3、独り
残してきたものを、考えてみた。
数えてみると、笑えるくらい、少なくて。
………それでも。
臆病な私は、ただただ帰りたいと、そう願うのだ。
3、独り
――寒い。
ちりちりと肌を刺すような冷たい空気に、うとうとしていた私は目を覚ます。空は明るく、夜はすでに明けていた。
ここに来てから、二度目の朝だ。昨晩はほとんど眠れなかった。泣き腫らした瞼が重い。
ふと、自分の体を見下ろす。
グレーのカーディガンは、土と血液でどす黒く染まっていた。中の白いセーラー服も、襟元の部分に点々と赤黒い染みがついている。手足にも、いたる所に乾いた血がこびりついていた。
「………汚い」
漠然と、それだけ思った。思考が酷く麻痺している。
山の朝はすごく寒かったけれど、我慢できずにカーディガンを脱ぎ捨てた。
体を洗いたい。なんだか喉もとても渇いている。
もたれていた木に手をつき、支えにしながらなんとか立ち上がる。よろよろとふらつきながら、水の音のする方へ向かった。
やはり、すぐ近くに川が流れていた。小さな川だったけれど、水は透きとおっていて綺麗に見える。
崩れるように膝を付き、そっと両手を差し入れた。ジン、と痺れるような冷たさに包み込まれる。揉むように擦ると、乾いた血が少しずつ水に溶け出し流れていった。
袖をめくって、腕や足、顔も同じように洗って泥や血を落として行く。いろんな所にある細かい切り傷や擦り傷にしみて、その度に少し顔をしかめた。
一通り洗い終えてスッキリすると、今度は両手で水をすくって口に運んだ。多少の抵抗はあったものの、喉の渇きにはかなわない。
カラカラに渇いた喉に、冷たい水がしみ渡る。思っていたような生臭さもまったくなくて、一口飲むと、あとは止まらなかった。夢中になってひたすら喉を潤し続ける。私の体は、思っていたよりもずっと喉が渇いていたようだ。
しばらくして渇きが落ち着くと、その場に倒れ込むように丸くなった。
空が明るくなったことに、気が緩んだのかもしれない。私はそのまま、引きずり込まれるように眠りに落ちていった。
『良かったなァ』
―――"声"だ。恐ろしい方の、"声"。
「……何、が」
何もない空間を、睨む。良かったことなんて、一つもない。
『何ってお前、山賊達だよ。皆食べられちゃって良かったなァ』
ゾッとした。
良かった…?
あれの、どこが!
「何…何、言ってるの…!」
『アハハ!わかってるくせに』
ケラケラと、子供の声で無邪気に笑う。
『ねぇ』
艶やかな女の声が、言った。
『ホッとしてるんでしょう?売られずにすんだって』
(―――!)
『犯されるのも、時間の問題だったじゃない。ねぇ、助かったって、本当は喜んでいるんでしょう?』
違う!そうすぐ叫びたかったのに、どこかが、揺れた。
そんなこと、今まで考えてる余裕はなかった。だけど―そうなの、だろうか。心のどこかで、私は、ホッとしているのだろうか。
それは――それはなんだか、ものすごく、汚いことのような気がした。
私は…私は――
「そんな…そんなことない…いくら山賊だからって、結果的に助かったからって、あんなむごい殺され方…」
――そう、あんな殺され方、しなくたってよかった。あんなの、あっちゃいけないことだ。いくら悪い人達だったとしても、喜べるはずないじゃないか。
『……偽善者』
ボソリと、少女の声が低く呟いた。
私は、その声に、言葉に、凍り付く。
『嘘、ばっかり。変わらないんだね、透ちゃんって』
――――ああ、
「…やめて」
『昔から、そう。あなたって、とってもいい子だった』
その声で、言わないで。
『あのね、私、』
やめて…!
『あなたのこと、大っ嫌いだった』
「やめてェェェ!!!!」
――ああ、ああ、嗚呼!
暴いていく。この"声"は、しまっているものを、全て容易く暴いていってしまう!
「あなた、いったいなんなの…!私をこんな所に連れて来たのも、あなたなんでしょう!」
どこを見ればいいかもわからずに、馬鹿みたいに辺りに叫んだ。
「もう、帰してよ!お願いだから、私の世界に帰して…!」
『なぁに言ってんの』
だけど、"声"は、楽しそうに笑った。
『自分で、来たくせに!』
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