹那たちも、ニールの部屋のある二階へと階段を上がった。
部屋に入るやいなや、ニールは本棚へと絵本を漁りに駆けていく。どうやら今夜刹那に読んでもらうための本を選出するのだろう。
刹那はそんなニールを見つめながらベッドに腰掛けた。
ギシリ、と音を立てたベッドは、ニール一人で寝るにはかなり大きいものだ。
それもそのはず、この部屋にあるほとんどのものは、生前の“ニール・ディランディ”が使っていたものだ。
ディランディ一家は、かつてライルが生まれ育ったアイルランドの家に住んでいる。
この家に住みたいというライルのたっての願いで叶えられたことで、ニールは4歳の誕生日にこの部屋をあてがわれた。
またしても不思議なことに、ニールはこの部屋の使い勝手を知っていて、やはり彼の生まれ変わりなのだなと思わせる。

「刹那っ、これ読んで!」
意気揚々と日曜が持ってきたのは、昨年の誕生日に刹那がプレゼントした『青い鳥』の絵本だった。
「これか?この間来た時も読んだじゃないか。」
「だって刹那、読むたびにちょっとお話変わるんだもん。」
ニールは刹那の隣に座ると、刹那に絵本を差し出した。
「わかったわかった。」
刹那は絵本を受け取ると、表紙を開いた。


―なぁ、刹那。青い鳥って話知ってるか?

―知らない…なんだそれは…?

―幸せは案外近くにあるよって話。

―幸せ…。

―だから俺の幸せは刹那なんデス。

―何だそれ。


いつだって思い出すのは、彼と過ごした日々。
もうすぐ彼がいなくなってから10年が経つというのに、我ながら未練がましいと思う。
忘れられない。
忘れたくない。
そう思えば思う程彼への想いは募り、心が苦しくなる。
ここに確かに『いる』のに『いない』という虚無感が自分を襲う。
苦しいはずなのに、心にはぽっかりと穴が開いたようで。

「チルチルとミチルは常世の国へ…、…ニール?」
刹那が名前を呼んだ小さな体は、すでに夢の中にいる様子で、刹那に体を預けて小さな寝息を立てていた。
刹那は仕方ないなと思いつつも愛しい顔でニールを見つめ、布団の中へとその体を潜り込ませた。
自分も布団の中へと入ると、ニールの頭を腕に乗せてニールを抱き締めた。

ふと自分の手を見ると、袖からは指が少し覗くだけだった。
アニューにこのパジャマを渡された時、ライルのパジャマの予備だと言われた。
いくら背が伸びたとはいえ、まだライルには追い付けない。
しかしライルと瓜二つな『彼』には、もっと追い付けない。
背も、気持ちも。

刹那はそんな想いを断ち切るように目を閉じ、無理矢理思考回路を休ませた。

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