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「透、これ、返しておくわね」
朝食後、そう言ってイノが持って来たのは私の制服だった。綺麗に洗濯されていて、きちんとたたまれている。破れていた所は、丁寧に縫われていた。
あんなに汚れてボロボロで、とっくに捨てられたと思っていた私は、驚きながらもお礼を言ってそれを受け取った。
見ると、携帯と髪止め用のゴムも一緒に乗っている。
(なんか…懐かしい)
携帯を手に取り、開いてみた。画面は真っ黒で、電池はとっくに切れている。けれど、そのつるりとした機体を触っているとなんだか落ち着いた。私の世界も確かなものだったのだと、実感できた。
「なんだ、それ」
制服を見て「変なの!」を連発していたヤイが携帯を見て目を丸くする。イノも、口には出さないけれど不思議そうに見ていた。
「えっと…これは、遠くの人と話をしたりする為の道具なんだ。今は、使えないけど」
すると、二人はますます目を丸くする。
「どうやって話すんだ?」
「あー…えーと…」
ヤイの質問に頭を悩ませる。電波、なんて言っても絶対にわからないし、私自身もそんなに詳しい仕組みをわかっているわけでもない。
「その…さ、触ってみる?」
苦し紛れにそう言うと、ヤイは何も言わずに目を輝かせて飛び付いたのでホッとした。
「透、それは?」
イノに指差されたのは、髪止め用のゴム。
確かこれは、何かの商品を買った時に、おまけで付いて来たものだったと思う。桜の花をモチーフにした小さな飾りがついた、シンプルなものだ。髪が短いから使えなくて、ポケットに入れたままだったんだっけ。私自身も、見るまですっかり忘れていた。
「これは、髪を結う時に使うんだ」
こうやって、と実際に手に取って自分の前髪でやってみせると、イノも目を輝かせた。
「すごい、その紐伸びるのね」
「うん。…イノも、触る?」
「いいの?」
頷いて渡すと、嬉しそうに受け取った。何度か引っ張ってみて、「わぁ、ほんとに伸びる」とおかしそうにクスクス笑う。そこで、ふと桜の飾りに気付いて、ピタリとその手を止めた。
「これ、最初に見た時も思ったけど――すごく、綺麗ね。玉の花みたい」
うっとりと、薄ピンク色のそれを見つめるイノ。私の世界ではごくありふれた金属の装飾だったけど、ここでは珍しいものなのかもしれない。
「――あげるよ、それ」
私は、自然とそう言っていた。
イノは大きな目をさらに大きくして、私を見る。
「そんな…そんな、私そういうつもりで言ったんじゃないの!ダメよ、だって、こんな珍しいもの…絶対貴重なものじゃない!」
慌ててゴムを突き返そうとするイノに、私は首を振ってやんわりとその手を押し返した。
「いいんだ、私は髪が短いから使わないし」
「でも…」
「助けてもらったお礼もしてないし…私、あの、これくらいしか持ってなくて」
言っていて、本当に申し訳なくなってくる。
「そんなのいいわよ!お礼なんてして欲しくて助けたわけじゃないわ!」
「――…、」
必死になるイノがなんだかおかしくて、私はまた小さく笑った。
(わかってる、)
――イノが、そんなつもりで助けてくれたわけじゃないことは。
だけど、イノには本当に感謝していた。本当なら、こんなものじゃ、お礼にだってならないんだ。
「本当にいいの。使って欲しいんだ、イノに。……ダメかな」
「そんな…そんな言い方ずるいわよ…」
イノは顔を真っ赤にして、迷って迷って、俯き加減に私を見た。
「――本当に、いいの?」
「うん」
「後で返してって言っても返さないわよ?」
頷きながら、これは嘘だと思った。イノのことだから、きっと笑って返そうとするんだろう。
イノは、ゴムを見つめると、胸元で大事そうに握り締めた。
「―――――ありがとう、透。私、宝物にする」
とうとう、彼女は頷いた。そして、本当に嬉しそうに笑った。
「ずるい!姉ちゃんばっかり!」
ヤイが、そう言って駆け寄って来た。
「なぁ透、おれもこれ欲しい!」
指差したのは、携帯じゃなくて、横についているストラップだった。猫のキャラクターのぬいぐるみで、私の世界で人気だったやつ。
「うん、いいよ」
私はすぐにストラップを外して渡した。
「やった!」
「ヤイ、ちゃんとお礼言うの」
「ありがとう!」
イノに言われて、ニカッと笑ったヤイにつられて、私も笑ってしまった。
「……ねぇ、透」
ふいに、イノが真剣な声を出した。
「あなた、呂から来って言ってたわよね?」
「…、うん」
「家は、そこにあるの?」
思わず、顔が強張った。
「……うう、ん」
「これから、行く当ては?」
「…、………」
黙り込むしか、なかった。私には、帰る家も、行く場所もない。
俯いて、でも、とイノを見る。
なんとか、しようと思った。イノに助けられて、頑張ってみようと思った。だから――
「イノ達に、迷惑はかけないよ。もう、だいぶ体力も回復したし、すぐにでも――」
「違うわ!そうじゃないの」
イノが強く遮った。びっくりして、私は思わず目を見開く。何故か、ヤイも隣りでびっくりしていた。
「出て行けって言ってるんじゃないの。…ねぇ、もしね、もしあなたがよかったら、好きなだけここに居てくれてもいいのよ」
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