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小説
誓いの木の下で交わす約束と夢。


『メリークリスマス!』

パンと鳴ったクラッカーに、ニールは思わず目を瞑った。

12月24日。
ディランディ一家はアイルランドの家でクリスマスパーティーを催していた。
参加したのは、父ライルと母アニューと旧知の仲である面々。
アレルヤとマリーのハプティズム一家と、ティエリア、フェルト、そして―…

ピンポーン

鳴り渡ったチャイムの音に、ニールは玄関まで走った。
扉を開ければそこにいたのは、つい1ヶ月ほど前から付き合い始めた年上の恋人。
「悪い…遅くなった…。」
「いらっしゃい刹那、お疲れさま!」
息を切らせる彼は、きっと仕事場からここまで走ってきたのだろう。
コートを預かると、首筋にうっすらと汗をかいているのに気付いた。
「…走ってきた?」
ニールがコートを壁のハンガーにかけながら聞くと、彼―刹那は少し頬を赤らめた。
「…ん。」
その顔がなんとも言えず可愛くて、ニールは玄関先だというのに刹那を抱き締めた。
いつのまにかニールは刹那の背を抜かしていて、刹那はニールの肩に顔が埋まってしまう。
「…こら、リビング行かないのか。」
「…だってリビングいったら二人きりになれないじゃん…、ちょっとだけ…。」
そのセリフにさすがの刹那も降参したのか、おずおずと自らニールの背中に手を回した。

いくら刹那が年上といえど、そこはやはり付き合いたての恋人同士。
常にお互いに触れていたいと思ってしまう。
昔の日本では12月を『師走』と言われていたらしいが、その通りに刹那も仕事が忙しく、未だにまともなデートもできていない。
久しぶりに触れ合った恋人の体温に、自然とお互い唇が近づいていった。

「おいニール、刹那来たなら入って―…って何やってんだ…?」
ドアを開けてリビングから顔を覗かせたのは、父親であるライル。
ニールと刹那は案の定まだ抱き合ったままで、二人で目を丸くさせたまま大量の冷や汗を流して開いたドアの方を凝視していた。
ライルはきょとんとした顔でしばらく二人を見つめてから急にほくそ笑むと、ニヤニヤしたままゆっくりとリビングへ戻っていった。
「ライル、刹那来たの?」
「あーうんでも今イイとこらしいからちょっとほっとこ。」
「ちょっと待て親父ぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!」

少し名残惜しい感はあるがリビングへ入ってきたニールと刹那は、しばらくの間ライルにニヤニヤされたままだった。


「よ、刹那。」
「ハレルヤ、来てたのか。」
窓辺にいた金眼の青年―アレルヤの息子であるハレルヤは、刹那に軽く手を振った。
父の若い頃に瓜二つのその青年の隣には、ちょこんと窓辺に座る少女。
ハレルヤの6つ年下の妹で、ソーマという。
「ほらソーマ、刹那に挨拶。」
「…、…こんばんは。」
ハレルヤは少しガラの悪いところがあるが、本当は妹の面倒を見る良い兄であることを刹那は知っていた。
「頭に触るなハレルヤっ!」
「ンだとテメェこのデコ助がっ!」
まああまり兄妹仲が良くないというのが玉に瑕なのだが。

「やあ、刹那。」
声に振り向けば、今話していた青年と瓜二つな顔。
アレルヤ・ハプティズムは妻であるマリー・ハプティズムと共にそこに立っていた。
「遅かったね。仕事、残っちゃった?」
「ああ、でも平気だ。今日で片付けてきた。」
マリーから飲み物のグラスを渡されて、刹那は礼を言って受け取った。
「アレルヤも刹那さんを見習わないと。お仕事はいつ片付くのかしら?」
「うっ…、ご、ごめんよマリー…。」
いつまで経ってもアレルヤはマリーの尻に敷かれているらしい。
マリーのお説教が始まってしまったので、刹那は窓辺のハレルヤのところへと戻った。

「…そういえば、ハレルヤももうハイスクール卒業だな。」
ふと思いついたことを聞いてみると、ハレルヤからは曖昧な返事が返された。
「大学に進むのか?」
「あー、まあな、一応。」
未だに突っ掛かってくるソーマを片手であしらい、ハレルヤは話を続けた。

「俺、宇宙艇の操舵士になりたいんだよね。」

「…は?」

まさかの言葉に、刹那は持っていたグラスの中身を溢しそうになった。
「おいおい刹那、ンなにびっくりすることねーじゃん。」
「…あ、悪い。…でも何で操舵士なんだ?宇宙で働くならもっと別に―…。」
「ダメなんだ。」
ハレルヤの意志の強い言葉に、刹那は言葉を遮られた。
「操舵士が危険な仕事だってのはわかってる。」
操舵士は、要望さえあれば宇宙のどこへでも船を向かわせる。
時には大きな荷物や大事な荷物を運び、どんな危険な場所でも行かなくてはならない。
テレビや映画のようにワープ技術の発達はしていないため、目的地まで何ヶ月もかかる場合だってある。
「でも俺は操舵士になりたいんだ。…親父やお袋が飛んだ宇宙を、俺も飛んでみたい。」
ハレルヤが目線を落とすと、ソーマの大きな金色の瞳とぶつかった。
少し心配そうな顔をするソーマの頭を撫でると、今度は反抗されなかった。

「この話、まだ他の奴には内緒な。刹那と担任にしか言ってねえから。」
「…ああ。」


ケーキができた、というアニューの声に、ハレルヤはソーマと共に行ってしまった。
ハレルヤの思いもよらない発言にしばらく惚けていた刹那だが、ベランダに人影を見つけて窓を開けた。

「…ニール…?…何してるんだ?」
「…せつな。」
少し驚いたようにニールは刹那を振り返った。
ベランダはアイルランドの冷たい空気にさらされていて少し寒い。
ぴゅう、と風が吹いて刹那が身を震わせると、ニールは自分の肩にかけていたブランケットを刹那に纏わせた。
「寒い?中いればいいのに。」
「…平気だ。お前こそ…何でここにいるんだ?」
ニールが腕を乗せていた手すりに刹那も腕をかけ、ニールと同じ景色を見つめた。
ニールの右手には水の入ったグラスがあって、ニールはそれを一口含んだ。
「父さんに酒飲まされたから酔いざまし。未成年だっつのに…。」
ブツブツと言うニールに刹那がクスクスと笑うと、ニールも笑った。

「…ニールももうじきハイスクール卒業なんだよな。」
「そうだね。そしたら刹那と会う時間、もっと増えるかな。」
「バカ言え。大学、行かないのか?」
刹那はニールにバカといいつつも、実際にはまんざらでもなかった。
刹那は仕事、ニールは学校。
刹那は土日が休みとは限らない職業らしく、なかなかニールと休みが合わない。
時間がとれてもそれはほんの1、2時間くらいで、一緒に食事をするくらいしかできないのだ。
「行くよ。でもハイスクールよりは時間空くし。」
そこまで考えてくれていたニールに、刹那は急に愛しさを感じ、手すりにあるニールの手をぎゅっと握った。
「刹那?」
「…ありがとな、そこまで考えてくれてて。」
「…うん。」
室内から誰か見ているかもしれないという可能性があったのでキスは我慢したが、今は手を触れ合っているだけでお互い幸せだった。


「俺、宇宙技術者になるよ。」


ふいにニールが言った一言に、刹那は目を見張った。

「宇宙技術者になる。宇宙で働くんだ。」

なぜ、と思った。

ニールの碧い瞳が、刹那を見つめる。
意志の強い光を灯した、碧い瞳。
「俺は宇宙に行きたい。宇宙から、地球を見てみたいんだ。」
「…っ、そんなの…旅行でもなんでも行けばいい!!宇宙で働かなくたって…!」
つい刹那が感情的になる。
ニールの服を掴み、ニールに叫んだ。
幸い室内の方が騒がしかったようで、刹那の叫びは聞こえなかった。

宇宙で働きたいなど、刹那は反対だった。
なぜ宇宙なのだ。
危険すぎる。
また彼を、宇宙に奪われなくてはいけないのか。
それだけは絶対に嫌だった。

なんで、と刹那が嗚咽のによう言うと、ニールは刹那を落ち着かせるように頭を撫でてくれた。
「ごめん、刹那は反対するって思ってたけど…俺は宇宙に行きたいんだ。」
ニールの瞳は真剣だった。
彼の想いもまた、真剣なのだろう。
「宇宙に行って、父さんや母さんや、刹那が見た景色を俺も見たいんだ。」
「…お前、俺たちのこと…。」
ニールは少し困ったように笑うと、刹那から手を離してまた視線を外に戻した。

「ティエリアから聞いた。CBって組織のことも、刹那がMSに乗ってたことも。『ニール』さんも一緒だったんだろ?」
黙っていろと念を押したのに、どうやらティエリアはべろんと喋ってしまったらしい。
刹那はニールから目線を外して、曖昧に返事をした。

「刹那が守った地球で俺はいま暮らしてる。だから俺も、地球を守るために宇宙で働きたいんだ。」

目線を外したまま、目を見張った。

「刹那、刹那は俺の憧れなんだよ。」
ニールの手が、頬に触れた。

「俺に夢をくれて、ありがとう。」
そう言って優しく微笑んだ顔は、刹那が今まで一度も見たことない顔だった。
甘くて溶けそうな、そんな顔。

いまきっと、自分もそんな顔をしているのだろう。
心の中がニールで溢れていく。ニールに染まっていく。
ニールのことしか考えられない。
ニールがこの世で、一番愛しい。


「…宇宙は、厳しいぞ。」
「わかってる。」
「…勉強大変だぞ。」
「平気。俺、常に10番以内だし。」
「…危ないこと、たくさんあるぞ。」
「…大丈夫。何があっても、刹那んとこに帰ってくるから。」


他のひとたちが気付かないように、ベランダと室内を仕切るカーテンを静かに引いて、ライルはこっそり立ち去った。
ニールと目が合うと、さすが親子、アイコンタクトで会話をしたようで、ニールはちくしょうと呟いた。

「…ニー…ル…?」
刹那が小さくニールを呼ぶと、ニールは刹那を壁まで追いやった。

「…ヤドリギの下のキスって、拒めないんだよね?」
刹那が少し上を見上げると、そこにはヤドリギの飾りがあった。
「…バカ、それは女が…。」
「うん、知ってる。」

ニールの手が刹那の顎にかかり、刹那は口をつぐんだ。


「俺はただ、刹那とキスする口実がほしいだけだから。」


ゆっくりと唇が近づいて、重なった。
軽く唇を合わせるだけのキスが、いつしか角度を変えて口付ける激しいキスに変わった。




それは刹那もニールも、今まで過ごしてきた日々の中で、最高に幸せな時間だった。

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あきゅろす。
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