久しぶりに外に出た。

空は眩しいほどの快晴で、長く家の中にいた私は、鮮烈な青と太陽の光に目が眩む。頭上に手をかざして、そっと目を細めた。

風が吹くと、ふわりと香草のような匂いが鼻を掠める。

見たことのない草花や、何かの根っこのようなものが束ねられ、家の壁に吊されゆらゆらと揺れていた。禅さんは薬師だと言っていた。これらはその材料なのだろうか。

「…おれ、この匂い嫌いだ。鼻が曲がりそうだ」

隣で、ヤイが小さく呟いた。

私は手を下ろして、そっか、と同じように小さな声で返した。

お互いに目も合わさず、それきり沈黙が続く。

ヤイは、いつも私の目を真っ直ぐに見てくれた。

(それなのに、今、見てくれないのは――、)


…、駄目だ。


震える拳を握りしめる。

逃げてばかりでは、駄目だ。私から向き合わなきゃいけない。

そう思って、外へ出たのだから。

「――ヤイ」

彼の方を向く。先ほどより少し大きな、だけど情けなく震える声が出た。

ヤイは何故か肩を震わせて、地面を見つめていた視線をゆっくりと私へ向ける。

目と目が、合う。

大きくて、綺麗な琥珀色の瞳。イノと同じ、瞳。

ここまで来て、言葉に詰まった。なんて言えばいい。今更、なんて言えば。

けど、言わなくちゃいけない。私は、私は――

「ヤイ…、私――っ」

その時だった。

耐え兼ねたようにくしゃりとヤイの顔が歪んだかと思うと、勢い良く私にしがみ付いて来たのだ。

「なっ、ヤイ…?」

予想外の行動に驚いて、そして気付いた。

痛いほどに縋り付いて来るヤイの体は、小さく震えていた。

「透!!おれっ…!!おれのせいで、姉ちゃんが……!!!」

顔を埋めて、くぐもった声で泣き叫ぶその言葉に、私は目を見開いて愕然とする。

「姉ちゃん、おれのこと庇ったから死んじゃったんだ…!!透にも、嫌われたと思って、おれ、おれ、だから、怖くて…!!」

ああ――私、は。

しゃがみ込むように、強く強くヤイの体を抱きしめた。

私は、なんてことをしてしまったんだろう。

ヤイはずっと、自分のせいでイノが死んだと思っていたのだ。大好きな姉を死なせてしまったと、自分を責め続けていたのだ。この小さな体で、抱えきれないほどの悲しみに潰されそうになりながら、一人で、

(手を、伸ばされたのに――!)

私は、自分を哀れんでばかりいたのだ。自分のことばかりを考えていたのだ。

ヤイに嫌われたと思っていた?怒っていると思っていた?憎まれていると思っていた?それが怖くてヤイを避けていた?

なんて馬鹿なんだろう!なんて愚かなんだろう!

ヤイはもう前を向いている?

そんなわけない。目の前で、たった一人の家族が殺されたんだ。生まれた時からずっと一緒にいた人が死んだんだ。それも、自分のせいだと思い続けて。

ヤイは、こんな私に救いを求めて手を伸ばしたのに。嫌われたと思いながらも、会うのを怖がりながらも私に会いたいと、何度も言ったのに、私は、私はそれを…!

「ごめんっ…ごめんなさい…!!!」

腕の中のヤイはすごく小さかった。こんなに小さい体で、あんなに大きな悲しみを抱えていたのだ。

「ヤイ、違うよ、違うっ、ヤイのせいなんかじゃない!!」

そんなこと思っちゃいけない。あれは全部、私のせいだ。山賊を連れて来て、ヤイに私を庇わせてしまって、それを、イノが…。

だけど、自分を責めたり嘆いたり、今それを言い合うのはなんだか違う気がして、私は違うと何度も言いながら、震えるヤイを抱き締め続けた。









「…俺、姉ちゃんに馬鹿って言った」

一通り泣いて泣いて、震えが小さくなったヤイは、ぽつりとそう言った。

「最後だったのに、ちゃんと、話聞かなかった。大好きだって言ってくれたのに。おれだって大好きだったのに。ありがとうだっていっぱい言いたかったのに。いっぱいいっぱい、言いたいことあったのに」

ヤイは一度大きくしゃくり上げると、しがみ付いていた手を緩めて、ゆっくり顔を上げ私を見た。

「…透。禅が、おれ達の家の近くに姉ちゃんの墓作ってくれたんだ。おれ、ちゃんと姉ちゃんにお別れ出来なかったから、だから…」

ちゃんと、お別れを。

…私もそうだ。イノと、ちゃんとお別れ出来てない。受け入れたくなくて、目を背けてばかりで。 イノはちゃんと私達に向き合ってくれたのに、私達は答える事が出来なかった。

「――そうだね…行こう。ちゃんと、言わなきゃ」




お別れを、しよう。






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